高性能なバイオセンサー開発への寄与に期待
岐阜大学工学部の新田高洋准教授らの研究グループは、カナダMcGill大学との共同研究で、生体分子モーターによって駆動される物質輸送機構における失活したモーターの影響を解明した。
細胞内には力発生や物質輸送を担う分子機械(生体分子モーターが存在し、近年、この生体分子モーターを体外に取り出して、バイオセンサーでの物質輸送機構として利用する試みが推進されている。
同研究成果は、3日(日本時間)にBiosensors and Bioelectronics誌のオンライン版で発表された。発表のポイントは次の通り。
・生体分子モーターは細胞内で力発生や物質輸送を担う分子スケールの機械である。
・この生体分子モーターを細胞外に取り出してバイオセンサーの物質輸送に用いることで、バイオセンサーの検出時間を短縮できる。だが、バイオセンサー表面に固定すると生体分子モーターが機能しなくなり(失活し)、バイオセンサーでの物質輸送が効率的に行えなくなる場合がある。
・同研究は、バイオセンサーでの効率的な物質輸送を行うためには、90%以上の生体分子モーターが機能していなければならないことをシミュレーションを用いて示した。
・同研究は、生体分子モーターを利用したバイオセンサーとして適切な材料を選択する指針を与えるもので、高性能なバイオセンサーの開発への寄与が期待できる。
生体分子モーターは、細胞内での力発生や物質輸送を担う分子スケールの機械である。この生体分子モーターを体外に取り出して、分子シャトルというマイクロスケールの物質輸送機構を構築することが出来る(図1)。
分子シャトルでは、表面に固定した生体分子モーターによって、輸送物質を載せたタンパク質繊維を駆動する。近年、この分子シャトルをバイオセンサーに利用することが目指されている。
分子シャトルを用いることにより、これまで検出時間を短縮するために必要であったポンプなどの外部駆動装置が不要になり、小型で独立した高性能のバイオセンサーの実現が期待されている。
これまでに分子シャトルを用いたバイオセンサーの試作機が作製されているが、バイオセンサーの性能に影響するのが失活したモーターの存在である。
失活とは、生体分子モーターが機能しなくなることであり、失活した生体分子モーターがあると分子シャトルのスピードが低下し輸送効率が大幅に低下することがある。
これは、生体分子モーターが表面に固定された際に、表面の物質と相互作用し、生体分子モーターが駆動力を発生できず、分子シャトルに結合したままとなるため、分子シャトル運動の抵抗となってしまうからである(図2)。
だが、失活したモーターが表面上に実際どの程度存在するかを実験的に計測することは難しいため、実験研究では失活した生体分子モーターの影響を調べることは難しい。
そこで新田氏らは、コンピュータシミュレーションを用いて、失活したモーターの影響を調べた。
シミュレーションを用いて、様々な割合で活性な生体分子モーターと失活した生体分子モーターが混在する表面上を運動する分子シャトルの運動を観察した(図3)。
その結果、バイオセンサー表面にある生体分子モーターのうち90%以上が機能していなければ、輸送機構は大幅に低下することを明らかにした(図4)。
このメカニズムを明らかにするために解析をすすめた結果、失活した生体分子モーターは活性な生体分子モーターに比べ結合時間が長いため、実際に分子シャトルに結合している生体分子モーターの中では失活したモーターの割合が高くなることがわかった(図5)。
このため失活したモーターの抵抗に対抗するためには、より多くの活性な生体分子モーターが必要であることがわかった。
一方、これまでに報告されている実験結果では、10%から70%程度でも物質輸送が行われており、我々のシミュレーション結果との隔たりがある。この隔たりについて、シミュレーション結果と,生体分子モーターの大きさなどの考察から、以前の実験では生体分子モーターがバイオセンサー表面で多重層を形成していることが示唆された。
同研究は、生体分子モーターを利用したバイオセンサーの適切な基板材料を選択する際の指針を与えるもので、高性能なバイオセンサーの開発への寄与が期待できる。