「慢性心不全においてフォシーガが担う役割」北風政史氏(阪和第二泉北病院院長/大阪大学医学研究科招へい教授)
(アストラゼネカ・小野薬品メディアセミナー、“慢性心不全への新たな治療アプローチ”より)
心不全はがんと比べても予後が極めて不良で重篤な疾患
高齢化社会が進む中で最も重要な事柄は、心不全患者の増加だ。心不全は、収縮性が障害されている病態が50%、拡張性が障害されている病態が40%、収縮性・拡張性ともに障害されている病態が10%である。
今回、フォシーガは、収縮性が障害されている心不全に効能・効果の適応を取ったが、将来的に拡張性が障害されている心不全にも適応を取るためのDECLARE試験を行っている。心不全の生命予後は、がんと比べても極めて不良で、わが国の心不全の5年生存率は50%であり、非常に重篤な疾患と言える。
慢性心不全への対応は、一つは「予後の改善」いわゆる入院を防ぐ、もしくは死亡を防ぐ、もう一つは「QOL」の改善である。前者は若い人、後者は高齢者中心に行われている。
3つの大規模臨床試験でSGLT2阻害薬の心血管疾患抑制作用を確認
ナトリウムやグルコースは、腎臓の糸球体で一旦原尿に濾過されるが、近位尿細管でそのほとんどが再吸収されて血中に戻ってくる。この原尿中のブドウ糖再吸収を行うトランスポーターが「ナトリウム・グルコース共役輸送体」と呼ばれるタンパク質の一種のSGLT2である。
糖尿病薬として開発されたSGLT2阻害薬は、トランスポーターであるSGLT2を阻害して、腎臓の近位尿細管におけるグルコースの再吸収を抑制するとともに、ナトリウムの再吸収を同時に抑制して、尿中グルコース排泄と浸透圧利尿および腎糸球体内圧の低下をもたらす。
だが、単に血糖値を下げるだけで、糖尿病から次に発症する心筋梗塞や心不全などの心血管疾患を抑制できなければ新規糖尿病薬としての価値がない。そこで、それぞれのSGLT2阻害薬の心血管疾患の抑制作用を確認するDECLARE-TIMI58試験(フォシーガ)やCANVAS試験(カナグリフロジン)、EMPA-REG試験(エンパグリフロジン)などが実施された。
それぞれの被験者は、DECLARE -TIMI58試験1万7150人、CANVAS試験4047人、EMPA-REG試験7097人と、非常に多くの患者を対象に大規模臨床試験がなされ、いずれも心血管疾患を抑制することが証明された。
3試験における心不全による入院の結果でも、いずれも心血管を持っているCVD既往において有意差を持って改善している。さらに、心不全が無くて高血圧、糖尿病、タバコを吸うなどのリスクのある被験者に対しても、DECLARE-TIMI58試験、CANVAS試験で有意差を持って改善することが判った。
DECLARE-TIMI58試験では、新機能が低下した心不全患者300人にフォシーガが投与されており、明らかに予後を改善することが判明している。糖尿病があって心不全のある人に対して、フォシーガは心不全による入院または心血管死を改善した。ちなみに、フォシーガは、慢性腎臓病患者を対象としたDAPA-CKD試験でも結果が出ており、慢性腎臓病治療薬として効能追加が申請された。
こうした複数の心血管アウトカム試験(DECLARE試験、CANVAS試験、EMPA-REG試験)において、SGLT2阻害薬の心血管保護作用は、2型糖尿病に限定されるのではなくて、また、血糖降下作用のみに依存するものではないという仮設が立てられた。
DAPA-HF試験でフォシーガの「慢性心不全」に対する効果を確認
SGLT2阻害薬は、糖尿病があって心不全のある人に対して効果があることが判ってきたが、「糖尿病を取っ払って、心不全に対してだけでも効果があるのではないか」という仮設を検証するために実施されたのが「慢性心不全」を対象とした 国際共同P3相試験の DAPA-HF試験である。同試験では、実際に糖尿病合併の有無によらない心不全進展抑制効果が示され、今回、「慢性心不全」の承認取得に至った。
DAPA-HF試験は、左室駆出率が低下した心不全患者における心不全の悪化または心血管死の発現に対する試験で、北風氏は国内における同試験の主任研究者であった。
主要エンドポイント(心血管死、心不全による入院、心不全による緊急受診)のうち、いずれかの初回発現までの期間(主要評価項目)の検証的結果では、最初の3カ月からフォシーガ群とプラセボ群では累積発現率が開いている。フォシーガ群は、イベント発症までの時間を明らかに抑制しており、ハザード比0.74と26%が改善した。
一人の患者を助けるためにどのくらいの患者を要するかの指標であるNNTは21人で、非常に高い有用性を示している。
DAPA-HF試験でフォシーガは、フォレスプロット、いわゆる主要複合エンドポイントをトータル的に抑制するが、「心血管死」、「心不全による入院」、「心不全による緊急受診」の各主要項目ごとの効果も判明している。
心不全イベントへの効果の早さもフォシーガの特徴
心血管死の初回発現までの期間のハザード比は0.82、心不全イベント(心不全による入院又は心不全による緊急受診)のハザード比は0.70と有用性が高く、しかも最初の3カ月、6カ月から効果が非常に早く出ている。ACE阻害薬やARBも心不全に対する適応症があるが、それらは2年、3年経過してから効果が出てくるため、フォシーガは効き目が非常に早いのも特徴の一つである。
心不全患者の予後ではなく症状改善を改善しているかを検証するための投与8か月後のKCCQ(カンザスシティ心筋症質問票)の症状合計スコアへの影響(副次的評価項目)でも、有意差を以ってフォシーガが改善している。
また、フォシーガは、「糖尿病を改善することで心不全を低下しているのか、それとも心不全に直接効いているのか判らない」との指摘もあった。その答えとして、糖尿病有無別の主要複合エンドポイントのうち、いずれかの初回発現までの期間をみたDAPA-HF試験サブグループ解析では、糖尿病合併症で25%、糖尿病非合併症で27%が改善しており、糖尿病の無い人の心不全により効果があることが判ってきている。
有害事象は少なく安全に使用可能
一方、有害事象(フォシーガ群N=2368、プラセボ群N2368)については、「死亡に至った有害事象」(交通事故死も含む)は、フォシーガ群9.6%、プラセボ群10.6%で、フォシーガの方が少なかった。
被研投与中の有害な重篤な有害事象は、フォシーガ群で35.7%、プラセボ群で40.2%で認められた。主なものは、フォシーガ群が心不全10.1%、肺炎3.0%、うっ血性心不全2.4%、プラセボ群が心不全13.7%、肺炎3.1%、うっ血性心不全2.7%であった。
また、フォシーガ群の糖尿病ケトアシドーシスは0.1%と低く、切断も0.5%(プラセボ群0.5%)で、非常に安全に使える薬剤である。また、糖尿病合併の有無別の有害事象発現例数においても、どちらも同程度で問題はなかった。
糖尿病でない人も低血糖は惹起せず
2型糖尿病治療薬であるフォシーガを糖尿病ではない人に投与すれば、低血糖を起こすのではないかと懸念する声もあったが、低血糖は惹起しない。
その理由は、健常人は血糖値180mg/dLを超えれば腎臓で糖が再吸収されるが、フォシーガはそれを90mg/dLに下げるだけで、血糖値が90mg/dL以下の人には影響しない。健常人でも、血糖値が110mg/dL、120mg/dL、130mg/dLになれば、血糖は尿に流していくが、90mg/dLを切ることはないため低血糖を起こさない。これと同じ理論である。
フォシーガの有用性における人種差は、日本人集団のサブグループ解析では、被験者数(343例)が少なかったため有意差は示されなかったものの、海外のP3試験と同じ傾向にあった。また、ケトアシドーシス、低血糖も殆ど起こっておらず、日本人にとっても有用性があり安心して使える薬剤である。
フォシーガの慢性心不全に対する作用メカニズムは、「心臓への作用」、「腎臓を介した作用」、「血行力学的作用」の3つの機序が提唱されている。心臓への作用では、マクロファージを増加による線維芽細胞の浸潤抑制作用、細胞外マトリックス減少作用、NHE-1活性低下作用などによる心繊維化抑制効果が考えられる。
腎臓を介した作用では浸透圧利尿作用、血行力学的作用ではTGF(尿細管糸球体フィードバック機構)を是正して糸球体濾過機能を正常に維持することや、血管内皮機能改善機能、動脈硬化改善機能などの可能性が挙げられる。
これらを総合するとフォシーガは、今後、「高齢の心不全患者」、「再入院を繰り返す心不全患者」、「腎機能低下を伴う心不全患者」、「比較的症状の軽い心不全患者」を始めとする“幅広い慢性心不全患者”に検討したいと考えられる。