iPS細胞から脊髄損傷に有効なグリア細胞作製に成功 慶応大学・大日住友製薬

 慶應義塾大学と大日本住友製薬再生・細胞医薬神戸センターは23日、臨床用ヒトiPS細胞から脊髄損傷に有効性を示すグリア細胞の作製に成功したと発表した。これまでもヒトiPS細胞由来の移植細胞による再髄鞘化が報告されているが、いずれも研究用のiPS細胞を使用たもので、臨床用ヒトiPS細胞での分化誘導法の確立やモデル動物を用いた検証は今回が初めて。今後、脊髄損傷治療の臨床応用に向けての有望な細胞源として期待される。
 同研究は、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の鎌田泰裕(大学院医学研究科博士課程 4 年生)、同生理学教室の神山淳准教授らの研究グループが、大日本住友製薬再生・細胞医薬神戸センターの磯田美帆博士らとの共同研究で実施されているもの。
 臨床用ヒト iPS 細胞から効率的にグリア細胞(オリゴデンドロサイトなどへ分化する臨床応用可能な誘導方法を開発し、脊髄損傷モデル動物の脊髄への投与により低下していた運動機能の改善を認めることを確認した。
 脊髄損傷に対する神経幹細胞移植による機能回復メカニズムの一つとして、移植細胞の再髄鞘化が重要であることが知られている。髄鞘は、神経細胞から伸びる軸索を覆うことで絶縁シートのように働き、脊髄内の非常に速い神経伝達を可能にしている。
 これまでもヒトiPS細胞由来の移植細胞による再髄鞘化の報告はあったが、移植細胞はいずれも研究用のiPS細胞を使用。臨床用ヒトiPS細胞での分化誘導法の確立やモデル動物を用いた検証は報告されておらず、脊髄損傷に対するヒト iPS細胞を用いた再生医療の実現が期待されていた。
 こうした中、今回、拒絶反応が起きにくいHLA型の組み合わせを持つヒトiPS細胞由来から作製したグリア細胞に分化しやすい神経幹細胞移植により明らかな運動機能改善効果が得られた。同研究成果は、基礎から臨床をシームレスなものにし、臨床応用に向けて強力な後押しとなることが期待される。
 なお、同研究結果は、 月23日(米国東部時間)に『STEM CELLS Translational Medicine』オンライン版に公開される。
 脊髄を損傷すると、損傷部より下の知覚・運動・自律神経系が麻痺する。日本では毎年約5000人が新規に受傷している。国内には約10万人以上の脊髄損傷の患者がいると言われてるが、未だ確固たる治療法は確立されていないのが現状だ。
 神経科学の急激な進歩により、損傷後でも神経幹細胞の移植により、再生が不可能と長らく信じられていた脊髄が、修復・再生することが明らかになってきた。脊髄損傷に対する、神経幹細胞移植による機能回復のメカニズムとしていくつかの機序が報告されているが、近年、基礎研究の分野では、移植細胞由来のオリゴデンドロサイトによる、脱髄軸索の再髄鞘化の重要性が着目されてきた。
 オリゴデンドロサイトなどのグリア細胞へ効率的に分化を促進する誘導法はこれまでも報告されてきたが、その報告はいずれも基礎研究用に作製された iPS 細胞からの誘導法であり、臨床に用いることは不可能であった。

図 同研究の概略図


 そこで同研究では京都大学 iPS 細胞研究所(CiRA)で作製された臨床用 iPS 細胞からグリア細胞指向性神経幹細胞(ffiPSC-gNS/PCs)への臨床応用可能な誘導法を開発し、脊髄損傷モデルマウスに ffiPSC-gNS/PCsの移植を行うことでその安全性及び有効性を検証した(図)。
 同研究では、開発した新規誘導法を用いて、作製された神経幹細胞では、未分化な細胞がグリア細胞へと分化する際に必須であるとされるNFIAやOLIG2 と呼ばれる転写因子が高発現していることを免疫染色により確認された。
 さらに、遺伝子発現解析でも同様にグリア細胞に関連した遺伝子が発現上昇していることが確認されている。
 移植したffiPSC-gNS/PCs は、移植後12週のマウスの損傷脊髄内において、ニューロン、アストロサイト、成熟オリゴデンドロサイトに分化していた。また電子顕微鏡では、移植細胞由来オリゴデンドロサイトからなる残存軸索に対する再髄鞘化を多数確認した。
 脊髄損傷後に ffiPSC-gNS/PCsを移植したマウスと、リン酸緩衝食塩水のみを注入したマウスで後肢運動機能評価を行った結果、細胞移植したマウスで明らかな運動機能の改善が認めらした。さらに、回転するロッド上での歩行可能時間と平地歩行時での歩幅でも改善を認めた。
 また、ffiPSC-gNS/PCsを移植したマウスでは、後肢の股関節、膝関節、足関節がよりスムーズに運動していることが分かった。
 なお、同研究は主に、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(技術開発個別課題)「iPS 細胞由来神経前駆細胞を『高品質化』する手法の開発」の支援を受けて実施された。

タイトルとURLをコピーしました