世界初のヒトiPS細胞から腎組織体外作製に成功 アストラゼネカとCiRA等の共同研究グループ

図1 論文の概要

 アストラゼネカと辻本啓共同研究員(CiRA 増殖分化機構研究部門/リジェネフロ)、長船健二 教授(CiRA 同部門)およびリジェネフロ社の共同研究グループは、ヒトiPS細胞から腎組織体外作製に世界で初めて成功した。
 ヒト iPS 細胞から腎間質前駆細胞の選択的な分化誘導法を開発し、メサンギウム構造を持った糸球体を含む腎組織を体外で作製することに成功したもの。
 加えて、間質前駆細胞から腎エリスロポエチン産生細胞やメサンギウム系譜細胞を培養皿上で作製し、それぞれの分化に重要なシグナルを明らかにした(図1)。
 これらの研究成果は、ヒト腎臓の発生生物学の新たな知見と腎臓疾患の仕組みの解明や、腎臓の再生医療開発に向けた研究への寄与が期待される。同研究成果は、2024年1月18日(日本時間)に米科学誌「Cell Reports」で公開された。
 腎臓は、血液をろ過し、尿を作ることに加えて、血圧を調整するホルモンのレニンや赤血球を作るために必須のホルモンのエリスロポエチンの産生と分泌も行っている。
 腎臓の間質のもとになる腎間質前駆細胞は、腎臓の複雑な構造の形成に寄与する間質細胞や糸球体のメサンギウム細胞およびエリスロポエチン産生細胞に分化すると考えられている。
 メサンギウム系譜の細胞は、糸球体の中で毛細血管をつなぎ止める「メサンギウム構造」を糸球体足細胞とともに形成することに加え、レニンを産生し血圧を調整する。
 現在、末期慢性腎不全の患者には、腎臓の機能を回復させる腎臓移植が唯一の根治的な治療法となっている。だが、提供される腎臓が圧倒的に不足しており、再生医療が待ち望まれている。
 また、特に腎臓の間質は、腎線維化の主要な部位であり、糸球体機能と腎疾患の病態に重要な役割を果たすことから、腎間質の細胞の作製はさまざまな腎疾患の研究に利用できると期待されている。
 同研究では、ヒト iPS 細胞からの腎臓組織の作製のため、特に腎間質前駆細胞を選択的に分化させることで、腎間質の細胞群の発生と分化の解明を目指した。
 これまでに、幹細胞から誘導した腎発生初期の細胞種をマウスの体内に移植しメサンギウム構造を形成した例や、間質細胞を含む腎組織に類似したオルガノイドの作製に成功した例が報告されている。
 また、マウス胚性幹(ES)細胞から分化させた複数種の細胞が混在する培養中から、特定の細胞を回収し、分化誘導を行うことで腎間質前駆細胞を作製した報告がある。
 だが、ヒト iPS 細胞から腎間質前駆細胞を選択的に作製し、細胞培養でメサンギウム構造の形成を誘導した報告はこれまでになく、培養方法の改善が必要であった。
 そこで、研究グループはまず、腎間質前駆細胞マーカーのFOXD1を発現する細胞で、蛍光タンパク質が発現するようにしたiPS細胞株を作製した(図 2)。
 さらに、マウスの発生初期の遺伝子発現を解析することで、腎間質前駆細胞の発生に関連すると考えられるシグナル経路をいくつか同定した。
 腎間質前駆細胞とネフロン前駆細胞はどちらも中胚葉からの発生過程に分化する。研究グループは、シグナル経路などを解析することで開発したネフロン前駆細胞の分化誘導法(CiRA ニュース2020年4月8日)をもとに、途中から誘導法を改変することで、腎間質前駆細胞の作製に成功した。

図2 FOXD1を発現すると、蛍光タンパク質が発現するレポーターiPS細胞株
図2 FOXD1を発現すると、蛍光タンパク質が発現するレポーターiPS細胞株

 ヒトiPS細胞由来の3種の細胞の共培養によるメサンギウム構造の形成続いて、研究グループは、腎間質前駆細胞の分化能力を確かめるために、ヒトiPS細胞から作製したネフロン前駆細胞と尿管芽細胞との共培養を行った。
 増殖因子と低分子化合物の組み合わせや培養条件を改変した結果、足細胞の間にメサンギウム細胞が入り込むメサンギウム構造が形成され、発生期にみられるキャップ状構造などが保たれる条件を見出した(図 3)。

図3 培養皿上でメサンギウム構造の形成
図3 培養皿上でメサンギウム構造の形成

 メサンギウム系譜細胞の分化と発生にp38MAPKシグナルが重要であることを解明したレニン産生細胞などのメサンギウム系譜細胞は腎間質前駆細胞から分化する。
 研究グループは、腎間質前駆細胞の分化能力をさらに確かめるために、メサンギウム系譜細胞を誘導できるかを検証した。その結果、腎間質前駆細胞からレニンを産生するメサンギウム系譜細胞へ分化する条件を見出した(図 4)。

図4 iPS細胞から作製したレニン産生細胞
図4 iPS細胞から作製したレニン産生細胞

 また、分化方法の検討の結果として、腎間質前駆細胞からメサンギウム系譜細胞への分化に p38 MAPK シグナルの活性化が重要であることが判明した。
 体内の腎臓の発生においても、メサンギウム系譜細胞への分化に p38 MAPK シグナルの活性化が関わるかどうかを調べるため、公開されているヒト胎児腎臓の1細胞レベルでの網羅的遺伝子発現データを用いて、発生期腎臓における腎間質前駆細胞からレニン陽性のメサンギウム系譜細胞への分化シグナルを解析した。
 その結果、ヒトiPS細胞からの分化誘導と同様にp38MAPKシグナルの活性化を見出した。
 最後に、研究グループは、腎間質前駆細胞の分化誘導因子や、低酸素シグナルに関連する低分子化合物を検討し、腎間質前駆細胞から腎エリスロポエチン産生細胞を作製する方法を開発した(図 5)。

図5 作製した腎エリスロポエチン産生細胞は低酸素でエリスロポエチンを分泌する。
図5 作製した腎エリスロポエチン産生細胞は低酸素でエリスロポエチンを分泌する。

 その結果、ヘッジホッグシグナルなどのシグナルが腎エリスロポエチン産生細胞の分化に重要であることを明らかにした。
 これらの研究により、研究グループは、ヒト iPS細胞からメサンギウム系譜細胞と腎エリスロポエチン産生細胞を生み出すことができる腎間質前駆細胞の選択的な誘導法を開発した。
 さらに、p38MAPKシグナルがメサンギウム系譜細胞の発生と分化において重要な役割を果たしていることを明らかにした。
 今回の腎間質前駆細胞の分化システムが、腎臓の発生と再生研究、腎疾患の病態解明や腎臓の生理機能の解明に貢献することが期待される。

◆CiRA 長船健二教授のコメント
 この腎間質前駆細胞の開発は、我々のチームが数年にわたり精力的に取り組んできた成果である。これは医学の未来を変え、腎臓病の患者さんに新たな治療法を提供する可能性を秘めている。

◆リジェネフロ社のコメント
 アストラゼネカと京都大学の卓越した研究者との協力は、イノベーションの原動力であった。我々は、この先駆的な技術を実用化し、腎臓病の患者さんに希望と健康をもたらすことに注力していく。

◆アストラゼネカのコメント
 ヒト腎臓の発生に関する知識は、腎臓病に関連するメカニズムを理解し、効果的な医薬品開発プログラムを推進するために不可欠である。我々は、腎幹細胞系列の分化ならびに腎臓の細胞の構造に関する新たなサイエンスを解明する本共同研究に参加できたことをうれしく思う。

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