福井大学第二内科濱野忠則准教授らの研究グループは19日、福井県内企業のイーゲートおよびアサヒマカムとの共同研究で、パーキンソン病の立ちくらみ防止のための着脱が容易な弾性ストッキングを開発したと発表した。
同ストッキングは、起立性低血圧の改善とともに、歩行障害も改善する可能性があり、丈夫で洗濯もでき長期間の着用が可能となった。同研究成果を受け、特許を出願済み。
超高齢社会を迎えパーキンソン病患者数は増加を続けている。パーキンソン病患者の中には、起立性低血圧による立ちくらみを生ずる方も多く、臥位(寝た姿勢)では血圧が正常であっても、座位や立位になると血圧が著しく低下し、失神するというケースも決して少なくない。
最も有効な対処法は、弾性ストッキングの装着であるが、従来品は弾性が強すぎるため、老老介護では、自力で着用することはおろか、介護者により履かせることも脱がせることも難しい。洗濯は可能だが、伝線しやすく、長期間の着用は難しい。
こうした課題を解決するため、全国のパーキンソン病患者に向けて、着脱が容易で、伝染しにくい弾性ストッキングの共同開発を福井大学第二内科 濱野忠則准教授らが福井の線維企業に呼びかけ、アサヒマカム、イーゲートの2社の協力を要請。経編の技術により丈夫な生地を作製し、縫製の技術によりファスナーをつけ着脱が容易なストッキングを作製した。
濱野准教授らはパーキンソン病患者35例(男性14例、女性21例:平均年齢 75.6 + 8.3歳)に対し弾性ストッキングの試着を行った。
その結果、32例でやや装着しやすい、あるいはとても装着しやすい、という回答を得た。着用により、姿勢の変化による血圧の低下が平均5mmHg緩和した。
また、予想外に、弾性ストッキングの装着により歩行がしやすくなる人が多いという結果が得られた(81.3%)。
これらの結果により今回研究開発した弾性ストッキングはパーキンソン病患者の生活の質の改善に役立つものと期待される。
体の動きがにぶくなり、関節が硬くなる、歩きにくくなる、手が震えるなどの症状をきたすパーキンソン病患者(図1)は、高齢化の進行とともに増加し続けており、患者数は福井県内でも1000名を超える。
パーキンソン病患者はこれらの運動症状以外に、起立性低血圧による立ちくらみを生じる方が多い。例えば、臥位(寝た姿勢)では収縮期血圧が140mmHgであるのに、立位では65mmHgとなり失神する方もときどきみられる。
内服薬で血圧を上げる治療法もこころみられるが、臥位ではむしろ高血圧(180mmHg以上)となる方も多く、コントロールは決して容易ではない。
最も有効な対処法として弾性ストッキングの装着がある。着用により座位血圧が20mmHg上昇することもある。対処法として昇圧剤の服用もあるが、その場合臥床している際にむしろ過度な高血圧になることもあり、かえって動脈硬化の進行を助長する危険性もある。
起立性低血圧による失神はパーキンソン病だけでなく、その他の変性疾患、特に多系統萎縮症、糖尿病にともなう自律神経障害でも高頻度に認められる。
これまでの弾性ストッキングは、名前の通りかなり弾性が強く、老老介護では、自力で着用することはおろか、介護者が患者に履かせることも、脱がせることも難しい。洗濯は可能だが、伝線しやすく、そうなった場合は新たに購入しなおす必要があるが、1着数千円はするため決して安くはない。
起立性低血圧による失神は、パーキンソン病だけでなく、その他の変性疾患、特に多系統萎縮症、糖尿病にともなう自律神経障害でも高頻度に認められる。
こうした状況を受け、伝線しにくく着脱の容易な弾性ストッキングの開発は急務であると考えられることから、2017年に、全国のパーキンソン病患者のために、着脱が容易で、伝線しにくい弾性ストッキングを福井県内の繊維企業に共同で研究開発することを呼びかけた。
その結果、アサヒマカム、イーゲートの2社の協力を得られた。研究開発したストッキングのパーキンソン病患者への効果は福井大学病院で検証した。研究の内容は、次の通り。
全国のパーキンソン病患者のために、着脱が容易で、安価で丈夫な弾性ストッキングを福井の繊維企業と共同で研究開発することを同研究の目標とし、次の通りの分担を行った。
◆アサヒマカム(福井県坂井市)
イーゲートからの設計図を基に1枚の生地に強度の違う編み立てを高い技術をもって開発。
◆イーゲート (福井県福井市)
アサヒマカムで開発した生地を各部位に対して適切に加圧がかかるよう設計、かつ汎用性のあるサポーターになるよう設計、製造を行った。(図2)。
○物理的評価担当→ イーゲート
強度および洗濯試験、摩耗強度などについて評価を行い、データを収集した。
○医学的評価担当→ 福井大学医学部 濱野忠則准教授らの研究グループ
パーキンソン病患者に本弾性ストッキングの着用による、履きごこち、血圧の状況、および歩行状態についてのアンケート調査を行った。また、利用者の感想をイーゲートにフィードバックした。
パーキンソン病患者35例(男性14例、女性21例:平均年齢 75.6 + 8.3歳)に対し弾性ストッキングの試着を行った。その結果32例では従来品と比較してやや装着しやすい、とても装着しやすい、という回答を得た。特に脱ぎやすい、あるいは脱がせやすいという意見が多く寄せられた。
着用により、姿勢の変化による収縮期血圧の低下が平均5mmHg緩和した。さらに、予想外に弾性ストッキングの装着により歩行がしやすくなる方が多いという結果が得られた(81.3%)。
また、長期間(約1年間)ほぼ毎日着用いただいた患者さんにファスナーと接する部分の皮膚損傷をはじめとする副作用は認められなかった。なお、この結果は2022年5月18日第63回日本神経学会学術大会(東京)で発表された。
これらの結果より今回開発した弾性ストッキングはパーキンソン病患者の生活の質の改善に役立つものと考察される。さらに、着脱が容易になることから、介護に要する時間を短縮することも期待された。
今回研究開発した弾性ストッキングの効果を、起立性低血圧を呈するパーキンソン病以外の神経変性疾患、特に多系統萎縮症患者に対して検討する。
また、病院勤務の看護師などでも低血圧や下肢のむくみの治療のため弾性ストッキングを普段から利用している方は多く、そのような人への利用も促していく。
加えて、エコノミークラス症候群の予防のための飛行機内での装着も推進していく。