
2025年3月、日本でメタボリックシンドロームの診断基準が策定されてから20年を迎える。2008年に生活習慣病予防のためのプログラム「特定健康診査制度」が導入され、健康診査の結果に基づいて医療専門職が生活習慣改善を支援する特定保健指導も推進されている。
こうした中、大正製薬は、本年2月に「メタボリックシンドローム、またはメタボリックシンドローム予備群」と判定された日本全国の20代以上の男女300人を対象に実施した「メタボ対策調査」を実施した。
3月4日の「世界肥満デー」に向けて古井祐司氏(東京大学未来ビジョン研究センター特任教授)は、同調査結果を踏まえて「日本のメタボリックシンドローム対策の重要性や今後の展開」を解説した。メタボリックシンドロームの診断基準、大正製薬の調査結果、古井氏の解説は次の通り。
【メタボリックシンドロームの診断基準】
・ウエスト周囲長:男性85cm以上、女性90cm以上。
これに加え、以下3項目のうち2項目以上を満たす場合にメタボリックシンドロームと診断する。
・高血圧:収縮期血圧130mmHg以上または拡張期血圧85mmHg以上
・高血糖: 空腹時血糖値110mg/dL以上
・脂質異常:トリグリセリド(中性脂肪)値 150mg/dL以上、またはHDLコレステロール値40mg/dL未満
【大正製薬のメタボ対策調査】
大正製薬は、本年2月、健康診断の結果「メタボリックシンドローム、ないしはメタボリックシンドローム予備群である」と判定された日本全国の20代以上の男女300人を対象に、その結果を受けて何か対策を行ったかを調査しました。
調査結果では、「食事の量に気を付けるようにした」(71.3%)、「よく歩く(階段を使う・1駅分歩くなど)よう心がけるようになった」(65.3%)、「保健指導を受けた」(60.7%)、「食べるものや順番(野菜から、など)に気を使うようにした」(56.7%)、「食事を摂る時間帯に気を付けるようにした」(38.0%)が上位5項目であった。
「内臓脂肪を減らすサプリメントを使ってみることにした」(26.7%)や「内臓脂肪減少薬を使ってみることにした」(17.3%)と、サプリメントや医薬品を活用する人も一定数いた。
だが、 「何もしない」(34.7%)と回答した人も3割以上いる。健康診断の結果を受け、メタボリックシンドロームの改善に取り組んでもらうための対策には、まだ改善の余地がありそうだ。

【古井氏の解説】
メタボリックシンドローム予防は労働生産性にもプラスに働く
働き盛り世代の健康は、職場の労働生産性に直結します。先行研究によると、健康状況が低い層は高い層に比べて体調不良に伴う労働生産性の損失が年間で100万円ほど高くなる構造である。また、健康状況が悪いほど離職率が高まる傾向であることもわかってきた。
職場で特定健康診査、特定保健指導を上手く活用することは、社員の疾病予防だけでなく、企業の経営にとっても合理的だといえる。社員に持つ力を発揮してもらい、創造的な職場にする上で、メタボリックシンドローム予防は有用な施策と言えよう。
内臓脂肪をため込むことで起こる健康上のリスク
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)とは、内臓肥満に高血圧・高血糖・脂質代謝異常が組み合わさることにより、心臓病や脳卒中などになりやすい病態を指す。これらの疾患は、いずれも動脈硬化が原因となって起こることがわかっている。
動脈硬化の危険因子として、高血圧・喫煙・糖尿病・脂質異常症・肥満などがあり、これらは個々に動脈硬化を進めるが、危険因子が重なることでそれぞれの程度が低くても動脈硬化が進行し、心臓病や脳卒中の危険が高まる。
1999年に世界保健機関(WHO)は、このような動脈硬化の危険因子が組み合わさった病態をインスリン抵抗性の観点から整理し、メタボリックシンドロームの概念と診断基準を提唱している。
また、内臓肥満は、将来的な健康リスクのみならず、現段階での労働生産性の低下にもつながる可能性もある。内臓脂肪が増えると、インスリン抵抗性が起こり、血糖値のコントロールがしづらくなり、糖尿病のリスクが上がる。血糖値のコントロールがしにくいと、集中力を維持し辛らくなる。
内臓脂肪は体内で慢性的に小さな炎症を起こす炎症性サイトカインを産生し、免疫細胞を継続的に活性化する。これにより、いざ風邪やインフルエンザなどの感染症に罹患した際、免疫機能のキャパシティが低下し、感染時の抵抗力が弱まる可能性がある。肥満が新型コロナウイルス感染症罹患時の重症化リスクを高めるのはこのためだ。
また、肥満により首回りに脂肪がつくと気道が狭くなり、睡眠時無呼吸症候群のリスクが高まる。これにより、睡眠の質が低下し、脳の酸素不足から日中の眠気や集中力の低下を招く倍がある。
メタボリックシンドロームの背景には、過食や運動不足などがある。そのため、メタボリックシンドロームの解消には生活習慣改善が大事になるが、なかなか自力で改善することは困難でもある。そこで、医療専門職による支援や様々な工夫が必要だ。
持続可能な国民皆保険制度の構築・・・国民の健康寿命の延伸のための基盤
働き盛り世代のメタボリックシンドローム対策は、病気になることを予防し、生き生きと働くことを可能にする上で意義のある取り組みである。メタボリックシンドローム対策には、特定健康診査等の費用や医療機関に受診した場合の医療費がかかるため、直接的に医療費を抑制することにはつながらない。だが、毎年の特定健康診査で自身の健康状況を把握し、特定保健指導などを通じて必要な生活習慣改善や医療機関への受診を促すことで、疾患の罹患や重大な疾患への防止が期待される。メタボ対策は、世界で最も高齢化が進む日本で、健康寿命の延伸を目指すための基盤となる対策である。
メタボリックシンドローム対策の成果を高めるために必要なことを2つ紹介したい。ひとつは、特定健康診査と特定保健指導の実施率向上である。労働安全衛生法により健診実施率は比較的高いが、特定保健指導の実施率は30%に満たない(目標は60%)ため、効果が限定的になっている。
その背景には、特定保健指導やそれによるメタボリックシンドローム対策の意義が企業及び社員に伝わっていないことや、健診と保健指導が一体的ではないという構造などが挙げられる。
もうひとつは、予防と治療との一体化である。現在、特定健康診査や特定保健指導は医療保険者(健康保険組合など)が実施し、治療は医療機関(かかりつけ医)が担っているが、両者は必ずしも連携している訳ではない。
それぞれに関連する制度や財源が異なるため、本来、治療が必要な人がかかりつけ医を受診していなかったり、受診中の人が治療中断するケースも少なくない。適切な治療を受けなければ、動脈硬化が進み、より深刻な病気となって、通常の生活や仕事が出来なくなったり、入院や手術のために多大な医療資源が費やされる。

メタボリックシンドローム対策の意義を伝えることに関しては、後述するように国だけでなく、社会の様々な機関の協力が不可欠である。特定保健指導については、制度開始当初は、特定保健指導プログラムの実施方法・体制に種々の要件が規定されていた。例えば、「対面での面談が必須である」、「指導者は毎回同一でなくてはならない」、「指導の内容によりポイントが設定されており、180ポイント取得が必須」などである。
その後、プログラムがある程度普及したことから、2024年度からの第4期特定健康診査制度では要件が緩和されたり、成果を重視することへ大きな転換が図られ、今後の実効性の向上が期待される。予防と治療の一体化については、保険者機能を推進する政策やかかりつけ医機能の法制化などを通じて、医療保険者とかかりつけ医の連携強化が期待される。
患者に対する重症化予防(疾病管理)は、欧米でも導入されているが、患者の前段階に対する予防プログラムが制度化されているのは日本のみだ。
米国等では、余裕のある企業のみが保険会社による社員向け疾病管理プログラムを導入するにとどまっている。だが、日本は予防医学的なプログラムが国民皆保険制度に実装されているため、治療も予防もすべての国民が対象になる。これは、国民の健康寿命の延伸のための基盤である。
メタボ対策の成果を最大化するには社会資源の協創が不可欠
働き盛り世代は自身の健康は二の次になりがちだ。そこで、メタボリックシンドローム対策を普及するには、日常生活の動線で働きかけることが必要である。たとえば、健康経営に取り組んでいる企業では、健診の実施率が高く、社員の健診状況も良好で、喫煙率などが低い傾向にある。
また、就業時間中に特定保健指導を受けられる企業や、健診機関が参加を勧めてくれた場合に、特定保健指導の実施率が高いことがわかっており、企業や健診機関といった働き盛り世代に寄り添う社会資源による協力は成果を上げる大きな要素である。社員の健康を基盤とした労働生産性や企業価値の向上を目指す観点から、特定保健指導などは企業による人的資本投資のひとつに位置付けられる。生活習慣改善のための選択肢を広げたり、自主的な行動を促すことも重要である。
自身の健診結果を理解し、その結果が意味すること、また、その結果を放置しているとどんなリスクがあるのかをわかっている人ほど検査値の改善率が高く、プログラムの中断率が低い。特定保健指導などを通して健康管理における自主性を高めることは、健康増進効果を高め、仕事に対するモチベーションを上げる方向に働く。職場や医療機関・健診機関、医療専門職・製薬会社などが連携し、メタボリックシンドローム対策の意義やそのための方策を伝えることも重要だ。職場などで使える、働き盛り世代向けの健康啓発のための素材としてのポスター、冊子、PR動画を用意することも有用である。
特定健康診査や特定保健指導による生活習慣改善の支援をはじめ、必要に応じた医療機関への受診勧奨、メタボリックシンドロームに関する医薬品やサプリメントなどの適切な利用法の情報提供も重要である。運動や食生活、セルフメディケーションを促すプログラムや補助を支給している企業や健康保険組合等もあるので、そういった情報や最新の知見を伝えていくことも大切である。