ドクタートラストのストレスチェック研究所では、ストレスチェックサービスを利用した累計受検者211万人超のデータを活用し、さまざまな分析を行っている。
今回は2023年度にストレスチェックの実施を受託した1390の企業・団体における集団分析データをもとに、「健康リスク」、「高ストレス者率」の業種別ランキングを算出した。その結果、健康リスクが高い業種として、「運輸業、郵便業」、「宿泊業、飲食サービス業」、「医療、福祉」が判明した。調査概要および調査結果のポイントは、次の通り。
【調査概要】
調査期間:2023年4月1日~2024年3月31日
調査対象:ドクタートラスト・ストレスチェック実施サービス 2023年度契約企業・団体の一部
企業・団体数:1390
有効受検者数:47万9612人
【調査結果のポイント】
◆健康リスクの高い業種
・ 総合的な健康リスク:「運輸業、郵便業」、「宿泊業、飲食サービス業」、「医療、福祉」
・ 「仕事の負担」で健康リスクが高い:「宿泊業、飲食サービス業」、「医療、福祉」
・ 「仕事のコントロール」で健康リスクが高い:「運輸業、郵便業」、「生活関連サービス業、娯楽業」
・ 「上司・同僚からのサポート」で健康リスクが高い:「運輸業、郵便業」
◆高ストレス者率の高い業種
・ 「宿泊業、飲食サービス業」、「運輸業、郵便業」、「製造業」
◆2022年度と比較して高ストレス者率が増減した業種
・ 高ストレス者率が増加:「金融業、保険業」、「教育、学習支援業」、「運輸業、郵便業」
・ 高ストレス者率が減少:「建設業」、「医療、福祉」
ストレスチェック制度は、従業員のメンタル不調の予防やその気付きを促し、ストレスが高い人の状況把握やケアを通して職場環境改善に取り組むことを目的に制定され、2015年12月以降、従業員数50名以上の事業場で年1回の実施が義務づけられている。
今回の調査では、2023年度にドクタートラストでストレスチェックを受検した方のうち、47万9612人の最新結果を分析した。
健康リスクランキング
1. 最も総合健康リスクが高い業種は「運輸業、郵便業」、「宿泊業、飲食サービス業」、「医療、福祉」
ストレスチェックの結果を部署や、事業場ごとに分析した集団分析では、集団の「健康リスク」が示される。健康リスクとは、企業や団体の中で仕事のストレス要因から起こり得る疾病休業などの健康問題のリスクを、標準集団の平均を「100」として示す指標である。
たとえば、健康リスクが「120」の集団は、その集団で健康問題が起きる可能性が、平均より「20%多い」ことを示している。
総合健康リスクを業種別に算出、リスクの高いものから順に並べたものが「表1 業種別・総合健康リスクランキング」である。「総合健康リスク」は、「仕事の負担・コントロール」リスク、および「上司・同僚からのサポート」リスクという 2つの指標をかけ合わせた数値である。
2つの指標への意味の理解と「現状の数値から何を読み取ることができるのか」が健康リスクを扱ううえでは、非常に重要なポイントとなる。
表1
表1
表1のとおり、総合健康リスクが最も高かった業種は「運輸業、郵便業」、「宿泊業、飲食サービス業」で、以下「医療、福祉」が続く。
総合健康リスクが最も高い「運輸業、郵便業」は「上司・同僚からのサポート」において、「宿泊業、飲食サービス業」は「仕事の負担・コントロール」において全業種の中で最も数値が高く、大きな負荷がかかっていることがわかる。
さらに、「生活関連サービス業、娯楽業」は総合健康リスクが100と標準ではあるものの、「仕事の負担・コントロール」において「宿泊業、飲食サービス業」同様に最も高い数値であった。
2. 「仕事の負担」で最も健康リスクが高い業種は「宿泊業、飲食サービス業」、以下「医療、福祉」
総合健康リスクを算出する1つ目の指標「仕事の負担・コントロール」リスクとは、個人ごとの仕事量の負担と、仕事量をいかにコントロールできているか、そのバランスがストレスに及ぼす影響を示している。
たとえば仕事の量が多かったり困難な業務内容であったりしても、自分なりのやり方やペース配分で行うことができればストレスは高くならず、リスク値は低く算出される。
ところが仕事の負担はそれほどではなくても、順番ややり方が固定され、自らの裁量が生かせない状況では、ストレスは高まり、リスク値は高く算出される。
「仕事の負担・コントロール」のうち、「仕事の負担」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表2 業種別・仕事の負担ランキング」である。
表2
表2は、数値が大きいほど「仕事の負担が多い」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 非常にたくさんの仕事をしなければならない
- 時間内に仕事が処理しきれない
- 一生懸命働かなければならない このように仕事の量・処理速度・熱量などを問う設問から構成されており、数値が大きいほど仕事の負担が大きい、すなわち不良であることを示している。 1位は「宿泊業、飲食サービス業」、2位「医療、福祉」、3位「生活関連サービス業、娯楽業」であった。最も仕事の負担リスクが高かった「宿泊業、飲食サービス業」は、2位の「医療、福祉」より0.43ポイント高い結果となった。
3. 「仕事のコントロール」で最も健康リスクが高い業種は「運輸業、郵便業」、次いで「生活関連サービス業、娯楽業」
次に「仕事の負担・コントロール」のうち、「仕事のコントロール」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表3 業種別・仕事のコントロールランキング」である。
表3
表3は、数値が小さいほど「仕事のコントロールがしづらい」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 自分のペースで仕事ができる
- 自分で仕事の順番・やり方を決めることができる
- 職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる 仕事をする際に個人がどれくらい仕事をコントロールできるか、または、自分で決めた順序や方法でしてよいか、その自由度が問われており、コントロールが困難な業種ほど上位にランキングされている。 1位は「運輸業、郵便業」、2位「生活関連サービス業、娯楽業」、3位「医療、福祉」であった。「運輸業・郵便業」は「仕事のコントロール」リスクは最も不良ではあるものの、「仕事の負担」リスクでは最も良好のため、「仕事の負担・コントロール」リスク値の上昇が抑えられたのではないかと考えられる。
4. 「上司からのサポート」「同僚からのサポート」で最も健康リスクが高い業種は「運輸業、郵便業」
総合健康リスクを算出する2つ目の指標「上司・同僚からのサポート」リスクとは、職場の上司や同僚とのコミュニケーションがストレスに及ぼす影響を示している。仕事量が多く、裁量権が少ない職場であっても上司や同僚からのサポートが得やすい職場はリスク数値が良好傾向にあり、逆に仕事量が少なく、自分のやり方で仕事を進められても、上司や同僚からのサポートが得られにくい職場はリスク数値が不良傾向になる。
「上司・同僚からのサポート」のうち、「上司からのサポート」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表4 業種別・上司からのサポートランキング」である。
表4
表4は、数値が小さくなるほど「上司からのサポートが少ない」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?/上司
- あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?/上司
- あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?/上司 次に「上司・同僚からのサポート」のうち、「同僚からのサポート」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表5 業種別・同僚からのサポートランキング」である。
表5
表5は、数値が小さいほど「同僚からのサポートが少ない」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?/同僚
- あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?/同僚
- あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?/同僚 「上司からのサポート」「同僚からのサポート」ともに1位は「運輸業、郵便業」であった。「運輸業、郵便業」や「製造業」は、業務を1人で担うケースが多く、安全面の問題からコミュニケーションを取る機会が少ない傾向にある。
高ストレス者率ランキング
高ストレス者率とは、実際に受検をした人のなかで、高ストレス者と判定された人がどれくらいいるかを示した割合で、2023年度にドクタートラストでストレスチェックを受検した企業・団体の高ストレス者率の平均は13.7%(受検者数479,612人より算出)であった。
<高ストレス者とは>
・ ストレスの自覚症状が高い人
・ ストレスの自覚症状が一定程度あり、かつ仕事の負担と周囲のサポート状況が著しく悪いと判定された人
表6
表6は、高ストレス者率を業種ごとに算出したもので、高ストレス者率が高い順に示している。
高ストレス者率が高い業種は「宿泊業、飲食サービス業」、「運輸業、郵便業」、以下「製造業」と続く。高ストレス者率が最も高かった「宿泊業、飲食サービス業」は、全業種平均と比較すると6.7%高い結果となった。高ストレス者率が高かった「宿泊業、飲食サービス業」、「運輸業、郵便業」、「製造業」では、特に新型コロナウイルスの影響で一時は激減したインバウンド(訪日外国人)の旅行者数が急激に回復したことや夜勤や交代勤務等の勤務形態による生活リズムの乱れが高ストレス者率を引き上げた要因ではないかと推察される。
また、高ストレス者率が低かった「公務」、「学術研究、専門技術サービス業」、「複合サービス事業」では、インバウンド(訪日外国人)の旅行者数の増減によって影響されない業種であるとも考えられる。
2022年度と比較して高ストレス者率が増減した業種
表7は、2022年度と2023年度の高ストレス者率を比較したグラフだ。2022年度とくらべて高ストレス者率が増加した業種(6業種)を赤枠、減少した業種(9業種)を青枠で示している。
高ストレス者率が大きく増加した業種は「金融業、保険業」次いで、「教育、学習支援業」「運輸業、郵便業」、高ストレス者率が大きく減少した業種は「建設業」、次いで「医療、福祉」となった。
表7
まとめ
以上のように、「運輸業、郵便業」は「仕事のコントロール」、「上司・同僚サポート」において最も不良であるため、総合健康リスクが最も高い結果になった。
2023年度の高ストレス者率は、「宿泊業、飲食サービス業」、「運輸業、郵便業」、「製造業」が不良傾向であることがわかった。これらの業種は、2023年度からインバウンド(訪日外国人)の旅行者数が急増し、業務過多によるストレスの影響を大きく受けたのではないかと考えられる。
また、2022年度と2023年度の高ストレス者率を比較して、高ストレス者率が大きく増加した業種は「金融業、保険業」、「教育、学習支援業」「運輸業、郵便業」、高ストレス者率が大きく減少した業種は「建設業」、「医療、福祉」であった。
高ストレス者率が前年度より増加した「金融業、保険業」では2021年の改正銀行法によって業務範囲が拡大したことを皮切りに、デジタルを活用した変革であるDXの推進が求められる中で、実現できる人材を確保するための採用活動による業務量増加、既存社員にとっては慣れないデジタル化に対してストレス負荷がかかっていることが要因であるのではないかと推察する。
これに対して高ストレス者率が前年度より減少した「建設業」、「医療、福祉」では2024年4月から時間外労働の上限規制が適用された。こうした制度変更を見越して、2023年度から長時間労働に対する意識変革や残業しなくてもよい環境づくりなどに力を入れた結果が表れているのではないかと考えられる。
業務の特性上、どうしてもリスク値が不良に出やすい業種があるが、その時々の社会情勢に応じて結果は変動していく。業務特性や社会情勢を理解した上で、自社の状況や課題に合わせた臨機応変な対応が必要となってくるだろう。
DXとは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立することを意味する。