世界のライフサイエンス業界のM&Aが急増 EY調査

豊富な資本と新たな収益成長の追求が背景に

 EYは、ライフサイエンス企業の世界のM&A投資額を追跡する「2024年度版 EY M&A Firepowerレポート(第12号)」を発表した。
 同レポートによれば、売上向上への圧力と迫り来るパテントクリフ(医薬品の特許切れに伴う売上の急減)がディール締結を加速させているため、2023年のライフサイエンス企業によるM&Aは、2022年より34%増加して1910億ドルに上昇している。
 オンコロジーの分野が引き続きM&Aの最大のターゲットとなっており、2023年におけるM&A投資額は652億ドルに上る。
 大手製薬会社のディール復活により平均ディールサイズ(M&Aの取引金額の規模)が77%増加。この傾向がM&A投資額を2024年も引き続き増加させる見込みにある。
 世界のライフサイエンス業界は、再び大型ディールの締結に積極的になっており、2023年12月10日までのM&A投資額の合計は1910億米ドルと、2022年の1420億米ドルから上昇した。
 M&A件数は、2022年の126件から2023年には118件へと減少したが、平均ディールサイズは大きく増加した。
 ライフサイエンス業界でM&Aが盛り返しているのは、売上向上への圧力、今後5年で主要製品のパテントクリフが迫っていること、さらに将来的に新たな収益成長と価値を提供するために、適切なディールを今すぐにでも行う必要があるからだ。
 ライフサイエンス業界はまた、過去最高記録に迫るファイヤーパワー(Firepower、企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定したEY独自の指標)を保持している。

ファイヤーパワーを有効活用する大手製薬会社

 同レポートによると、ライフサイエンス業界最大のプレーヤーである多国籍製薬企業がM&Aへの関与を増やしたことが、2023年のM&A活動再加速の主要な要因の1つとされている。
 これらの企業はライフサイエンス業界のM&A締結を牽引し、M&A投資総額のうち3分の2以上(69%)が多国籍製薬企業によるもので、これは2022年の38%に比べて大幅に増加している。
 大手製薬会社11社すべてが、少なくとも1件は10億米ドル以上のディールを締結し、その中でもメルク社による自己免疫疾患治療薬企業プロメテウス・バイオサイエンシズ社の4月の買収は、100億ドルの壁を突破した。
 だが、その規模を大きく上回る最大のディールとなったのが、3月に行われたファイザー社によるシージェン社の430億ドルの買収であった。
 こうしたことから、ディール件数は減少したにもかかわらず、バイオ医薬品企業による買収の平均ディールサイズが2023年に77%も増加した(2022年の12.3億米ドルに対し、2023年12月10日時点で21.8億ドル)。
 大手製薬会社は、2024年も続けて大規模なディールを締結する可能性が高く、M&A活動への本格的な回帰が予想される。

2024年もM&Aの動きは続くのか?

 同レポートは、M&A投資額が2024年以降も増加し、さらに加速すると予想する根拠として、3つの主要な要素を挙げている。一つ目は、バイオ医薬品セクターが過去最高に迫るM&Aファイヤーパワーを有していること。
 二つ目は、本業界が今後5年以内に売上面での課題に直面するため、M&Aにより外部的成長を確保する必要があること。
 そして三つ目は、現在の経済状況が、買収者に有利な買い手市場となっていることである。
 M&A投資が増加したとはいえ、バイオ医薬品業界は依然として1.37兆ドル以上のディール能力を保持しており、これは、2022年を除けば、Firepowerレポート史上最高レベルの水準となっている。

M&Aを通して価値を確保

 だが、豊富なM&A資金力を有する一方、ライフサイエンス業界のあらゆる企業にとって、将来の価値を確保するために適切なディールを見つけ、それを確実に締結することが課題となっている。
 バイオ医薬品企業がM&Aを行う際の不確実性要素には、世界の企業を取り巻く経営環境に広く見られるボラティリティだけでなく、米国のインフレ抑制法(IRA)などの新法がもたらす法規制上のリスクも含まれる。
 インフレ抑制法は、将来的に企業が薬価を設定する能力を制限する可能性があるため、買収ターゲット候補のポートフォリオとパイプラインを正確に評価することが難しくなる。
 買収が価値を生むためには、ライフサイエンス企業は、高品質で、パーソナライズされた医療エクスペリエンスを含む、患者に対するより良いアウトカムを提供するという目標に焦点を合わせる必要がある。さらに、ディール締結から価値創造に至る適切なプロセス、規律、実行力を確保するための努力も重要となる。

M&Aのターゲットはがん治療と希少疾患

 がん治療市場の大きな成長可能性は、過去5年間でこの分野のM&Aに投資された額が物語っている。2023年にライフサイエンス業界が行った買収の中で、がん治療分野の企業買収が取引額と件数の両方で首位となっており、がん治療分野のアセットに対するM&A投資額は、652億ドルにも達した。
 また、がん治療分野のアセットをめぐる熾烈な競争により、がん治療関連企業のマルチプル(企業価値評価に用いられる指標倍率)が、他の治療領域のターゲット企業よりも高まり、買収を行う企業はさらに多くの額を支払わざるを得なくなっている。
 過去10年間で行われたがん治療関連企業の買収では、マルチプルが全買収ターゲット企業の総収益の平均11.9倍となっているため、買収者はこの分野でのM&Aから確実に価値を引き出さなくてはならない状況にある。
 同様に、法規制の変化によって、他のアセットも魅力的な買収ターゲットとなっています。希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)の価格は、インフレ抑制法などの法規制の影響を受ける可能性が低いため、希少疾患に特化した企業が重要なM&Aの対象となっている。
 こうした企業のマルチプルは高く、過去一年で最大のディールの一部は、これら企業に対するM&Aであった。

変化するライフサイエンス環境においてM&Aの価値を確保

 究極的にはどのディールが最高のリターンをもたらすのかという問いに対する万能な答えはないが、同レポートでは、企業が将来にわたり価値を維持する機会を提供し、その価値創出にM&A戦略が確実に役立つための5つの戦略を紹介している。

1、 より焦点を絞ったビジネスモデルを構築する

2、 付加価値を生み出すことのできる治療分野を特定する

3、 新たに現れる革新的なオポチュニティを把握する

4、 買収とパートナーシップの適切なバランスを見つける

5、 M&Aから価値を引き出すため、適切なエグゼキューション戦略を構築する

◆Subin Baral EYグローバルLife Sciences Dealsリーダーのコメント:
 我々は2023年に、大手製薬会社がディール締結に本格的に復帰する様子を目の当たりにした。複数の主要製品の特許期間が今後5年以内に満了するという差し迫った状況から、バイオ医薬品業界は、M&Aを成長確保の戦略的な手段として捉えている。
 この業界のすべての企業が直面する共通の課題は、将来に向けて持続的な価値を提供するため、現段階で適切なディールを確実に実現することである。世界のビジネス環境や法規制の急激な変化を乗り越えていくためには、ベストなパートナー、ディールストラクチャーの種類、イノベーション、治療領域、戦略的アプローチのすべてを特定することが極めて重要である。
 だが、ライフサイエンス企業は、適切なディールの実行は、一度きりのトランザクションではなく、むしろ一連のプロセスであることを理解しなくてはならない。
 それぞれの企業間のパートナーシップが固有の目的を確実に達成するためには、ライフサイエンス企業は、適切な人材、プロセス、そしてガバナンスを確保する必要がある。2024年も企業を取り巻く経営環境全般の不確実性は続くと見られるが、先に述べたようなディール締結の必要性を理解し、それを実現できるライフサイエンス企業は、将来的な価値の確保において有利な立場に立つことができるだろう

◆大岡考亨EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダーのコメント:
 グローバル大手製薬企業は、持続可能な成長を確保するために、豊富な資金力を基に外部資源の獲得に向け積極的な投資を再開した。迫りくるパテントクリフや足元の経済環境を踏まえると、EYは今後もこのトレンドが続くものと予想している。
 日系製薬企業はグローバル大手製薬企業に比べて相対的に規模が劣るため、資金力で対抗することは困難であるが、自社の強みが発揮できるコア疾患領域にフォーカスすることにより、競争優位性を発揮できる余地はあると考える。

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