日本の創薬力強化に尽力し、予見性ある薬価制度提案や薬価維持制度の具現化に道筋 製薬協上野裕明会長

 日本製薬工業協会の上野裕明会長(田辺三菱製薬代表取締役)は、本年5月25日に会長に就任して以来約3カ月が経過した。その間、政府の「骨太方針2023」が打ち出され、厚労省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」の報告書がまとめられるなど大きなトピックスがあった。
 上野氏は、骨太方針2023について、「イノベーションの重視や創薬力強化といった‟入口”のところの理論はしっかりと記載されている」と評価。その一方で、薬価制度などの‟出口”のところは、「大きな方針のもとに具体的な施策をどう落としていくかがこれからの議論になる」との認識を示した。
 一方、有識者検討会の報告書については、「こちらもまず第一弾として、広い視点から医薬品産業を取り巻くこれまでの課題認識・課題共有が示された。これまで製薬協が訴求してきたことが色々な人を通じて届いてきている。少し‟潮目”が変わったが、その具体策はこれからになる」と断言。
 「私の任期の中で製薬協としての活動をより一層活性化・活発化して行かねばならない」と改めて意を強くし、「製薬協として、予見性のある薬価制度の提案や薬価維持制度の具現化に道筋を付け、ドラッグラグ・ロス改善のための迅速導入促進制度や、日本の創薬力を強化する仕組みを構築したい」と強調した。
 その上で、「重要となる‟出口”をきちんとしなければ‟入口”のイノベーション強化に繋がらない。‟入口”と‟出口”のバランスをしっかり取りながらやっていきたい」と抱負を述べた。

モダリティが変わっても創薬研究の本質的な力はまだ日本に健在

 長年創薬研究に従事してきた上野氏は、「以前の日本は創薬力の強い国であり、数多く日本発の新薬が世界の医療に貢献してきた」と振り返る。
 田辺三菱製薬では、Ca拮抗剤「ヘルベッサー」、多発性硬化症治療薬「ジレニア」、SGLT2阻害薬「カナグル」、脳梗塞治療薬・ALS治療薬「ラジカヴァ」などを創出。他の国内製薬企業も、世界に通じる画期的な新薬創出に枚挙に暇がなかった。
 ところが、ここ10年、創薬モダリティが「低分子」から「バイオ」にシフトしていく中で、日本の製薬企業はその流れに乗り切れず、海外製薬企業の後塵を拝するようになった。
 その理由を「日本は、低分子の創薬が強かった分、新しいモダリティへのシフトが遅かったのではないか」と推測する。
 その上で、「モダリティが変わっても、創薬研究の本質的な力はまだ日本には健在である。創薬の対象を低分子から新しいモダリティに切り替えて行けば、必ずや創薬立国日本が実現できると考えている」と語気を強める。
 上野氏は、三菱化学で創薬研究に従事していた1992年~1994年の3年間、米国サンディエゴにある「スクリプス研究所」のニコラウ教授の研究室に留学し、抗がん剤「タキソール」の全合成方法に世界で初めて成功した実績を持つ。
 タキソールの有効成分は、樹木の樹皮に存在するため、安定的に製造するための人工的な完全合成方法の確立が不可欠であった。当時、この難題には、世界で有数の20箇所以上もの研究室がチャレンジしていたが、見事上野氏がゴールを切った。その快挙は、タキソールの全合成の方法としてネイチャーの表紙に取り上げられた。
 その後も、こよなく研究に従事してきた上野氏の「最終的に医薬品にする力は、日本は優れている。モダリティが変わってもそこは堅持していくべきである」との助言には、日本の創薬研究への強い思いが込められている。

日本製薬企業が希少疾患治療薬に創薬活路を見出させる可能性を指摘

 近年、ブロックバスター(年間売上高1000億円以上)を狙える創薬ターゲットは殆どない。一方で、患者数は少数で、難易度が高く治療薬の無い希少疾患は数多く存在する。
 「日本の製薬企業は、希少疾患治療薬に創薬活路を見出させる可能性がある」と指摘する上野氏。「こうした希少疾患に対しては、企業規模ではなく、これまでになかった新しいモダリティで切り込んで‟オンリーワン”製品を生み出すゲームチェンジができる」からだ。

日本に優れた創薬エコシステムを立ち上げ、その成長過程にも製薬協が働きかけ

 では、日本の製薬企業がオンリーワン製品を生み出すには、製薬協としてどのような後押しが必要か。その具体策の一つとして、「製薬協からの国主導によるゲノム情報、疾患情報のデータベース構築の提案と製薬企業の積極的な参画」を挙げる。
 また、低分子化合物は、一つの企業の中で創薬から開発、製造まで行ってきたが、異なるモダリティでは、創薬ターゲットの発見、評価方法、モデル動物の作製、医師との協業、全く新しい製造技術の確立などで様々なプレイヤーが連携する「創薬エコシステム」が不可欠となってくる。
 そこで、「日本に優れた創薬エコシステムを立ち上げ、成長していくところも製薬協として働きかけをして行きたい」と意を強くする。
 創薬の技術的な側面からのアシストについても、「ある程度限られた中で効率性を上げるには、DX(デジタル・トランスフォーメーション)データの利活用が必須となる」と述べ、「DXデータをどのように活用すれば効率的な施策になるのかを打ち出していく」考えだ。

新しい臨床試験のあり方も製薬協として色々提案

 上野氏は、「薬事規制を含めた新薬承認制度の環境整備の重要性」にも言及する。昨今の海外発新薬のドラッグロスでは、特に希少疾患についての新薬承認のあり方が議論されている。「新薬承認において、安全性、有効性を科学的データに基づいて検証する重要性は変わらないが、その安全性、有効性をどのように評価するかについての議論を深める必要がある」と強調し、「希少疾患治療薬においては、現行の薬事承認方法では限界が来ている」と指摘する。
 その理由は、「従来の新薬の臨床試験で必要とされる患者規模を求められても、もともと患者数の少ない希少疾患ではその要件が満たせない」からだ。
 プラセボとの比較も課題になる。「倫理的観点からも、プラセボ試験の必要性が本当にあるのかを考えねばならない」と述べ、「データベースを構築して疾患背景を明らかにして、健常人と患者の差を見るなどの方法により、プラセボを必要としない臨床試験も模索できるのではないか」と話す。「新しい臨床試験のあり方も、製薬協として色々提案していく」

薬価制度 限られたパイの中での配分では「メリハリ」をキーワードに

 一方、‟出口”対策では、これまで製薬協が打ち出してきた‟薬価制度改革案の具現化”を避けて通れない。とはいえ、「薬価制度には、様々な制度が多岐に渡っている。加えてステークホルダーも多く、そういった人たちとの調整も必要なので、改革案の実現はそう簡単ではない」
 こうした中、「少子高齢化が進む中で、どういった薬価制度があり得るかは、製薬協として提案して行かねばならない」と意気込む。
 薬価を考えるとき、一つは「全体のパイをどう広げていくか」、もう一つは「限られたパイの中での配分の見直し」が大きなポイントになる。
 上野氏は、「イノベーションを評価していくことを考えれば、ある程度パイを広げていく必要がある」と言い切る。
 また、限られたパイの中での配分の見直しでは、「様々なステークホルダーが存在し、イノベーションが推進する中で、どのような配分のあり方が適切であるかを考えて行かねばならない」と強調し、製薬協のキーワードとして「メリハリ」を挙げる。

予見性が立てられる薬価改定の方法などを提案

 薬価制度では、2018年から毎年薬価改定が実施されるようになった。その是非はあるものの、「その都度、その都度での予見性の低さ」が海外企業からも問題視されている。
 「ある程度の予見性があれば、多少薬価が低くてもそれなりの戦略を立てることで対応できる。従って、予見性が立てられるような薬価改定の方法を提案していきたい」と力説する上野氏。
 さらに、「薬価改定ごとに変わるルールを中長期的に整合性のある制度とし、薬価維持制度を一つでも具現化できる取っ掛かりになる道筋をこの2年間で付けたい」と訴求する。
 また、ドラッグラグ・ロス改善のための対策では、「日本にいち早く持ってきた新薬にはインセンティブを付ける‟迅速導入促進制度”」を確立させる考えだ。

日本の製薬産業育成と国民皆保険制度維持は少し分けて考える必要あり

 製薬産業育成と国民皆保険制度の維持は関係が深い。国民皆保険制度について上野氏は、「国内のみならず海外の新薬を必要とする患者さんに届けるためにも、不可欠である。世界に誇れるこの制度は今後も継続していかねばならない」と力説する。
 その上で、「今のままでは、国民皆保険制度の限界が来る。維持するには、薬価制度と同様に全体のパイをどう広げていくか、限られたパイの中での配分の見直しを考えねばならない」との考えを示す。
 製薬産業の育成については、「日本の製薬企業は、海外に向けてビジネスを拡大して一定の収益を得ており、日本経済の発展にも貢献している。従って、日本の製薬産業育成と国民皆保険制度維持は少し分けて考える必要がある」と話す。
 最後に、国のイノベーション促進施策について「色々やって頂いているが本当に功を奏しているのかを検証し、我々も必要な事柄をしっかりと要望しなければならない」と訴えかけた。

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