火災ガス中毒の救急救命用治療薬を開発 同志社大学理工学部の研究グループ

図. 建物火災では資材の燃焼により、一酸化炭素(CO)およびシアン化水素(HCN)が有毒ガス成分として発生する。今回、hemoCD-Twins(ポルフィリン鉄錯体と二種類のシクロデキストリン二量体の混合物)の投与により、COとHCNの同時解毒が可能であることをマウス/ラットを用いた実験で証明した。

 同志社大学 理工学部 機能分子・生命化学科の北岸宏亮教授らの研究チームは、火災ガス中毒の原因である一酸化炭素(CO)とシアン化水素(HCN)の同時解毒が可能な救急救命用治療薬「hemoCD-Twins」を開発した。
 hemoCD-Twinsは、生理食塩水中で2つのヘムモデル化合物(ヘム鉄と環状オリゴ糖であるシクロデキストリンの混合物)から構成されている(図)。そのうちhemoCD-PはCOを非常に強く捕捉し、hemoCD-IはHCNを効果的に捕捉し、速やかに体外へ排出される。
 その後、北氏らは、hemoCDシリーズを発展させてhemoCD-Twinsを創製し、これがCOとHCNの同時中毒に対して非常に有効で迅速な解毒薬となることを実証した。
 COと HCNの同時中毒状態となったマウスにこの化合物を投与すると、生存率が85%を超えるとともに(非投与群は0%、すなわち全て死亡) 、昏睡症状から急速に回復して運動を再開する様子が実験で明らかになった。
 さらに、アクリル素材を燃焼させて発生させた火災ガスを吸入させることにより、致死に近い状態にしたマウスにこの化合物を投与すると、生存率が80%を超えた(非投与群では約40%の生存率)。
 また、この化合物は投与後、数分で尿中に排泄され、体内に全く残存しないことが明らかになった。hemoCD-Twinsは即効性のある解毒作用と高い安全性を示すとともに、緊急時への常備薬として重要な要素である長期室温保存可能な安定性を有することも報告している。これらの研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載さる予定だ。
京都アニメーション放火事件や大阪・北新地ビル放火事件などで大きく報道されたように、火災では高温による熱傷だけでなく一酸化炭素(CO)等のガス中毒により甚大な被害が発生する。
 現在、火災におけるガス中毒を現場で迅速に治療する方法はない。また、建物火災ではCOに加えてシアン化水素(HCN)を含む有毒ガスが原因で命を落とす場合もある。
 COとHCNを同時に速やかに解毒可能な治療薬は存在せず、一度体内に吸収されるとすぐに除去することは困難である。このため、火災等で有毒ガスにさらされた人々の命を救うことは、救命救急の現場において大きな課題となっている。
 北岸教授らは、同志社女子大学、東海大学、建築研究所およびパリ大学と共同し、COおよびHCN中毒の特効薬となる可能性のある合成化合物「hemoCD-Twins(ヘモシーディーツインズ)」を開発した。
 火災ガス中毒状態にしたマウスにこの化合物を投与すると、生存率が約85%を超えるとともに、中毒症状から急速に回復することを実験で明らかにしている。
 この研究成果は、火災現場の救命率を上げるとともに、火災ガス中毒による様々な後遺症を低減させ得る治療薬開発に繋がるものであり、火災ガス中毒からの救命・後遺症の治療に資する画期的な成果である。
 hemoCD-Twinsを基にした薬剤が開発されれば、火災によるガス中毒から多くの命を救えるとともに、ガス中毒によるさまざまな後遺症の治療にも効果があると考えられる。
 さらなる研究を重ね、非臨床試験や臨床試験を経て、5〜10年以内に、救急車や救急病院などにhemoCD-Twinsが配備されることが期待される。
 そうなれば、人々を突然襲う災害である火災ガス中毒から多くの人々を救うことが可能である。
 現在、北岸教授は同志社大学において火災ガス中毒治療薬開発研究センターを設立し、現場で活躍する救急救命の臨床医師と協力しながら、同薬剤の臨床試験に向けた研究を開始している。hemoCD-Twinsが世界中の火災の救急現場で一日でも早く活用される日が来ることが待ち望まれる。

◆北岸教授のコメント
 我々は、20年以上にわたって合成ヘムモデル化合物であるhemoCDの研究を行ってきた。ヘム鉄と類似の構造をもつポルフィリン鉄錯体と、環状オリゴ糖として生体にやさしいシクロデキストリンという化合物から生成されたhemoCDシリーズは、当初は輸血体制を支えることを目的に、血液の代替材料となる人工ヘモグロビンとして研究開発を進めていた。
 この研究に取り組む過程で、hemoCDを動物に投与するとすぐに尿として排泄され、そこに微量のCOが含まれていることに気づいた。これが切っ掛けとなり、私は二種類のhemoCDを用いることで、COとHCNの同時中毒に対する解毒薬として使えるのではないかと思いついた。
 この化合物を治療薬として世の中に送り出すためには、今後、多くの方からの協力が必要となる。これから医師や企業などの協力を得て、さらなる開発を進めていきたい。

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