悪性脳腫瘍の術後に発症する静脈血栓塞栓症の病態解明と早期診断マーカー特定 新潟大学

新潟大学脳研究所脳神経外科分野の藤井幸彦教授らの研究グループは16日、LSIメディエンスとの共同研究で、悪性脳腫瘍(神経膠腫)の術後に生じる 静脈血栓塞栓症の病態解明と早期診断マーカーを特定したと発表した。
 予後不良とされるイソクエン酸脱水素酵素遺伝子(IDH)野生型の悪性神経膠腫の術後に合併する静脈血栓塞栓症の機序と早期発見・予測のためのバイオマーカーの同定に成功したもの。これらの研究成果は、本年1月21日、国際科学誌「Thrombosis Research」に掲載された。
 静脈血栓塞栓症は、深部静脈血栓塞栓症と肺塞栓症の総称であり、いわゆる「エコノミークラス症候群とも言われている。下肢にできた血栓が心臓から肺動脈に移動すると呼吸困難を引き起こし突然死の原因となる。従って、悪性神経膠腫患者の術後管理において、その早期発見は重要となる。
 同研究グループは、既にIDH野生型悪性神経膠腫では組織中にPodoplanin(PDPN、ポドプラニン)というタンパク質の発現が高く、PDPNの発現が高い症例では術後の静脈血栓塞栓症の合併頻度が高いことを報告している。
 PDPNは、血小板表面のレセプターであるCLEC-2と結合し、血小板活性を惹起する。今回の研究では、悪性神経膠腫患者の術後早期に血液中のCLEC-2(可溶型CLEC-2)を測定し、IDH野生型の患者で値が上昇しており、さらには静脈血栓塞栓症を合併した患者では顕著に上昇していたことがわかった。
 特に、可溶型CLEC-2値を血小板数で割ったC2PAC指数が術後静脈血栓塞栓症を合併した患者で上昇しており、静脈血栓塞栓症予測の有用なバイオマーカーであると判った。藤井氏らの研究に、①PDPNの発現量が高いIDH野生型悪性神経膠腫の術後で可溶型CLEC-2値,C2PAC指数の上昇、②静脈血栓塞栓症を合併した際,可溶型CLEC-2値、C2PAC指数が上昇しており、IDH野生型悪性神経膠腫症例の静脈血栓塞栓症発症に血小板活性が強く関与ーが明らかになった。
 これまで静脈血栓塞栓症合併には、凝固系が強く関わっていると考えられてきたが、同研究では、凝固系の亢進の前段階に血小板の活性化も強く関与していることが示唆され、IDH野生型悪性神経膠腫症例に合併する静脈血栓塞栓症の病態解明に繋がった。
 また、術後の可溶型CLEC-2値の評価により、静脈血栓塞栓症合併をより早期に予知・発見することが可能となり、臨床におけるより安全な術後管理に寄与できるものと期待される。
 悪性神経膠腫を含め悪性腫瘍患者では、10-20%の割合で静脈血栓塞栓症を合併すると言われている。悪性神経膠腫における静脈血栓塞栓症の危険因子として、年齢・下肢麻痺・腫瘍のサブタイプなどが報告されているが、そのメカニズムについては不明な点が多い。 同研究グループは既に、悪性神経膠腫術後の静脈血栓塞栓症は、腫瘍細胞中のPDPNが高頻度に発現されるIDH野生型悪性神経膠腫で多く、PDPNが静脈血栓塞栓症の危険因子となり得ることを報告している(Watanabe et al. World Neurosurgery, 2019)。
 PDPNは、血小板に発現しているCLEC-2受容体と結合して血小板凝集を誘導することが既に知られている。血小板活性が高い状態では血漿中の可溶型CLEC-2値が高く、血栓形成において重要な役割を担っていると考えられている。
 可溶型CLEC-2は血小板活性と同時に血液中に放出され、血小板活性の重要なバイオマーカーの一つとして知られており、様々な疾患(血栓性細小血管症,播種性血管内凝固症候群,急性冠症候群および急性虚血性脳卒中)で上昇することが報告されている。
 だが、可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現量との相関関係については報告がない。同研究では,悪性神経膠腫における可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現、さらには静脈血栓塞栓症合併との相関関係を明らかにし、血栓形成の病態生理についても解明した。
 2018年4月から2020年8月までに新潟大学脳研究所脳神経外科で手術介入を行ったWorld Health Organization (WHO) グレード3以上の悪性神経膠腫44症例を対象とし、IDH野生型群35例とIDH変異型群9例とで比較検討を行った。静脈血栓塞栓症合併の診断にはDダイマー値を用いた。
 同研究グループは以前、開頭術後に合併する静脈血栓塞栓症スクリーニングにおいてDダイマーが有用であると報告している(Natsumeda et al. World Neurosurgery, 2018)。血液中の可溶型CLEC-2の測定には、LSIメディエンス社製の専用enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)キットを使用した。
 また、CLEC-2は血小板に発現しているため,血小板数に影響を受ける可能性があり,可溶型CLEC-2値を血小板数で割った値をC2PAC 指数として定義し、比較を行った。なお、比較の対照群には悪性脳腫瘍以外の手術症例や健常ボランティアの結果も加えた。

 PDPN発現量が高いIDH野生型悪性神経膠腫では可溶型CLEC-2値とC2PAC指数が対照群と比較して有意に上昇しており、血小板活性が亢進していることが示された(図1)。
 静脈血栓塞栓症の合併は合計9例で、IDH野生型群で多い結果(8例対1例)となった。
 IDH野生型群では静脈血栓塞栓症の合併が多く、可溶型CLEC-2値とC2PAC指数が高かったことを受け、次にIDH野生型群で可溶型CLEC-2値やC2PAC指数が静脈血栓塞栓症合併の予測因子となり得るかを検討した。
 IDH野生型群を静脈血栓塞栓症を合併した8例と合併しなかった27例との2群に分け、2群における可溶型CLEC-2値とC2PAC指数を比較した。静脈血栓塞栓症合併群では可溶型CLEC-2値が高い傾向にあるものの有意差は認めず、C2PAC 指数は静脈血栓塞栓症合併群で有意に上昇していた。


 また、静脈血栓塞栓症を予測するためのC2PAC指数のカットオフ値を3.7とすると、感度87.5%で特異度51.9%であった(図2)。
 これらの結果から、IDH野生型悪性神経膠腫の術後では腫瘍に発現しているPDPNが血中に放出されCLEC-2との結合体が形成されるメカニズムが、静脈血栓塞栓症合併の重要な因子であることが判明した。
 つまり血小板活性が術後の静脈血栓塞栓症合併に関わっており、C2PAC指数は静脈血栓塞栓症合併を予測・診断する新しいバイオマーカーとなる可能性があることが示された。
 これまで静脈血栓塞栓症の合併には,既に生じているであろう血栓をD-dimer値でスクリーニングする手法が一般的であった。今回の研究では、CLEC-2値やC2PAC指数を用いて血栓が形成される前の段階で予知ができる可能性があり、より安全な術後管理につなげることができる(図3)。

 また、これまで静脈血栓塞栓症合併には、凝固因子が強く関わっているとされているが、今回の研究で血小板活性も強く関わっていることが示され、今後の治療選択に役立てられる可能性がある。
今回の研究においては、静脈血栓塞栓症を合併した時点での評価であったが、今後は合併する前段階での評価も加え、CLEC-2やC2PAC 指数がどのように推移するかを検討する必要がある。
 さらには、抗血小板剤や抗PDPN療法が治療薬として選択できるかどうかを動物実験を含めて検証をしていく必要があると考えられる。

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