細胞分裂において染色体を分配する綱引き因子とその仕組みを発見 早稲田大学

不妊やダウン症などの先天性生殖補助医療への応用に期待

 早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻の村瀬裕一氏および佐藤 政充教授らの研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにした。
 従来の定説では微小管を伸長させる因子だと想定されてきた分裂酵母Dis1が、翻って微小管を短縮させる因子であることを実証し、それを基に人工的な染色体運搬装置を作製した。
 これまで分裂酵母において不明であった「微小管を短縮して染色体を運搬する実行因子」を発見したことにより、細胞分裂の仕組みの捉え方が変わる可能性がある。同研究で開発したDis1によるバーチャル動原体の考え方をさらに応用すれば、人工的な染色体分配システムの作製が可能になるため、合成生物学的あるいは医学的な応用が注目される。
 加えて、TOGファミリーがヒトでも酵母と同じように減数分裂においてこの機能を発揮しているとすれば、その異常が、ヒトの不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となる可能性が高く、生殖補助医療への応用が期待される。
 これらの研究成果は26日、Nature Portfolio journals発行の『Communications Biology』にオンライン掲載された。
 村瀬氏らの研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにした(図1の右)。

図1: 微小管は染色体の動原体部位を捕まえた後、短縮化することで染色体を分配する


 Dis1タンパク質は、酵母からヒトまですべての真核生物で保存されているTOGファミリーに属するタンパク質である。村瀬氏らの研究室では、過去の実験結果から、TOGファミリーに属するDis1タンパク質が微小管を短縮させる候補因子として見い出していた。Dis1を人為的に欠失させた変異細胞では、減数分裂において微小管の短縮がほとんど起きなくなっていたためだ。
 とはいえ、村瀬氏らのDis1が微小管を短縮するという説は、逆風の中にあった。まず、Dis1のようなモータータンパク質ではない因子が微小管を短縮するという前例はない。さらに風向きが悪いことに、多くの生物種において、TOGファミリーに属するタンパク質(つまり他生物におけるDis1の類似因子)は、短縮どころかまったく逆の機能を担うことが多くの研究者によって実証されていたからだ。
 つまり、Dis1は他のTOGファミリーの因子と同様に、微小管の末端にチューブリンを付加することで微小管の伸長を促進する因子だと考えられていた。村瀬氏らの過去の研究で得られたデータは、この定説と合致しなかった。
 そこで、同研究では、試験管内での再構築実験と生細胞観察を用いて、Dis1タンパク質の生化学的な性質を調べることで、Dis1が微小管を短縮するという私たちの仮説の立証に取り組んだ。
 細胞から精製したチューブリンタンパク質を用いて試験管内で微小管を形成させて、そこに同じく精製したDis1タンパク質を添加した際に起きる微小管の長さの変化を顕微鏡下で観察した(図2)。すると、Dis1の存在下では微小管のダイナミクスが激しくなること、特に微小管の短縮を促進する効果が見られた。この試験管内での検証実験により、村瀬氏らの仮説が正しいことが示された。

図2

 他方、この検証結果は新たな疑問も生み出した。もし、仮にDis1が常に微小管を短縮させる機能を発揮すると仮定すれば、微小管は伸長しづらくなり、そもそも染色体を結合することさえ不可能になるはずである。とすれば、Dis1は機能を発揮するときと、しないときがあるのだろうか。そこで、次に生細胞観察を行った。その結果、微小管が染色体の動原体を結合できたときのみ、Dis1が安定的に微小管に存在できることが分かった。
 動原体を結合する前の微小管では、Dis1の局在が微小管の末端から消失しやすく、結果として微小管が伸長しやすいといえる(図3の左)。
 これに対して、動原体を結合した後の微小管末端においては、Dis1の局在が長い時間維持されていた(図3の右)。すなわち、微小管が動原体を結合した後のみ、Dis1がそこで微小管を短縮化できることを意味している。このように、微小管が動原体を結合する前はDis1の機能はオフであり、結合後にオンになるといえる。

図3:微小管が動原体と結合することによってDis1が機能を発揮しやすくなる
 

 だからこそ、最初は微小管がじゅうぶん伸長でき、動原体を結合した後は一転してDis1が微小管を短縮することで染色体を運搬できることになる。
 これらの実験結果から、Dis1は微小管を短縮化することで染色体を運搬することが見えてきた。では、細胞内に多種多様な因子がある中でも、Dis1さえあればじゅうぶんに染色体を運搬できるのか。
 村瀬氏らはこれを検証するために、細胞内に人工的な「バーチャル動原体」を作製して実験した。この「バーチャル動原体」は、本来の動原体とは異なる場所(染色体腕部のクロマチン領域)に、Dis1タンパク質だけを人工的に集積させて作りあげたものだ(図4)。染色体の1カ所にDis1を集積させただけの集合体であり、Dis1以外の動原体の因子は「バーチャル動原体」には存在しない。
 減数分裂をおこなう分裂酵母細胞内にこれを導入したところ、微小管は、Dis1集合体である「バーチャル動原体」を結合したまま短縮を開始して、見事に染色体を運搬することができた。これらの検証結果から、微小管が染色体を運搬するためにはDis1さえあれば目的を達成できることが実証された。いわば、「人工的な染色体分配システム」の基盤ができあがったと捉えており、今後さらなる応用を視野に入れている。

 以上の結果から、これまで微小管を伸長させる因子だと想定されてきた分裂酵母Dis1は、逆に微小管を短縮させる因子だと結論づけられた。
 Dis1は、動原体に繋ぎ止められることによって微小管の短縮を高頻度かつ継続的に引き起こし、染色体を運搬する。同時に、これまで分裂酵母において不明であった「微小管を短縮して染色体を運搬する実行因子」をひとつ発見した。
 従来は、Dis1をはじめとするすべてのTOGファミリーのタンパク質は微小管を伸長する因子であると考えられてきたが、今回の研究結果により、Dis1が微小管を短縮化する意外な事実が判明した。同研究によって、これまでモータータンパク質だけが染色体を運ぶ原動力だと思われてきた常識が覆り、Dis1という非モータータンパク質による新しいメカニズムが発見された。
 この発見は、生物学的に細胞分裂研究の新しい1ページとなるだろう。Dis1によるバーチャル動原体の考え方をさらに応用すれば、人工的な染色体分配システムの作製が可能になり、合成生物学的な、あるいは医学的な応用が考えられる。
 さらに、TOGファミリーがヒトでも酵母と同じように減数分裂においてこの機能を発揮しているとすれば、その異常が、ヒトの不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となる可能性が高いため、生殖補助医療への応用が期待される。

◆研究者のコメント 

 Dis1が微小管の短縮に関わるという私たちの過去の観察結果は、この分野の定説に反することであった。だが、自分たちのデータを信じて、自分たちの仮説を検証しようと考え、試験管内における再構築実験と生細胞の観察を遂行した。その結果、「未知なる染色体運搬因子の発見」と「常識やぶりといえるDis1の微小管の短縮化機能の実証」をともに達成できたと考えている。

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