RAS変異がん標的マイクロRNA核酸医薬シーズの開発に成功 岐阜大学

がん根治は化学修飾miR-143#12による複合的なRASネットワーク抑制が最適

 
 岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科の杉戸信彦特任助教、赤尾幸博特任教授らの研究グループは13日、大腸がん・膵臓がんで高頻度に変異しているRASネットワークについて詳細にその機構を明らかにし、そのネットワークを阻害するマイクロRNA核酸医薬シーズの開発に世界で初めて成功したと発表した。
 これまでに6報の国際科学論文にて報告していた化学修飾マイクロRNA143の抗がんメカニズムの有用性について、RAS変異がんを対象に解明したもの。RAS変異がんに対するマイクロRNA核酸医薬シーズとして期待される。
 今回の研究成果は、9月22日にMolecular Therapy – Nucleic Acids誌(インパクトファクター:10.183)のオンライン版で正式発表された。

図1. miR-143#12のRASネットワーク抑制メカニズム

 RAS経路は、上流(EGFR)からの刺激をRASを介してAKTとERKへシグナルを伝えて細胞の増殖・生存に寄与する。RAS変異がんでは、常にRASが活性化型を維持し、AKT、ERKへのシグナルをオンにして、がん細胞の増殖・生存を促進している。
 RASを抑制してもAKT、ERKへ他経路からシグナルが伝わるため、効果は一時的で、また、AKTまたはERKだけ抑制しても一方の経路が使えるため効果は弱い。
 そこで、miR-143#12でRASネットワーク(RAS、AKT、ERK、SOS1)の抑制により、がん細胞の増殖を抑制することができる。
 RAS変異は最上位のドライバー癌遺伝子であり、これまでのがんゲノム解析からヒトのがんの約30%にRAS遺伝子の変異が観察されている。
 特に、ヒトの大腸がんで約40%、膵臓がんで約90%に観察され、悪性度に寄与している。RASは10をこえる下流のシグナルを制御することで膨大なネットワークを形成している。とりわけ、PI3K/AKTとMAPK/ERKシグナルは細胞の増殖・生存に関する遺伝子の転写を誘導する重要なシグナル伝達経路となっている(図1)。
 そこで、RAS阻害剤の開発が世界規模で30年以上にわたり行われてきた。近年、ようやくRASの一つの変異にのみ有効な化合物が医薬品として使われるようになったが、そのRAS阻害剤も高頻度で薬剤耐性を獲得することが報告され、一時的な効果しか見込めない。
 RASのみ阻害しても増殖抑制は一時的であり、RASネットワークにより代償性シグナルが活性化され、即時にその阻害はキャンセルされる。そのため、RAS単独を標的にしてもRAS変異がんを排除することは困難だ。
 赤尾氏らは、RAS及びRASネットワークを包括的に抑制するmicroRNA(miRNA)の研究を2006年から開始している。その結果、RASシステムを破綻させる主要なmiRNAがmiR-143であることを明らかにした。
 miR-143は、多くのがんにおいてその発現が正常組織と比較して低下しているがん抑制miRNAである。miR-143は、RASのみならずその下流の増殖を誘導するシグナル系(エフェクターシグナル)PI3K/AKTとMAPK/ERKのAKT及びERKを標的にし、相乗的にこれらのシグナルを抑制することが分かった。だが、市販のmiR-143では活性が弱く、臨床応用を見据えた化学修飾miR-143の開発が必要であった。
 近年、杉戸氏、赤尾氏らは化学修飾を施したmiR-143#12の開発に成功した。100をこえるmiR-143誘導体から最もヌクレアーゼ耐性で、抗がん活性はヒト大腸癌細胞株DLD-1において市販のmiR-143の数十倍であった。miR-143#12は、ガイド鎖に様々な化学修飾をしており、多くのmiR-143誘導体の中で卓越した活性を有していた(図2)。

図2. 化学修飾miR-143#12の配列とヌクレアーゼ耐性実験

 化学修飾miR-143#12の配列(上段)は、片方のRNAにのみ化学修飾を施している。miR-143#12はウシ血清中(下段左)及びマウス血液中(下段右)において、分解されにくく安定に存在した。
 強力な抗がん活性をもつmiR-143#12を用いることで不活性型RAS/ADPから活性型RAS/ATPに変換するSOS1も標的にしており、加えてRASエフェクターシグナルの標的遺伝子がRAS自身であること、つまりRAS正の制御回路の存在が明らかになった。
 RAS変異大腸癌ではEGFRやAKT、MAPKに対する分子標的薬の効果は代償性のカスケードが働くため一過性であり期待出来ない。miR-143#12は、これまで明らかにできなかった詳細なmiR-143/RAS カスケードを明らかにした(図3)。

図3. RASネットワークの全貌

 AKT、ERK下流で、RAS mRNAを発現させて上流のRASを補充する、RASの正の制御回路が存在することが明らかになった。RASの正の制御回路が存在することで、RASを阻害しても一時的に阻害されるだけでエフェクターシグナルのAKT、ERKから新しいRASを供給されてしまう。

 ヒト大腸がん細胞を皮下に移植したヌードマウスにmiR-143#12を局所投与した結果、低用量で顕著な腫瘍増殖抑制が示された。投与されたマウス腫瘍サンプルにおけるタンパク発現では、RASネットワーク(RAS、AKT、ERK、SOS1)の発現が低下してた。in vitro(試験管内)実験でのmiR-143#12の効果は動物実験でも実証された。さらに、新たな知見として、血管のマーカーであるCD31で腫瘍サンプルを染色すると、miR-143#12の浸透したであろう部位で顕著に染色が確認された。つまり、miR-143#12は正常な血管新生を誘導し、自身の効果を増強した可能性が示唆された(図4)。

図4. マウスモデルにおけるmiR-143#12の抗腫瘍効果

 (左上)miR-143#12投与における腫瘍サイズの経時的変化を確認し、コントロールに比べmiR-143#12投与群でサイズの増大を抑制している。
 (左下)腫瘍サンプルにおいて、RASネットワークに関わるタンパクの量を確認したところ、miR-143#12投与で発現が抑制されていた。(右)CD31染色により、miR-143#12投与群で、血管新生を確認した。

miR-143#12効果が全身投与で反映される薬剤送達システム開発に期待

 がん化に最も重要な役割を果たしているドライバー遺伝子であるRASの変異を有するがんの根治には、RAS、AKT、ERKそれぞれを単独阻害しても不十分であり、杉戸氏らが開発した化学修飾miR-143#12による複合的なRASネットワークの抑制が最適であることが明らかになった。
 さらに、マウスモデルにおいて血管新生が観察され、それに伴った低濃度での抗腫瘍効果が示された。今後、miR-143#12の効果が全身投与で反映される薬剤送達システムの開発が望まれる。

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