遺伝性脳小血管病に対するカンデサルタンの有効性を確認  新潟大学

脳動脈硬化の新たな治療法として期待

 新潟大学脳研究所分子神経疾患資源解析学分野の加藤泰介准教授らの研究グループは、遺伝性の脳小血管病の一つである、CARASIL(皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体劣性遺伝性脳動脈硬化症)について、カンデサルタンの投与によって、CARASILモデルマウスの脳血管機能障害の治療が可能であることを発見した。同研究成果は、今後の脳小血管病に対する治療法開発の基盤になることが期待される。
  CARASIL のカンデサルタンによる治療の可能性は、同疾患がマトリソームタンパク質の蓄積による加齢性の血管硬化によって発症するという新たな分子メカニズム発見により確認されたもの。
 研究には、加藤教授のほか、同脳神経内科学分野の小野寺理教授、理化学研究所生命医科学研究センター応用ゲノム解析技術研究チームの眞鍋理一郎上級研究員らが携わった。
 脳小血管病は、加齢や高血圧に伴って、脳の細い動脈(脳小動脈)が硬化し、歩行障害や認知症を来す疾患である。高齢者には、程度の差こそあれ、よく認められる。だが、その有効な治療方法は見出されていない。
 常染色体劣性遺伝形式の脳小動脈硬化症を引き起こすCARASILは、セリンプロテアーゼであるhigh-temperature requirement serine peptidase A1(HTRA1)の異常によって起こり、20-30代で発症し、40代には自力歩行が難しくなり、重度の認知症を来す。
 また、ヘテロ接合体でも50代過ぎに発症することが知られている。イギリスでは450人に1人が、HTRA1の遺伝子に問題となる変異を持っているとされ、この変異が脳小動脈硬化によって生じる脳白質異常と関係が示されたことにより、HTRA1の機能障害と脳小血管病との関連が注目されている。日本においても、まだ多くHTRA1の異常と関連する症例が見逃されていると考えられている。
 脳小動脈は、内膜(内腔側)と中膜から成り、その間に内弾性板が存在する。CARASILでは内膜の肥厚や内弾性板の断裂、中膜の変性という、加齢性脳小動脈硬化症と類似の変化を認める。だが、何故HTRA1の異常が脳小動脈硬化を引き起こすかは分かっていない。
 今回、本研究グループは、遺伝性脳小血管病CARASILのモデルマウスの脳血管を解析し、このマウスの血管壁にマトリソームが蓄積し、脳血管の硬化、脳血流の低下が起こることを発見した。加えて、CARASIL患者でも、マトリソームの蓄積を確認した。
 さらに、同研究グループは、降圧薬であるカンデサルタンのマトリソーム調節機能に注目し、その効果を検証した。その結果、カンデサルタンは、CARASILモデルマウスのマトリソームの蓄積を抑制し、血管の硬化、脳血流の低下を抑制させた。
 マトリソームの異常は、加齢性の脳動脈硬化でも認められる。脳動脈硬化は、認知症の原因として3番目に多く、またアルツハイマー型認知症と高頻度に合併する。脳血管の硬化保護という視点から今回の研究成果は、これらに対する新しい予防方法となる可能性がある。

図1 HTRA1−/−マウス・CARASIL患者脳血管でのマトリソームタンパク質蓄積
HTRA1機能の低下により、分解基質であるマトリソームタンパク質の増加と、マトリソーム内での会合による肥厚が形成される。


 研究手法は、まず、CARASILのモデルマウスであるHTRA1遺伝子欠損マウス(HTRA1−/−マウス)脳血管の解析を実施した結果、高齢のHTRA1−/−マウスで、内膜の肥厚、内弾性板(エラスチン層)の重層化、血管の硬化、脳血流の低下を認めた(図1、2)。
 次にHTRA1−/−マウスの脳動脈を用いて、質量分析法による網羅的なタンパク質の定量解析を行った。その結果、HTRA1−/−マウスで389種のタンパク質の増加が認められ、そのうち40% (155種)がフィブロネクチン(以下、FN)、LTBP-4、fibulin-5、エラスチン、TIMP3等の、マトリソーム構成タンパク質であることが分かった。

図2 カンデサルタンによるHTRA1−/−マウス脳血管のマトリソーム蓄積抑制による脳小血管病症状の抑制
カンデサルタンは、HTRA1−/−マウス脳血管でのマトリソーム蓄積を軽減させ、血管の硬化や血流の低下といった脳小血管病症状を抑制させる。


 さらに、タンパク質ネットワーク解析の結果、FNが、この蓄積マトリソーム内ネットワークの中心である事が判明した。HTRA1−/−マウスの電子顕微鏡や免疫組織学的な解析から、同定されたマトリソーム群が、肥厚した内膜に蓄積していることが分かった。
 次に、CARASIL患者の剖検脳におけるマトリソームの蓄積を評価した。HTRA1−/−マウスで観察された結果と同様に、脳小動脈の肥厚した内膜にFN、LTBP-4、fibulin-5などの蓄積を認め、実際のCARASIL患者においても、マトリソームの蓄積が起きていることが示された(図1)。
 一方、これまでCARASILの発症に関与することが指摘されてきたTGF-βシグナルの変動は、HTRA1−/−マウス脳血管組織内では見られず、さらに、RNAシーケンス解析でも、遺伝子の発現に明らかな変化は同定されなかった。
 同研究グループは、蓄積が同定されたFNを含むマトリソームタンパク質の一部が、HTRA1の分解基質であることから、HTRA1機能低下によるマトリソームタンパク質の蓄積が、CARASILの原因であり、治療標的となり得ると考えた。
 そこで、マトリソームタンパク質蓄積による組織線維化、特にFN線維化形成を阻害することで知られるカンデサルタンをHTRA1−/−マウスに投与し、その治療効果を検証した。カンデサルタンの投与は、マトリソームタンパク質の蓄積が始まる4ヵ月齢から開始し、脳小血管病の病態が発症する高齢期(20ヵ月齢~)に、その効果を判定した。
 その結果、カンデサルタン投与群では、FN、LTBP-4、fibulin-5、エラスチン、TIMP3といったマトリソームタンパク質の血管内膜への蓄積が有意に低下することが分った(図2)。質量分析による網羅的な解析では、増加していた145個のマトリソームタンパク質のうち、88個(60.7%)の蓄積が抑制されていることが明らかとなり、カンデサルタンには非常に効果的にマトリソーム蓄積を軽減させる効果があることが分かった。
 さらに、カンデサルタンを投与したHTRA1−/−マウスでは、血管内膜の肥厚が軽減しており、血管の硬化が抑制され、脳血流も正常化してした(図2)。
 これらの結果から、カンデサルタンは、HTRA1−/−マウスで生じる脳小血管のマトリソームの異常を軽減し、硬化や脳血流低下を是正することが分かった。
 同研究により、CARASILはマトリソームの異常によって発症することが示され、その治療薬にはカンデサルタンが有力になり得ることが判明した。
 CARASILで認められる動脈の変化は、加齢性の脳小動脈硬化症に類似し、CARASILでもFNの蓄積が報告されている。
 今後、「マトリソームの調節を通した脳小動脈硬化の進行を抑制・緩和する」というこれまでにない治療コンセプトをより幅広い疾患に応用できる可能性がある。

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