新型コロナウイルスの細胞内侵入を抑制する薬剤発見  帝京大学薬学部生物化学研究室らが共同研究

新型コロナ感染症重症化治療への適応に期待

 帝京大学薬学部生物化学研究室の林康広講師と山下純教授は1日、国立国際医療研究センターと東京大学医科学研究所との共同研究により、宿主細胞膜の流動性を低下させることで新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染を抑制する薬剤「N-(4-Hydroxyphenyl) retinamide (4-HPR)」 を同定したと発表した。
 これにより、4HPRは抗ウイルス剤、さらにはサイトカインストーム抑制剤として新型コロナ感染症の重症化治療への適応が期待される。
 4-HPRは、抗がん剤としての臨床研究が進んでおり、肺がん、膀胱がん、前立腺がんなどの臨床データおよび安全性のデータ蓄積により、抗SARS-CoV-2剤として早急な実用化も可能だ。
新型コロナウイルス感染症は、新型コロナウイルスにより引き起こされる感染症で、多くの感染者は無症状か軽症で経過する。だが、約5%は致死的な急性呼吸促迫症候群(ARDS)を発症する。特に、ARDSは致死率が高いことから、治療方法の開発が求められている。
 新型コロナウイルス感染症におけるARDSは、サイトカインストームによって生じていると考えられており、ARDSの治療には単に抗ウイルス薬のみでは不十分で、サイトカインストームを抑制する必要があると考えられている。
 新型コロナウイルスは、外側が脂質二重膜で覆われたエンベロープウイルスで、宿主細胞とSARS-CoV-2の脂質二重膜が膜融合することで感染が成立する。従って、脂質はSARS-CoV-2感染が成立するために必要不可欠な因子であり、脂質代謝酵素は新たな抗ウイルス剤のターゲットになり得ると考えられる。
 そこで、林らの研究グループは、ウイルスと宿主細胞の膜融合を安全かつ迅速に測定できる細胞膜融合アッセイを用いて、 SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を介した膜融合を抑制する脂質代謝酵素の阻害剤を探索した。
 その結果、ジヒドロセラミドデサチュラーゼという脂質代謝酵素の阻害剤であるN-(4-hydroxyphenyl) retinamide (4-HPR:別名フェンレチニド) で処理した細胞において細胞膜融合が抑制された。
 さらに、4-HPRは膜融合のみならず臨床分離したSARS-CoV-2感染も抑制することが分った。感染を抑制する機構を調べたところ、ジヒドロセラミドデサチュラーゼを遺伝子破壊した細胞では細胞膜融合が抑制されなかったため、4-HPRによる細胞膜融合の抑制はジヒドロセラミドデサチュラーゼに非依存的な機構であることが分った。
 興味深いのは、4-HPR処理した細胞では細胞膜の流動性が低下することで、膜の流動性の低下がSARS-CoV-2感染の抑制に関わっているのではないかと考えられる。
 4-HPRは抗ガン剤としての臨床研究が進んでおり、肺がん、膀胱がん、前立腺がんなどの臨床データおよび安全性のデータ蓄積によって、抗SARS-CoV-2剤として早急な実用化が期待できる。
 加えて重要なことは、臨床試験での4-HPRの血中濃度は21マイクロモーラーで、林氏らの研究成果では4マイクロモーラー付近でSARS-CoV-2感染を効果的に抑制するため、4-HPRは生体内でもSARS-CoV-2活性を保持する可能性が示唆さた。
 また、林氏らが発見した抗SARS-CoV-2感染作用のみならず、他の研究グループらにより4-HPRは新型コロナ感染症におけるARDSのサイトカインストームを抑制する機能を持つ可能性が示唆されている。
 これにより、4HPRは抗ウイルス剤、そしてサイトカインストーム抑制剤としてCOVID-19の重症化治療への適応が期待される。
 今後は、SARS-CoV-2感染モデル動物を用いて有効性と安全性を検証し、迅速な実用化を目指す。
 なお、これらの研究の共同研究者は、国立国際医療研究センター研究所レトロウイルス感染症研究室室長の前田賢次氏、同センター病院エイズ治療・研究開発センター治療開発専門職の土屋亮人氏、東京大学特命教授で名誉教授の井上純一郎氏、東京大学医科学研究所アジア感染症研究拠点特任准教授の合田仁氏、同特任講師の山本瑞生氏ら。

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