高血糖による筋幹細胞の増殖悪化メカニズムを解明  東京都立大学大学

糖尿病性筋萎縮の病因解明と治療方法開発に期待

 東京都立大学大学院人間健康科学研究科の古市泰郎助教と眞鍋康子准教授、藤井宣晴教授らのグループは1日、骨格筋の幹細胞(サテライト細胞)が、高濃度の糖によって増殖能力を低下させる新たなメカニズムを発見したと発表した。
 これまで、細胞を生体外で培養するにはグルコース(糖)を大量に与えるのが常識とされてきたが、高糖濃度がサテライト細胞の増殖力を低下させるという今回の発見は、高血糖による骨格筋の萎縮(糖尿病性筋萎縮)の病因解明と治療方法開発に繋がるものと期待される。
 同研究成果は本年3月1日に国際科学誌 Frontiers in Cell and Developmental Biologyのオンライン版に掲載された。
 骨格筋は、肉離れや外傷によって損傷しても速やかに修復できる再生能力に富んだ臓器である。筋の再生で中心的な役割を担うのは、「サテライト細胞」と呼ばれる骨格筋の幹細胞だ。サテライト細胞は、普段は筋線維(筋細胞)に密着するのみで何もしていないが、自身が付着している筋細胞が傷つくと、いったん増殖して数を増やし、その後、傷口を埋めるように融合して筋細胞を修復する。
 サテライト細胞の増殖能力が衰えると、筋の再生能力の低下、さらには筋肉の萎縮につながるため、そのメカニズム理解が求められている。
 こうした中、古市氏らのグループは、サテライト細胞を生体外(シャーレ)で培養する実験系を用いて、細胞の増殖能力の機序を調べた。グルコース(糖)は、細胞が増殖する上で大切なエネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体であり、一般的に、細胞を培養するためには高濃度の糖を与えることが常識である。
 だが、サテライト細胞は培養液の糖の濃度が低いほど増殖力が促進しており、糖の濃度が高いと、サテライト細胞の増殖能力が低下することを発見した。
 また、このサテライト細胞のみに見られる特性を利用して、糖濃度を低下させた培養液を用いることで、サテライト細胞のみを純粋かつ大量に培養する方法の開発に成功した。
 サテライト細胞のみを純粋かつ大量に培養する方法の開発は、筋細胞の基礎研究を加速させる有効な方法になると期待される。
 また、血液中の糖濃度が高い糖尿病患者は、原因不明の筋萎縮が生じるが、高糖濃度がサテライト細胞の増殖力を低下させるという今回の発見は、その病因解明につながるものと注目される。
 加齢や不活動、疾病による骨格筋の萎縮は、運動機能を低下させて、生活の質を劇的に低下させてしまう。高齢化社会が進む日本において、高齢者の骨格筋を健常に保つことは、労働力の確保や医療費の削減につながるため、最も重要な課題のひとつである。
 骨格筋の萎縮とは、「筋線維」と呼ばれる骨格筋の細胞がやせ細る状態で、それには「サテライト細胞」と呼ばれる骨格筋の幹細胞(骨格筋に成ることのできる未熟な細胞)が関与する。


 サテライト細胞は、普段は筋細胞の外側に位置するのみで何もしていないが、自身が付着している筋細胞が傷害を受けると、いったん増殖して数を増やし、その後、損傷部位を埋めるように筋細胞に変化しながら融合して修復する(図1)。
 それ以来、サテライト細胞は筋細胞が損傷して再生するときだけに必要だと考えられていたが、近年、たとえ損傷が起きなくてもサテライト細胞は骨格筋に成り(筋細胞に分化し)、筋線維のサイズを維持する働きを担うことも分かってきた。
 従って、サテライト細胞による筋再生能力の機序の解明は筋萎縮の予防・治療に貢献されると考えられているが、まだその詳細は解明されていない。
 そこで、古市氏らによって実施された研究の詳細内容は次の通り。
 サテライト細胞の増殖力を解析するために、マウスの骨格筋から単離したサテライト細胞をシャーレで培養した。
 細胞培養は、栄養成分や化合物組成などの環境をコントロールすることが可能で、細胞の機能解析に有効である。グルコース(糖)は細胞が増殖する上で大切な、エネルギー源(ATP)と部品(核酸)の前駆体であり、一般的に、細胞を培養する際には高濃度の糖を与えることが常識である。
 サテライト細胞の培養にも、これまでは世界中で高濃度の糖で調製した培養液が使われてきた。だが、今回、糖を抜いた基礎培地で調製した低糖濃の培養液(動物血清成分の糖は含まれる:最終濃度2mM)を用いると、予想に反して、培養後のサテライト細胞の数が増加した。
 細胞増殖の指標となるタンパク質や、増殖細胞を標識できるEdUを有する細胞が、低糖濃度では増加していたため、糖濃度を低下させると増殖が促進することが分かった。
 サテライト細胞は生体内では眠った状態(休止期)にありますが、培養されると活性化して増殖し、次第に筋細胞に分化しながら増殖を停止する。
 そこで、細胞状態(休止期、増殖期、分化期)の指標となるタンパク質を染色することで、糖濃度によるサテライト細胞の分化ステージの違いを調べた。


 その結果、低糖濃度で培養された方が、未分化状態(筋細胞にならずに幹細胞として留まっている)を維持していることが分かった(図2)。
 活性化したサテライト細胞が再び休止状態に戻る機構は、サテライト細胞が枯渇するのを防ぎ、次の損傷機会に再生するために重要である。このように、糖濃度はサテライト細胞の分化にも影響を与え、サテライト細胞の数の維持にも寄与することが示された。
 骨格筋組織の中には、筋細胞だけでなく、線維芽細胞や内皮細胞など、様々な細胞が含まれている。サテライト細胞をシャーレで培養すると、どうしてもそれ以外の細胞が混入してサテライト細胞のみを純粋に培養することができず、それが骨格筋の基礎研究の問題となっていた。
 だが、サテライト細胞だけは低糖濃度でも増殖できるという特徴から、この培養液を使えば、サテライト細胞以外が増殖できないのでサテライト細胞の純粋培養が可能となった。
 では、どうしてサテライト細胞は低糖濃度の環境でも増殖できるのか。今回調製した培養液は、30%容量が血清成分で構成されており、そこに糖が残っているため、糖濃度は0(ゼロ)ではない。サテライト細胞がそのわずかな糖を利用しているかどうかを検証するために、血清中の糖をグルコース分解酵素(Glucose Oxidase)によって分解し、極めて低い糖濃度(0.1 mM)の培養液を調製した。

 だが、予想に反してサテライト細胞は、通常の培地の1%以下に相当する糖濃度のこの培養液でも正常に増殖した。このことから、サテライト細胞は糖以外のエネルギー基質(アミノ酸や脂質など)を利用していることが推察されるが、その詳細はまだ分かっていない。糖濃度がどのような機序でサテライト細胞の増殖を制御しているのかは、今後さらなる研究が必要である。


 低濃度の糖が細胞の増殖を促進する現象は、言い換えれば、過剰な糖はサテライト細胞の増殖能力を抑制するということになる。一般的に使われる培養液の糖濃度は、ヒトの血糖値に置き換えると、重度の糖尿病患者のそれに相当する。糖尿病に罹患すると筋萎縮が生じる(糖尿病性筋萎縮)が、その原因はまだ明らかにされていない。
 同研究の結果から、高血糖状態が直接的にサテライト細胞の増殖能力を低下させ、それが筋の再生力や筋量の維持を悪化させている可能性が考えられる(図)3。今後、その分子機序を理解することによって、筋萎縮の病因解明や治療法の開発につながることが期待できる。

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