国立がん研松村氏が「DDS研究を振り返って」テーマに講演    COINSセミナー

 川崎市産業振興財団 COINSは16日、オンラインでCOINSセミナー#55を開催し、松村保広氏(国立がん研究センター研究所免疫創薬部門客員研究員)が「DDS研究を振り返って」をテーマに講演した。今春、国立がん研究センターを定年退職した松村氏は、一つの区切りを迎えた節目として、同氏らの研究グループが樹立した、「抗不溶性フィブリン抗体」、「大腸がん特異抗体の有用性」などの研究成果を報告した。
 松村氏は、分子生物学、細胞生物学の発展により、「がんの発生・増殖・転移に関する研究が格段に進んだ」ことを強調。
 その一方で、「殆どのがんの増殖は、正常分列細胞の増殖シグナルと同じなので、抗がん剤を投与しても正常細胞も攻撃するため副作用へとつながり、DDSが必要である」とその重要性を訴えかけた。
 自らの研究成果では、まず、EPR効果について言及した。腫瘍周囲の新生血管は不完全であり,血管内皮細胞の間に隙間が存在する。そこで、松村氏らは、その隙間の存在で、正常の血管では透過しないIgGなど数百nmの高分子タンパクが,腫瘍では血管壁を抜けて組織中へと透過し、集積するEPR効果を提唱した。
 さらに、胃がん特異抗GAH抗体付加ドキソルビシン内包リポソーム「MCC-465」を共同研究で創出したが、実験動物では効果を示すものの、ヒトでは1例も効果が確認できなかった。
 こうした経験を下に松村氏は、「抗体IgGは、EPR効果でがんに選択的に集積することに着目し、独自の抗体医薬開発」を決意した。その研究成果が、「抗不溶性フィブリン抗体」と、「大腸がん特異抗体(TMEM-180)」である。
 抗不溶性フィブリン抗体の創出では、EPR効果に最も大きな影響をもたらす腫瘍血管透過性亢進機構における内因系凝固の血管透過因子のキニン、外因系凝固での血管透過・血管新因子のVEGF、凝固因子のクロスリンクフィブリンに着目し、がんによる血液凝固亢進機構を解明した。
 がんは周りを溶かしながら広がっていくため、その周りには非常にたくさんの血管があり、がん浸潤によって出血を起こし、フィブリノーゲンを漏出する。このフィブリンは持続的に析出し、がん間質の特徴となっている。フィブリンの沈着はがんの悪性度と関連しており、沈着が多いがんほど悪性である。
 ちなみに、脳梗塞、心筋梗塞、リウマチ性関節炎などでは、フィブリンは一時的に出現するが、コラーゲンに置き換わって一カ月程度で消失する。


 松村氏らが創出した不溶性フィブリンのみを認識する世界唯一の抗不溶性フィブリン抗体は、不溶性フィブリン上でのみ活性化されるプラスミンで、そこに抗がん剤を搭載してリリースさせる新しいリンカー構造になっている。
 この抗不溶性フィブリン抗体に抗がん剤を搭載した複合体が、フィブリン塊の中のくぼみ構造(村松氏らの研究グループが発見)に結合し、がんを攻撃する。
同抗体に搭載する抗がん剤は、カンプト系の疎水性の強い抗がん剤が望ましい。
 抗不溶性フィブリン抗体の開発状況は、「抗体クローンは2種類に絞り込まれた」、「抗がん剤リンカーは3種類合成した」、「最終抗体クローンはR3年夏までに決定」、「抗ガン剤リンカーはR2年度内に決定」、「R3年夏からリサーチセルバンク樹立開始、すでにCROと情報共有」段階にある。


 一方、大腸がん特異抗体のTMEM-180は、自然排出便中に含まれる大腸がん細胞を基に作成された抗体である。便中にはmRNAがintactな正常上皮が多数含まれており、大腸がんは細胞の粘膜から発生する。
 新規大腸がん分子のTMEM-180は、膜貫通12回の膜蛋白で、トランスポーターの一種と考えられる。発現調節領域にHREが10か所あり、低酸素状況でTMEM-180は発現してくる。
 大腸がんの50%、卵巣がん・乳がんの30%で陽性で、K-RASmutaionの大腸がんPDXにも有意な抗腫瘍効果が確認できている。治験用マスターセルバンクを2年前に樹立(2g/lの抗体産生)したが、資金不足で2年間先に進めなかった。今月からGMP製造を開始し、R3年12月に原薬リリース、GLP毒性報告書はR4年春、P1治験届はR4年夏から秋を予定している。
 その他、松村氏は、外因系凝固トリガーTISSUE Factorの抗体作成についても説明。最後に、「抗体医薬の開発には、薬事法に基づく前臨床に5億円、FIHに3億円かかる。オリジナルの抗体医薬開発のために、凛研究所を設立した」と報告。
 その上で、「世界が内向きになる中、他国を頼ってはいけない。日本にはもの作りしかない。もの作りは一番出ないと意味がない」と呼びかけた。
 最後に、「本来の基礎研究は、臨床などのしがらみのないところからスタートするほど、新しいものが生まれる」と断言。さらに「仮説は立てても、データと喧嘩してはいけない。社会貢献に舵を切った段階で厳しい評価が待っている。臨床開発は、データの正確性と、実現可能性のみが重要である」とメッセージを送った。
    

タイトルとURLをコピーしました