動物モデルのがん組織では、高分子物質やナノ粒子も血管外に漏出できるEPR効果(enhanced permeability and retention)が確認されている。この効果を利用してヒトのがん組織へ選択的に薬剤を送達させるナノマシン(ナノ医薬品)や、「第5のがん治療」と言われるナノマシンと医療機器の融合によるケミカルサージェリー(切らない手術)開発の現状と展望を、西山伸宏教授(東京工業大学科学技術創成研究院)が報告した。(第52 回COINS セミナーより)
西山氏らの研究グループは、イメージング分子や光、超音波、中性子線照射によって活性化される薬剤を患部に送達するナノマシンと、MRIやアレイトランスデューサー等の医療機器を組み合わせて、患部を取り残さず、正常組織に対するダメージを最小限に留めるケミカルサージェリーの開発を推進している。
細胞増殖が盛んながん組織にとって、血管新生は新たに誕生したがん細胞に酸素と栄養を安定供給するために重要で、速やかに血管のネットワークを形成する必要がある。 そのためか、がん組織の血管壁には100nm径程の隙間が開いており、正常組織の血管では漏出しないサイズの高分子物質やナノ粒子でも、がん組織では血管外に漏出できるEPR 効果が動物モデルで確認されている。
EPR効果は、正常組織中に浸透しない高分子薬剤をがん組織に到達できるため、がん組織にだけ選択的に抗がん作用のある機能性分子を送達するDDS(ドラッグデリバリーシステム)としての機能が期待できる。
西山氏は、EPR効果について、「低分子薬剤は、diffusion(拡散)で分布して血液-組織の平衡が存在するが、高分子物質はconvection(流れ)で分布し、拡散の効果が低いために特定の組織への累積的な蓄積が起こる」と説明する。
さらに、「抗体は、“EP”効果によってがん組織に集積した後にがん細胞と相互作用するため、抗体医薬、ADCは抗がん剤の主流になっている」と明言。“R”(維持)に関しては、「リガンドなどを利用しての増強が必要であると考えられる」と課題を挙げる。
動物モデルとヒトとの相違についても、「ヒトのがんは、間質が多くマウスとは組織像が大きく異なる。患者ごとや治療歴などによっても異なり、個体差が大きい」と指摘。その上で、「ナノマシン(ナノ医薬品)が使えるかどうかの診断をして、効く患者に薬剤を使っていく必要がある」との見解を示した。
また、世界で進む抗がん剤を搭載した高分子ミセル(ナノマシン)の臨床試験として、次の3剤(いずれもナノキャリアが開発)を紹介した。
◆NC-6004シスプラチンミセル=P3:膵がん[日本・アジア]ゲムシタビンとの併用、P2:頭頚部がん[米国・欧州・台湾]キイトルーダとの併用)
◆NC-6300エピルビシンミセル=P2:軟部肉腫[米国]FDAがオーファン指定
◆NK105パクリタキセルミセル(日本化薬へ導出)=P2:乳がん[日本・アジア]
一方、ケミカルサージェリーは、光・超音波のような生体への影響が少ない物理エネルギーを、医療機器を使ってがん組織などの病変部位に限定してピンポイントで照射し、そこで薬剤を活性化させて病変部を叩く治療法だ。外科手術で伴う患者への大きな負担を著しく軽減することができ、近年、「第5のがん治療」として注目されている。
西山氏は、「ケミカルサージェリーは、ナノマシンに薬剤を内包させて標的細胞のみに特異的に十分量送達するDDSにより、正常細胞への影響による副作用も解決できる」と述べ、その一つとして「ホウ素中性子捕捉療法」(BNCT)の研究開発動向を紹介した。
中性子捕捉療法に用いるBPA(ボロノフェニルアラニン)は、がんに選択的に集積することができる優れたホウ素化合物であるが、がんに長期的に留まることができず、その滞留性の向上が強く望まれていた。
西山教授らの研究グループは、スライムの化学を利用してポリビニルアルコールにBPAを結合することで、結合させた物質ががん細胞に選択的かつ積極的に取り込まれ、その滞留性を大きく向上できることを発見。
さらに、京都大学研究用原子炉で、マウスの皮下腫瘍に対するその治療効果を検討した結果、ほぼ根治することが確認された。同研究成果は、従来の方法では治療困難ながんに対する革新的治療法として応用が期待されている。
西山氏らは、「見えるナノマシン」の研究にも取り組んでいる。同研究成果として「18F-BPA」を挙げ、「18F-BPAは、BPAと同様の体内動態を示し、MRIと組み合わせることでがん細胞への集積状況が可視化できる」と説明。
さらに、「可視化によってBPAが集積しやすい患者の選択が可能となる。患者ごとに異なる集積の度合いを見極め、確実に治療効果が期待できる患者を選べるので、昨今の流れである個別化医療にも対応できる」と強調した。
また、安価な低磁場装置は感度が低く、微小がんの検知は困難であるが、「臨床で使われている低価格MRIを、ナノマシン造影剤によって高度化できる」可能性も指摘した。