新薬候補化合物合成にも期待 脱酸素型カップリング反応開発   早稲田大学

 早稲田大学理工学術院の山口潤一郎教授らの研究グループが、世界で初めて「脱酸素型カップリング」の開発に成功した。脱酸素型カップリングは、芳香族エステルと有機リン化合物とを金属触媒、温和な還元剤と共に反応させてベンジルホスフィン化合物を得るもの。複雑な構造を有する医薬品化合物の変換も可能で、新しい医薬品候補化合物合成への応用にも成功しており、新たな医薬品候補化合物の合成手法として注目される。
 エステルは、安価で入手が容易な有機化合物の基本構造の一つ。これまでエステル化合物と求核剤とを用いる有機反応は「1,2-付加」と呼ばれる形式の反応が一般的であった。また、近年の遷移金属触媒化学の発展により芳香族エステル(ArCOOPh)からエステル骨格(COOPh)を取り除き反応させる「脱カルボニル型カップリング」、フェノール部位(OPh)のみを取り除き反応させる「非脱カルボニル型カップリング」といった形式の反応が同研究グループをはじめとする多くの研究グループにより報告されてきた。
 今回の研究では、パラジウム触媒と温和な還元剤であるギ酸ナトリウムを用い、エステル化合物と有機リン化合物を反応させて、芳香族エステル(ArCOOPh)からカルボニル部位(CO)の酸素原子とフェノール部位(OPh)を取り除き有機リン化合物と繋げる「脱酸素型カップリング」が進行することを見出した。芳香族エステルをベンジル化剤として用いる今までに無い形式の反応だ。
 今回の研究により、医薬品を含めた30種類以上のエステル化合物をベンジルホスフィン化合物へと変換できることが判明。また、エステルの前駆体であるカルボン酸の直接反応への使用も可能である。
 今後は、様々な求核剤の利用への展開により、ベンジル化合物の新たな合成プロセスの提供が期待できる。同研究成果は、アメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に4月11日(現地時間)に掲載された。

 ◆「脱酸素型カップリング」研究に関する詳細は次の通り。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
 芳香族エステルは有機合成化学で頻用される安価で入手容易な有機化合物の一種である。そのため芳香族エステルを用いた数多くの有機反応がこれまでに報告されてきた。


 汎用的な手法としてエステル化合物と種々の求核剤(Nu)との「1,2-付加反応」がある。この方法では、エステルから対応するアルコールやケトン化合物の取得が可能だ。また、近年の精力的な研究により、遷移金属触媒を用いた「脱カルボニル型カップリング」、「非脱カルボニル型カップリング」などの新たな形式の反応も開発されている。
 これらの方法では、エステル化合物を多様な官能基を有する芳香族化合物への変換が可能である。


(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと
 早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科修士課程2年黒澤美樹氏、同博士後期課程2年一色遼大氏、高等研究所武藤慶講師、理工学術院山口潤一郎教授)は、芳香族エステルを用いた新しい形式の反応を提案すべく「脱酸素型カップリング」の開発に挑戦した。
(3)そのために新しく開発した手法
 その方法は、芳香族エステルと有機リン化合物とをパラジウム触媒、温和な還元剤であるギ酸ナトリウムとを反応させることで対応するベンジルホスフィン化合物を合成する手法である。芳香族エステルのフェノール部位、カルボニル骨格の酸素原子を取り除きベンジル化剤として用いることができる。今回、適切なパラジウム触媒と還元剤の選択により、この新しい反応の実現に至った。


(4)今回の研究で得られた結果及び知見
 今回見出した脱酸素型ベンジルホスフィン合成反応により30種類以上の芳香族エステルを反応させることができると判明した。複雑な構造を有する医薬品化合物の変換も可能であり、新しい医薬品候補化合物の合成といった応用にも成功している。
 また、適切な添加剤を用いることで芳香族エステルの前駆体である芳香族カルボン酸を使用した場合にも反応が進行することも見出している。
(5)研究の波及効果や社会的影響
 今回開発した「脱酸素型カップリング」は芳香族エステルを用いた新たな形式の有機反応である。芳香族エステルは大変安価で入手容易な化合物群であるため、医農薬の開発研究や工業的プロセスに新たな手法の提供が可能となる。
 また、従来ベンジル化剤として頻用されていたハロゲン化合物と比較して、より低環境負荷な芳香族エステルをベンジル化剤にできるため、環境調和に優れた反応としての利用が期待される。
 さらに、今回報告した有機リン化合物とのカップリング反応に留まらず様々な求核剤へ適用できる可能性があり、芳香族エステルの新たな反応形式として幅広い活用が予期される。
(6)今後の課題
 「新たな形式の反応であるため適用可能な求核剤が有機リン化合物に限られている」、「反応には高温を必要とする」のが今後の課題だ。
 同研究グループでは、「」反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、様々な求核剤の検討や高活性な金属触媒の探索を通じて、これらの課題を克服したい」としている。

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