ロート製薬は25日、大阪大学との共同研究で眼周囲間葉(POM)細胞の単離に有用なレポーターiPS細胞株の樹立に成功し、狙い通りPITX2 遺伝子の発現に応じて緑色蛍光を発することを確認した発表した。同研究成果は、角膜の内皮細胞や実質細胞など再生医療研究のさらなる進展に寄与するものと期待される。
ロート製薬が共同研究を実施しているのは、大阪大学大学院医学系研究科の林竜平寄附講座教授(幹細胞応用医学)、川崎諭特任准教授らのグループ。これまで、眼の再生医療については、iPS細胞から作製された角膜上皮細胞シートの臨床研究が開始されているが、角膜内皮細胞や角膜実質細胞などの細胞をiPS細胞から分化誘導する方法は確立されていなかった。
原因の一つとして、その根源となる眼周囲間葉(POM)細胞の分化誘導方法やメカニズムへの理解が十分ではないことが挙げられる。POM細胞は、角膜内皮細胞、角膜実質細胞、虹彩実質細胞、毛様体、線維柱体、強膜など、眼を構成する多種多様な細胞・組織に誘導する役割が知られている。PITX2 遺伝子は、第 4 の胚葉ともいわれる神経堤細胞に由来する POM細胞の発生にも重要であり、マーカーとして用いられている。
今回の研究では、この POM細胞のマーカーとなるPITX2 遺伝子に着目し、細胞が生きたまま、POM 細胞を追跡できるシステムの確立が試みられた。具体的には、「ゲノム編集技術により、PITX2 遺伝子の発現と連動して緑色蛍光タンパク質(EGFP)が発現する iPS 細胞の樹立」→「樹立された細胞を用いてPOM細胞が単離できるか」→「単離されたPOM細胞はPOM細胞本来の特徴を有しているか」の確認が目的とされた。
林竜平寄附講座教授らのグループは、これまでに、ヒトiPS細胞から眼全体の発生を模倣した、様々な眼の細胞を含む多層状コロニー(SEAM)の誘導に成功しており、このレポーターiPS細胞株を用いてSEAM を誘導すると、その中に POM細胞が含まれることを明らかにした。今回の共同研究では、SEAM中で誘導される POM細胞は、緑色蛍光を目印とした単離が可能で、単離後に培養できることを見出した。同成果により、POM細胞を由来とする角膜内皮細胞や角膜実質細胞など、眼科領域の再生医療に応用可能な細胞の分化誘導研究の促進が期待される。
同研究成果は、米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」に 13日に掲載された。また、ボストンで6月24日から開かれる国際幹細胞学会 2020でのポスター発表も予定されている。
今回の研究内容の詳細は次の通り。
研究グループはまず、PITX2の下流にリボソームを呼び込むためのIRES2配列を挟んで、EGFPが配置するDNA配列をデザインし、これをTranscription activator-like effector nuclease (TALEN)というゲノム編集技術によって、ヒトiPS細胞のゲノムにヘテロ接合性に組み込んだ(図1)。
このシステムにおいて、PITX2とEGFPのmRNAはつながって転写されるが、タンパク質の段階でそれぞれ独立して翻訳され、その後それぞれの本来の機能を発現すると考えられる。
樹立したレポーターiPS 細胞株は、ゲノム編集前のiPS細胞と同じように多能性マーカーを発現していることを確認した。さらに、PITX2の発現誘導を試みると、一部の細胞塊によるEGFPの発生が確認された(図2)。
また、免疫蛍光染色法により、PITX2を赤色に染色すると、EGFPの蛍光を示したものと同じ細胞塊が赤色に染色され、PITX2とEGFPが同一の細胞塊で発現していることが認められた。
ウェスタンブロッティングによる解析でも、新しく樹立したレポーターiPS 細胞での PITX2とEGFPの連動した発現が確認できた。 このことから、狙い通り、PITX2の発現状態を緑色蛍光で確認できる iPS 細胞が樹立できたと考えられる。
さらに、樹立したレポーターiPS細胞で、試験管内で眼の発生を再現している同心円状の帯状構造(SEAM)を誘導できることを、角膜上皮細胞(PAX6/p63)、レンズ細胞(α-crystallin)、神経網膜(CHX10)、網膜色素上皮(MITF) の免疫蛍光染色により確認した(図3)。
緑色蛍光を示す細胞だけを単離し、遺伝子発現解析をすると、POM 細胞の陽性マーカーである、PITX2, FOXC1、FOXC2, p75 等は発現が高く、神経堤マーカーで POM 細胞では発現が低下するとされるSOX10は変化しておらず、POM細胞の適切な誘導が示唆された。
加えて、角膜内皮細胞のマーカーである TFAP2B、COL8A2、COL8A1遺伝子の発現も高かったため、このPOM細胞は角膜内皮細胞へ分化できる可能性が示された。単離した POM 細胞は、特定の条件下での培養が可能であり、免疫蛍光染色法により PITX2、FOXC1 遺伝子の発現も認められた。
これらの結果から、このレポーターiPS 細胞株を用いて誘導したSEAMにはPOM 細胞が存在しており、その遺伝子プロファイルもPOM細胞を示すものであり、POM細胞を生存した状態で単離し、培養できることが示された。
同研究成果により、この新しく樹立したPITX2のレポーターiPS細胞株を用いてPOM細胞を誘導することで、ヒトの発生過程においてPOM細胞がどのように誘導されるかのメカニズム解析が可能となる。
また、POM細胞を単離し、その後、種々の細胞への分化誘導研究に用いることで、例えば、難病の再生医療につながる角膜内皮細胞への効率的、安定的な分化誘導法の確立が期待される。さらには、得られた角膜内皮細胞を用いた試験管内での疾患モデルの作製などへの応用が可能であると考えられる。