骨に応力が加わるとその圧電特性により、電位差が発生する。その電位差から発生する電流による刺激は、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、骨前駆細胞がそれらを取り巻く環境を変えるように作用し、骨形成が促される。今、この特性を利用して、摩擦電気材料、ピエゾ電気材料などにより骨に電気刺激を与え、内因性の骨再生能を高めようとする試みが推進されつつある。
骨折の治癒には、骨折部位での骨再生が必要で、一般に短くない治療時間を要する。骨粗鬆症などにより骨折し易い高齢者の場合、治療期間も長く、運動機能の低下が認知症の発症要因にもなることから、日本を初めとする長寿国の社会問題ともなっている。活力ある健康長寿社会を実現するためには、若年性骨粗鬆症や老人性骨折の治療をも含めた骨疾患に於ける骨再生医療技術の開発が急がれている。
Scienceand Technology of Advanced Materialsに発表された、台湾、国立精華大学のFu-ChengKaoらによるレビュー論文Theapplication of nanogenerators and piezoelectricity in osteogenensisは、ピエゾ電気材料、摩擦電気材料を自発発電素子として用い、その電気化学的性質により、骨形成のための細胞増殖、分化を促進するという最近の研究を紹介している。
骨、エナメル、石英などのピエゾ電気材料は変形させられると、電場を発生することが良く知られている。これは機械的な力が加えられ、結晶が変形することで、結晶内の電荷バランスが崩れ、結晶表面の両側に正、負それぞれの電荷が現れ電位差が生じるのである。骨がこのピエゾ特性を示すことは1957年に日本人研究者、深田栄一および保田岩夫によって最初に報告された。
骨は力を加えられると骨強度を高めようとして骨形成が進む。そのメカニズムは、応力により、骨が変形し、この変形により骨を形成するコラーゲン繊維が互いにずれ、ピエゾ電気が発生する。発生した電位差により微小電流が流れ、その刺激により骨細胞の中のカルシウムイオンチャンネルが開かれる。これが引き金となって、次々と信号の通り道が繋がり、最終的に骨形成が促されるというものだ。
同論文の著者である台湾国立精華大学の生体医療技術者Zong-HongLinおよび医学者であるFu-ChengKaoは「ピエゾ電気特性は、骨の細胞が自身を取り巻く環境を変えるよう作用するための電気機械的応答の一つである」と説明している。
実際、この性質をテコとして利用し、骨再生、治癒力を高める試みがなされつつある。例えば、骨の自然治癒力を高めるために骨の内部ないしは外部に、加工した小さな自発発電素子を移植する、そういったことのできる素子材料の開発が推進されている。
具体的には、摩擦を応用し、二つの物質を引き離したり、接触させたりすることで電流を発生させる摩擦電気ナノ発電素子をねずみの胎児に用い、骨形成細胞の増殖、分化を大幅に加速させることに成功している。この摩擦発電材料の組み合わせとしては、ポリジメチルシロキサンとITO膜、Alとポリテトラフルオロエチレン膜などが試みられていて、骨粗鬆症や骨粗鬆症に起因する骨折の処置に有効である可能性が示されている。
他方、ピエゾナノ発電素子は、柔軟な基板上にピエゾ電気材料を固定し、電極をつけることで作られ、力が加わると電流が発生する仕組みになっている。このピエゾナノ発電素子は人の骨形成細胞の増殖を促進することが報告されている。
ピエゾ材料では、ナノ発電素子の他に、人体組織への生体適合性に優れるピエゾ電気ポリマーで作ったネジやピンが深刻な骨折部位の固定に使えることが示されている。従来使われてきた金属製のネジやピンは治癒後にそれらをはずすための再手術が必要であるが、ピエゾ電気ポリマーではその必要がない。
ピエゾ電気セラミックスはポリマーに比べ強い電流を発生させ得る。高いピエゾ特性を示すセラミックスの多くが鉛を含んだ系で、言うまでもなくそれらには生体毒性があり、使用することはできない。鉛を含まない系のチタン酸バリウム、ハイドロキシアパタイト、酸化亜鉛などが、骨の成長、再生、置換用人工骨などの足場材料候補として最も注目されている。
今後、ピエゾ電気材料や摩擦電気材料を、骨細胞の持つ電気機械的特性に働きかけ、骨形成性増殖、分化を促進する自発発電素子として開発し、生体組織工学や骨再生に応用してゆくためのさらなる研究の推進が期待される。