情報通信研究機構(NICT、理事長徳田英幸氏)と高知県・高知医療センター等のチームは、電子カルテデータのセキュアなバックアップと医療機関間での相互参照、災害時を想定した場合に必要とされる医療データ項目の迅速な復元が可能な、保健医療用の長期セキュアデータ保管・交換システム(H-LINCOS)の開発に成功した。同システムは、秘密分散技術と秘匿通信技術との組み合わせで実現したもの。
H-LINCOSは、高知医療センターとNICTのテストベッドJGN上の大阪、名古屋、大手町、小金井のアクセスポイントを結ぶ800 km圏のネットワーク上に実装されている(図1)。また、H-LINCOSへのアクセス管理には、耐量子-公開鍵認証方式という新しい技術が用いられており、医師や救急救命士といった保健医療分野26種の国家資格に基づいた高セキュアな認証機能が利用されている。
2011年の東日本大震災では、海岸沿いの医療機関の多くが倒壊し、電子カルテもサーバごと流された。そのため、電子カルテなどの重要な医療データは、遠隔地にバックアップを取っておく必要性が改めて注目された。いざ災害時には、多くの人々を早く診療、治療する必要があるため、患者の氏名、住所、生年月日とプロファイリングに必要な投薬、アレルギー情報など必要最小限項目のみの迅速な復元が求められる。
その一方で、電子カルテのバックアップデータは、究極の個人情報であり、適切な暗号技術を用いて安全にバックアップする必要がある。さらに、共通のデータ交換規格を活用すれば、異なる医療機関の間でも医療情報を安全に相互参照できるため、検査・投薬の重複防止や新しい医療技術の開発などに繋がる。
だが、残念ながらこれまでは、電子カルテデータのセキュアなバックアップと医療機関間での相互参照、災害時に必要な医療データ項目の迅速な復元という要件を全て満たすシステムは存在しなかった。
今回開発されたシステムの実証実験では、1万人分の電子カルテの模擬データ(計90 GB)を用意し、データ交換標準規格に準拠した保管用データ(SS-MIXデータ)に変換して分散保管した。
次に、南海トラフ地震等の災害で四国エリアの光ファイバー網が寸断されているというシナリオの下、大阪、名古屋、大手町のデータサーバのうち2つのデータサーバから処方履歴、アレルギー情報などの項目を小金井のサーバ上に復元し、衛星回線経由で高知医療センターの端末まで伝送するという操作を行った。
想定被災地にある端末で、患者の処方履歴やアレルギー情報などの医療データ項目を検索した結果、患者検索から9秒以内で端末上に復元することに成功した。救急処置に必要な情報を入手する時間的猶予は15秒程度といわれており、今回の結果はその要求に応えるものだ。これによって、災害時に必要な医療データの迅速な復元が可能になり、災害医療への大きな寄与が期待される。
また、地上網が使える平時においては、SS-MIXデータとして保管することにより、医療機関の間で電子カルテデータの相互参照が可能になる。これらの実験の成果については、昨年12月、京都で開催された日米欧量子技術国際シンポジウム(EU-USA-Japan International Symposium on Quantum Technology)で発表された。
今後は、扱うデータサイズや接続する端末数を増やしながら、通信遅延や輻輳についての解析を進め、H-LINCOSの実用性を更に高めるための研究開発や実環境での運用方法についての検討を推進。さらに、災害時の保健医療活動の効率化に向けて、H-LINCOSと災害時保健医療福祉活動支援システム(D24H)の連携方法についても検討を進めていく。