脳情報通信融合研究センター(CiNet)の春野雅彦研究マネージャーらの研究グループは、緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の活動の相関関係を発見し、背側帯状回皮質への経頭蓋磁気刺激(TMS)によって運動パフォーマンス低下を抑制することに成功した。今後は、運動や音楽演奏の際の緊張を抑えるための訓練法としての応用が期待される。
これらの研究成果は、CiNetの春野研究マネージャー、源健宏協力研究員、フランス国立科学研究センター(CNRS)のガネッシュ・ゴウリシャンカーシニア研究員の共同研究で見い出されたもので、緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の脳活動の間の因果関係が世界で初めて証明された。
スポーツや楽器演奏など高速で複雑な運動(系列運動)のパフォーマンスが緊張で低下するのは、一般人とトッププロの区別なく、誰もが経験する。スポーツ科学の分野では、学習で一度は自動化(無意識化)された各運動間の流れ(運動要素)に対する注意が緊張によって増加し、その運動要素が再び意識されて干渉が生じて、運動パフォーマンスが低下するとされてきた(自己焦点付けモデル)。
だが、このモデルを証明する行動や脳のデータは存在しないため、緊張による運動パフォーマンス低下を防ぐ方法も判っていなかった。
今回、研究グループは、緊張による系列運動のパフォーマンス低下を定量的に調べる課題を新たに考案。fMRIとTMSを用いて、緊張による系列運動のパフォーマンス低下と背側帯状回皮質の脳活動の間の因果関係を初めて証明し、緊張による運動パフォーマンス低下を抑制に成功した。
一般的に、テニスやピアノ演奏など運動を覚える際には、まずパーツを練習し、後で繋ぎ合わせる。今回、NICTは、この過程をモデル化し、長さ10のボタン押しを高速で行う際に、長さ6と4の2つの部分系列に分けて覚える人(part-learners)と、長さ10の全体を一度に覚える人(single-learners)に分け、さらに、覚えた後に失敗すると電気刺激が与えられるテストセッションを課すという課題を考案した。
まず、この課題を行動実験として実施し、次に、fMRIの中で、同じようなテストセッションのある課題を実施した(図A参照)。
その結果、両方の実験で、全く同様に、part-learnersは学習が進むと部分系列の繋ぎ目でのボタン押し間隔時間のばらつきが減り、single-learnersよりもボタン押しが速く正確になった。だが、緊張を伴うテストセッションが始まると、図Bに示すように、part-learnersによる部分系列の繋ぎ目でのボタン押し間隔時間のばらつきは再び増加した。
すなわち、自己焦点付けモデルで言われるとおり、緊張のあるテストセッションではpart-learnersの運動パフォーマンスは再び低下した。
次に、fMRIでpart-learnersのテストセッションでの繋ぎ目におけるボタン押し時間の遅れと相関する活動を示す脳部位を探したところ、背側帯状回皮質が同定されました(図C参照)。
最後に、テストセッションの直前に背側帯状回皮質に対しTMS(1Hz 図D参照)を5分間繰り返し行って脳の活動を抑制したTMS part-learnersと、実際には刺激を与えないSham part-learnersを比較する実験を行った。
その結果、TMS part-learnersでは、緊張によるパフォーマンス低下が見られなくなった(図E参照)。
今回の実験結果は、従来メカニズムが不明であった緊張による運動パフォーマンス低下の原因が、背側帯状回皮質にあるというメカニズムを初めて証明したものであり、さらに、TMSによって運動パフォーマンスの低下を防げることを示している。
今後の展望では、新たに発見された緊張による運動パフォーマンス低下と背側帯状回皮質の関係を更に深く解明するとともに、TMSによって実際のスポーツ選手や音楽演奏家の運動パフォーマンス低下を低減できるかの検証を推進する。
なお、これらの研究成果は、19日に、英国科学雑誌「Nature Communications」にオンライン掲載されている。