福井大学工学部物質・生命化学科/大学院工学研究科の櫻井明彦教授らの研究グループは、老化ケアの有力候補であるカバノアナタケ由来抗糖化物質DBL(3,4-Dihydroxybenzalacetone)の生産技術開発に成功した。
同研究は、若狭湾エネルギー研究センターの公募型共同研究事業における基礎研究区分(研究経費200万円/件以内)に採択されたもので、今回、同公募型共同研究の成果として公表された。
糖化とは、体内で糖がタンパク質と反応して、タンパク質を変性(劣化)させる事象で、糖化が進めば最終糖化物質(AGEs:Advanced Glycation Endproducts)を生成する。
AGEsの蓄積は、組織や細胞に障害を及ぼし糖尿病、動脈硬化、白内障などの疾病や肌のくすみや弾力低下などに関わっている。
従って、タンパク質の硬化性変質を引き起こして老化を加速させるAGEs産生を抑制するDBLの生産技術開発は、糖化ケアに関わる機能性食品や特定保健用食品、ひいては医薬品としての実用化が期待される。研究成果の評価・実用化に向けては、機能性や安全性評価などを可能とする企業とのコラボが不可欠で、同研究グループでは、共同開発に賛同してくれる企業を募集している。
カバノアナタケによる抗糖化物質の生産とその解析研究は、高齢化と機能性食品市場の拡大を背景とする。わが国の高齢化率は、現在30%程度だが、やがて40%に達する。年代別の糖尿病割合も、糖尿病が強く疑われる人の割合は、40代4%、50代13%、60代22%、70以上23%と年齢が上がるに従って上昇していく。
一方、機能性食品市場は、2015年301億円であったものが、2020年には2843億円に急拡大している。こうした状況を鑑みた結果、櫻井氏らは、次の注目機能として「抗糖化(食品、医薬品、化粧品など)」にフォーカスを当て、カバノアナタケ由来抗糖化物質の生産技術開発に至った。
糖化は、AGEs産生を促進して、がん、白内障、動脈硬化、骨粗しょう症を惹起させる。皮膚や血管のタンパク質が糖化すれば、弾力低下による皮膚のたるみや動脈硬化の原因となる。
“抗糖化”機能に着目した櫻井氏らは、2003年にカバノアナタケ研究を本格開始した。カバノアナタケ(学名:Inonotus obliquus)は、カバノキ類に寄生するキノコの一種で、シベリヤや北海道などの寒冷地に生息する。存在数が極少で、収穫までに10年以上を要するなどの特徴がある。ロシアでは、カバノアナタケはチャーガの名称で呼ばれ、がんの民間療法に使用されていた。
櫻井氏らは、2005年に培養法を確立(液体表面培養法)、2007年に抗酸化物質の生産条件を確立し、2016年にカバノアナタケ抗糖化作用を発見した。
その後、2018年に若狭湾エネ研の公募型共同研究に採択され、同エネ研との共同研究を開始し、2020年にカバノアナタケの抗糖化物質の主成分としてDBLを特定し、変異株を作出。これまでにDBLの抗溏化作用の報告が無かったため、2021年に特許出願(変異株、抗糖化物質)した。
DBLの抗糖化活性について櫻井氏は、「カバノアナタケの抽出物の抗糖化活性は、抗糖化基準物質のアミノグアニジンンの4~5倍の抗糖化活性を有する」と説明した上で、「DBLは、アミノグアニジンの約13倍の抗糖化活性を示す」と説明する。
また、「カバノアナタケ」は希少なため、製品化には原材料の安定供給が必須となる。そこで、櫻井氏らは若狭湾エネ研とともに変異株の作出に着手した。変異株の作出には、イオンビーム(陽子線、重粒子線)である若狭湾エネ研の高LET放射線(LET: Liner Energy Transfer)が活用された。 イオンビーム変異には、「低LET放射線よりも変異率が高い」、「大きな変異が導入されやすい」などの特徴がある。
櫻井氏らは、生存率を基に最適な高LET放射線(LET: Liner Energy Transfer)量を決定し、変異株の作出とスクリーニングを実施し、増殖度の高い変異株の作出に成功した(約1.3倍の増殖速度)。
また、変異株の培養菌糸体は、天然菌核と同等以上の抗酸化活性を示し、人工培養でカバノアナタケの有効成分の生産を可能とした。
これらの研究成果により、原材料として生物由来抽出物と化合物の両方で選択可能となった。加えて、DBLの分子量は、小さく、経口、経皮共に高い吸収性が期待される
老化等をターゲットにした商品市場は拡大をみせ、糖化ケアに関わる商品も市場投入が始まっている。既存の糖化ケア関連商品の一例には、ロダンテノンBが酸化ストレスを軽減して肌の潤いを保持する「マンゴスティア」(日本新薬)や、エネルギー産生を促進する滋養強壮成分緒のリバオール、糖の代謝を促進するビタミンB1誘導体ビオタミン、脂質の代謝を促進するビタミンB5パンテチンのオリジナル3成分を組み合わせた「リゲイントリプルフォース」(第一三共ヘルスケア)などがある。
カバノアナタケによる抗糖化物質であるDBLの実用化に向けた検討では、機能性食品(届け出制)、栄養機能性食品(自己認証制)、特定保健用食品(個別許可制)の保健機能食品がターゲット領域となっており、次期領域として医薬品(医薬部外品を含む)を見据えている。
嗜好品・美味しいものを食べる際に、健康に対する罪悪感を軽減する「罪ほろぼし食品」として、チョコレートなどへの添加も考えられる。
DBLの実用化には、機能性評価(臨床試験など)や安全性評価などが必要とされるため、企業とのコラボが不可欠となる。櫻井氏は、「老化ケアにDBLの活用を期待する企業があれば、是非お声掛けしてほしい」と呼びかける。