住友ファーマは2日、同社と住友化学の合弁会社RACTHERA、名古屋大学大学院医学系研究科、滋賀医科大学および京都大学の共同研究チームが、ヒト多能性幹細胞由来の下垂体組織をサルへ皮下移植し、「下垂体機能低下症」の機能回復に世界で初めて成功したと発表した。
ヒト多能性幹細胞(hPSC)由来の「下垂体-視床下部オルガノイド」を下垂体機能低下症モデル動物(マウスおよびカニクイザル)の皮下に移植し、ホルモン分泌機能の回復に成功したもの。同研究成果は、下垂体機能低下症について、再生医療による治療可能性を霊長類レベルで検証した世界初の成功例として注目されている。今後、iPS細胞による下垂体機能低下症治療への応用が期待される。
共同研究では、最初に、下垂体機能不全モデルの免疫不全マウスの皮下(脂肪組織や筋肉内)に hPSC から分化誘導した下垂体-視床下部オルガノイドを移植。移植片は生着し、6ヶ月以上にわたり ACTH を分泌し、結果として生存期間を有意に延長させた。次にカニクイザルでの移植実験を実施しました。下垂体除去を行ったカニクイザルに、臨床現場で使われるプロトコルで免疫抑制をかけ、hPSC由来下垂体-視床下部オルガノイドを皮下へ移植した。
これは異種移植にあたるので一般に長期生着を望めないが、今回の移植では少なくとも6週間に渡って血中 ACTH 濃度が上昇し、下垂体機能低下症による体重減少に歯止めがかかった。これらの研究結果から、移植状態を確認しやすい「皮下移植」でも hPSC 由来下垂体-視床下部オルガノイドが機能することが証明された。
今後は医療用 iPS 細胞を用いた大量生産方法の確立や長期的な安全性の検証を進め、下垂体機能低下症に対する再生医療としての臨床試験実施を目指す。これらの研究成果は、10月2日付BMC(BioMed Central)/Springer Nature 雑誌『Stem Cell Research & Therapy』誌オンライン版に掲載された。
下垂体機能低下症は 10 万人あたり約45.5人が罹患する指定難病だ。特に副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の欠乏は致命的な副腎不全を引き起こす。標準治療である生涯にわたるホルモン補充療法では、各種ストレスや日内変動に合わせた需要変動に供給を合わせられず、生命予後に影響を及ぼす場合があり、アンメットメディカルニーズが高い。
こうした中、同研究チームは、下垂体機能低下症に対する下垂体再生医療の実現を目指して、臨床的重要性から、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌低下症を最初のターゲットにした。
ヒト多能性幹細胞を材料とし、ACTH 分泌能を持つ下垂体-視床下部オルガノイドを作製し、それを移植する。この形で下垂体再生医療の実現を目指し、研究を継続している。これまでに臨床使用を想定した分化法は確立した。
次に必要なのは臨床投与方法の最適化で、投与経路の1つとして、生着や増殖のモニタリングが容易な皮下を検討している。同研究では、下垂体細胞製剤としての概念実証を目指し、マウスにおいて下垂体細胞移植に適した皮下部位の同定・検証を行い、それを基にカニクイザルを用いた移植実験を実施して細胞移植効果を確認した。
共同研究では、ヒト胚性幹(ES)細胞から ACTH 産生細胞を含む下垂体-視床下部オルガノイドを作製した。まず、最適な移植部位を検討するため、下垂体摘出を施した免疫不全マウスを下垂体機能不全モデルマウスとし、皮下白色脂肪織および筋肉内へ細胞移植を行った。
その結果、皮下白色脂肪織および筋肉内いずれの部位においても移植オルガノイドが6ヶ月以上にわたり生着し、血中 ACTH 濃度を有意に上昇させるとともに(図 1a–d)、偽手術群と比較して高い生存率を示した(図 1e)。
次に、下垂体摘出を行った免疫正常カニクイザルを下垂体機能不全モデルサルとし、ヒト膵島移植で用いられる免疫抑制レジメン下で背部皮下に下垂体-視床下部オルガノイドを移植し、その効果を評価した。
カニクイザルにおいても、移植オルガノイドは移植後6週間にわたり機能し、血中 ACTH 濃度を上昇させた(図 2a)。異種移植においては一般的に強固な免疫拒絶が生じるものであり、同カニクイザル検討においても免疫拒絶を認めた。
その中で、移植後3ヶ月の組織所見において移植片の残存を認めており、前述の血中ACTH 濃度データも合わせると、移植オルガノイドは短期間ながら生着したものと考えられる。
マウス・カニクイザルいずれにおいても予期しない細胞増殖を認めなかった。下垂体機能不全カニクイザルでは現行治療法を模したコルチコステロンの補充療法を行なっても緩徐な体重減少を認めたが、移植片が機能していたと推定される6週間はコルチコステロン補充なしでも体重維持の傾向が認められた(図 2b)。これらの結果から、オルガノイド移植の効果が確認できたと考えられる。

ヒト ES 細胞から作製した下垂体-視床下部オルガノイドをマウスに移植し、血中 ACTH濃度の基礎値および CRH 負荷値(負荷 1 時間後)を評価した。比較したグループは次の通り。
・灰色:移植を行わないグループ(偽手術)、紫:腋窩部の皮下脂肪への移植グループ、
・緑:鼠径部の皮下脂肪への移植グループ、
・橙:筋肉内への移植グループ。
移植後6ヶ月時点において移植を行わなかったグループと比較して、いずれの部位に移植したグループにおいても、統計的に有意なホルモン分泌の改善が認められた。:p<0.01。
(e) 移植による生存率の改善
マウス下垂体を摘出した日を「0 日目」とし、28 日〜35 日目の間に各部位へ細胞移植を行い、その後の生存期間を比較した。その結果、偽手術グループと比較して、移植を行ったグループは統計的に有意に生存期間が延びており、オルガノイド移植の有効性が確認された。: p<0.05。

(a) 血液中の ACTH 濃度の変化
カニクイザルに下垂体摘出術を施行し、ヒト臨床で用いられるプロトコルで免疫抑制をかけた。ヒト ES 細胞由来下垂体-視床下部オルガノイドをカニクイザルの皮下に移植し、血液中の ACTH の濃度を測定した(皮下移植グループ:1 匹)。採血を麻酔下で行う必要があるため、ストレスの影響による ACTH 値のばらつきを認めたものの、移植から約6週間にわたり、ACTHの基礎分泌量が増加していることが確認された。(※移植後 4 週目のデータは測定機器のエラーのため除外した。)
(b)体重変化
下垂体摘出術を施したカニクイザルにおける、オルガノイド移植前後の体重変化の推移を示す。通常、ACTH が不足すると著しい体重減少が引き起こされる。移植前は現行治療法を模したコルチコステロン補充療法を行なっても緩徐な体重減少を認めた。一方で、移植した下垂体-視床下部オルガノイドが機能したと考えられる期間においては、この体重減少に歯止めがかかる傾向が示された。
同研究では、マウスとカニクイザルの皮下移植で下垂体-視床下部オルガノイドが治療効果を示すことを証明した。また、下垂体機能不全の非ヒト霊長類モデルに対してヒト ES細胞由来の下垂体-視床下部オルガノイドを移植し、短期的ながら ACTH 分泌能の改善と組織学的生着を確認した世界初の報告でもある。
今後は、臨床での投与方法および免疫抑制法の最適化、適切な移植細胞数の検討、臨床に向けた大スケール化の製法検討を行い、下垂体細胞を用いた再生医療の臨床応用に向けた研究開発を進めていく。
なお、同研究は、AMED 難治性疾患実用化研究事業「臨床用ヒト iPS 細胞から誘導した精製下垂体による再生医療開発」、JST創発的研究支援事業(JPMJFR200N)、JSPS科研費 (JP23K08005) 、 名古屋大学医学部附属病院先端研究支援経費、RACTHERA、住友ファーマ、住友化学の支援のもとで行われた。
