表情でうつリスクの早期発見に成功 早稲田大学

 早稲田大学人間科学学術院の杉森絵里子准教授らの研究グループは、うつ病予備群の表情に特徴的な変化を発見し、AIによる客観評価が可能にした。
 うつ病の前駆状態とされる「サブスレッショルドうつ(うつ病予備群)」における表情の変化について、64名の日本人大学生の自己紹介動画を用いて検証し、表情によるうつリスクの早期発見に成功したもの。同研究成果により、抑うつ状態の早期発見を可能にし、精神疾患の予防や介入をより効果的に行うことが期待される。

図1:OpenFace2.0ソフトウェアによって解析された10秒間の自己紹介動画に基づく 健常群およびサブスレッショルドうつ群(うつ病予備群)の顔面表情筋(アクションユニット) 出現頻度(AU_c)と強度(AU_r)のプロファイル

 63名の評価者が自己紹介動画を評価したところ、抑うつ傾向を持つ大学生の表情は、「豊かさ」「自然さ」「親しみやすさ」「好感度」が低く評価される傾向があった(図2)。

図2:大学生評価者による大学生自己紹介動画における顔の評価

 さらに、AI表情解析ツールOpenFace 2.0では、眉や口元に関連する表情筋(AU01, AU05, AU20, AU25, AU26, AU28)において、抑うつ傾向が高くなればなるほど、眉や口元に関連する表情筋の出現頻度・強度が高くなることが示された。これにより、医療機関を受診していない人たちのうつ傾向を、視覚的かつ客観的に検出する可能性がある。これらの研究成果は、本年8月22日にScientific Reports』に掲載された。
 従来の研究では、うつ病患者はポジティブな表情(例:笑顔)が減少し、表情全体の豊かさも乏しいことが報告されてきた。これらは、社会的拒絶を避けるための防御的行動とも考えられている。 だが、臨床診断に至らない「サブスレッショルドうつ」において、同様の変化が見られるかは明らかではなかった。
 そこで、杉森氏らは、臨床診断に至らない「サブスレッショルドうつ」の人々において、顔の表情にどのような特徴的な変化が生じるのかを明らかにすることを研究目的とした。
 具体的には、「今どれくらい気分が落ち込んでいるか」や「日常生活でどれくらいやる気が出ないか」など、うつ症状の程度をはかるアンケート形式テスト「BDI-II」に基づいて、健常群(BDI-II=1–10)とサブスレッショルドうつ群(BDI-II=11–20)に分類。両群における自己紹介動画を対象に、他者からの印象評価およびAIツール(OpenFace 2.0)による表情筋分析を行った。
 その結果、サブスレッショルドうつ群では表情の「豊かさ」「自然さ」「親しみやすさ」「好感度」のスコアが有意に低い傾向にあり、さらにAU01(内側眉上げ)やAU05(上まぶた上げ)などの表情筋活動にも明確な差が認められた。BDI-IIスコアが高いほど、特定の筋活動が顕著になる傾向も確認された。
 これらの研究成果は、精神疾患の早期発見や予防的介入に貢献するツールとして、学校・職場などでのメンタルヘルス支援に応用可能だ。自撮り動画と簡易ツールの組合せにより、日常的・非侵襲的に心の状態を可視化する手段が得られる可能性がある。
 評価者の印象形成にはサブスレッショルドうつの影響は見られず、主観的バイアスではなく、本人の表情変化が影響していると考えらる。ただし、同研究は日本人大学生に限ったものであり、他文化・他年齢層への一般化には今後の検討が必要だ。また、自己申告ベースのBDI-IIのみで診断しており、臨床的評価の追加が今後の課題となっている。

◆研究者のコメント
今回の「わずかな表情の変化が心の状態を映す鏡になる」という発見が、うつの早期発見と支援の糸口となることを願っている。

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