ドルテグラビルの特許切れを長時間作用型抗HIV薬で乗り越えSTS2030Revision達成へ 塩野義製薬手代木功会長兼社長CEOに聞く

2025年度より国内製薬企業も視野に入れたM&A実施

 塩野義製薬は、中期経営計画STS2030Revisionに掲げた2030年度売上収益8000億円達成に向けて順調に推移している。懸念されていた2028年~2029年頃に予想されていた経口抗HIV薬「ドルテグラビル」のパテントクリフを、長時間作用型抗HIV薬「カベヌバ」(2カ月に1回静注)がカバー。2030年中頃まで安定的なHIVフランチャイズの収入が見込めるようになった。そこで、今後のM&Aも含めたSTS2030Revision達成までの展開を手代木功会長兼社長CEOに聞いた。

 STS2030Revisionのベースとなる中期経営計画STS2030は、2020年6月に発表された。当初、HIVフランチャイズの中で最も大きな収益を支える「ドルテグラビル」(1日1回経口投与の抗HIV薬)の特許が2028年~2029年頃に切れ、ヴィーヴ社からのロイヤイティ収入の減少が懸念されていた。手代木氏は、「ドルテグラビルのパテントクリフをどう乗り越えて成長するかが大きな課題であった」と振り返る。
 ヴィーヴ社や同社に資本参加するグラクソ・スミスクライン(GSK)もあらゆる取り組みを試みた。その結果、一昨年秋に長時間作用型注射剤の抗HIV薬「カベヌバ」が上市され、現在も大きくマーケットシェアを伸ばしている。
 「糖尿病や高血圧、高脂血症などの治療薬を鑑みると、1日1回の経口薬が極めて当たり前のゴールで、これまでそれ以上求めるものはないと思っていた」と話す手代木氏。その上で、「カベヌバの伸長をみて、HIV感染患者さんが我々の知らない日々の苦しみを持っておられたことに気付いた」と明言する。
 HIV感染者は、毎日治療薬を服用する度に、「HIVが体内から消滅することはない」という非常に大きな心因的な負担を負う。持ち歩いている薬でHIV感染者と判れば、かなりの比率で態度の変化を経験する。
 HIVの専門家であれば、「抗ウイルス剤を服用していれば、たとえ性交渉をしても相手に感染させることは殆どない」と判っているが、一般の人は感染の心配がどうしても払拭できないようだ。
 「長時間作用型注射剤であれば毎日抗HIV薬を飲まなくて済む」、「薬を持ち歩かなくて良い」。こうしたHIV感染患者の声を製品化したカベヌバは、実際、マーケットシェアを大きく伸ばしている。
 手代木氏は、「HIVフランチャイズの売上高は、経口薬から長時間作用型注射薬に移行していくことで予想を上回る伸長をみせている。塩野義製薬のロイヤリティも落ちない。これでドルテグラビルクリフの心配は無い」と言い切る。
 後は、STS2030Revision達成に向けて、塩野義製薬自身のビジネスをどう成長させていくか。グラム陰性菌感染症治療薬「セフィデロコル」は、欧米で力強く成長している。2024年度4-12月実績は米国で147億円、欧州で99億円の売上収益を上げ、欧米だけでも対前年比33%の増収を達成している。中国での承認申請も受理され、海外でのさらなる成長が期待される。
 COVID-19関連製品+インフルエンザファミリーでは、新型コロナ経口治療薬「ゾコーバ」のCOVID-19曝露後予防を適応症とした米国FDAへの新薬承認申請のローリング・サブミッションが3月28日より開始され、「今年度中の承認が期待される」。ワクチン事業も形が整いつつある。
 一方、国内では、昨年12月にネクセラファーマジャパンと販売提携契約を締結した不眠症治療薬「クービビック」を上市。昨年9月にはうつ病治療薬「ズラノロン」の承認申請も行っている。2023年12月に発売したセフィデルコルも堅調に伸長している。

積極的に動けるタイミングでM&Aにトライ

 塩野義製薬は、2025年度の売上収益目標として5500億円(2024年度通期予想4600億円)を掲げている。手代木氏は、「これらの治療薬の成長でかなり良い線まで行くと思う。足りない分はM&Aも含めて5500億円、5年先の8000億円のラインを必ず達成したい」と意気込む。
 気になるM&Aについては、「ドルテグラビルのパテントクリフの乗り越えが可能となり、当面のキャッシュフローも非常に強く、内部留保もかなりある。従って、10年位の計で我々にとってベストなM&Aが考えられる」と強調する。
 とはいえ、欧米メガファーマがベンチャー企業を中心に1兆円、2兆円単位の資金を投資して実施している昨今のM&Aの手法、「規模的にもスタイル的にも塩野義製薬にはそぐわない」
 その具体策として、「希少疾病(2023年にポンペ病治療薬導入)、感染症、認知機能、肥満、睡眠時無呼吸症候群、難聴などの領域にプラスになるパイプライン、場合によっては能力を買う」方法を挙げる。加えて、「日本の製薬企業買収の可能性」も指摘し、「2025年以降、積極的に動けるタイミングでM&Aにトライする」
 日本の製薬企業の買収については、「この国の製薬企業の将来あるべき姿を見据えるならば、1+1が2.5になる組み合わせを考えねばならない」と力説する。さらに、「岸田前首相が提言した”日本の製薬エコシステム”をもっともっと強化した上で日本発の医薬品を創出していかなければ、日本の存在感はますます弱くなる」と訴求する。日本製薬協会長や日薬連会長の経験が、「ビジネスはグローバルに展開しても、日本の製薬企業が一矢も二矢も報いたい」という考えを駆り立てる。

感染症ビジネスの継続はウイルス薬の種類増加と販売地域拡大がポイントに

 手代木氏は、「新型コロナウイルス感染症パンデミックからは非常に多くの学びがあった」と振り返る。同社は、2020年より6~7割の資源を投下して「ゾコーバ」の開発を成し遂げた。その一方で、コロナ禍におけるインフルエンザの発症率は3年連続ほぼゼロとなり、治療薬の「ゾフルーザ」、「ラピアクタ」の売上収益は殆ど無かった。「改めて感染症ビジネスのサステナビリティの難しさ」を痛感した。
 「感染症からの撤退も一つの選択肢であったが、今後のパンデミックの発生を考えれば感染症に本気で取り組む会社の存在は不可欠である。感染症ビジネスを継続するべき。」との結論に至った。「米国FDAも、塩野義製薬は感染症の会社と認識している」と話す。
 ではどのようにして感染症ビジネスを継続すれば良いか。「各国の政府から抗菌薬の研究開発や製造販売に成功した企業が報酬を得るプル型インセンティブの支援を得ながら、製薬企業として抗ウイルス薬の種類を増やし、販売地域を拡大する」戦略を明かす。
 具体的には、抗ウイルス薬の種類増加では、現在のインフルエンザ、コロナに加えてRSウイルスを対象とした治療薬の上市を念頭に置く。販売地域は、日本、米国、欧州、中国・アジアの4地域に拡大する。3つのウイルス薬と4つの地域があれば、12個のマスが出来上がる。3つのウイルスの中の一つが4地域のどこかで流行すれば、毎年、安定した収益を得られるという仕組みだ。ちなみに、RSウイルス治療薬「S-33739」は、2024年度にP2bからP3段階に移行している。
 ゾコーバの上市は、塩野義製薬の開発プロセスにも大きな影響を与えた。通常、10年以上と言われる研究・開発期間を、必要なプロセスは一切抜かずにわずか3年足らずに短縮した。その結果、他の開発パイプラインのタイムラインも切り上がった。今では、「研究開発のタイムラインをしっかりと詰めて経営会議に出さなければ、GOサインも予算も出ない」がルーチンになりつつある。
 研究開発費も2019年度の600億円が2024年度には1160億円(予想)に倍増した。その要因は、開発品目数の増加だけでなく、当初からグローバル展開を見込んだ開発が推進されているからだ。研究開発費の増加に伴って、昨年度は過去最高の業績を記録している。

抗インフルエンザ薬の円滑な流通に向け関係機関との話し合いの旗振りも

 手代木氏は、昨年暮れから新年に掛けてのインフルエンザ大流行時に起こった抗インフルエンザ薬不足にも言及する。抗インフルエンザ薬は、他社製品も合わせるとインフルエンザに罹患した人の5~10倍くらいの出荷があったのにも関わらず医療現場では不足し、大きな混乱を招いた。また、インフルエンザ収束後には、もの凄い勢いで製薬企業への返品が続いた。
 なぜ、こういった事態が発生するのか。「インフルエンザの流行に備えて、かなりの量の治療薬やワクチンを積み上げて置かなければ安心できない」と考えて4大卸や地元の卸を通じて買い溜めする一部の医療機関の存在がその大きな要因になっている。「市中在庫の実数が見えてこないので、円滑に流通されていない」現況がその根底にある。
 インフルエンザワクチン、コロナワクチンは、毎年流行する株が変わるため返品された製品は廃棄せざるを得ず、もっと深刻な状況下にある。ちなみに、欧米では、感染症薬と言えども医療機関からの返品は認められていない。
 手代木氏は、「ここ2年間、インフルエンザの流行時にこういった事態が起こっている」と指摘し、「日本も資源を無駄にせず、かつ患者さんが困ることのないように、メーカー、卸、医療機関、保険薬局などが集まって問題解決に向けて話し合う必要がある」と断言する。「今年のインフルエンザ流行に備えて、平時の間に話し合いのキックオフの旗振りをしたい」と話す。
 また、本年6月に予定している現在の「監査役会設置会社」から「監査等委員会設置会社」への移行については、監査等委員会設置会社のメリットを「海外の投資家からも理解を得やすく、モニタリングの強化と海外からの投資の誘引の観点から優れている」と説明する。
 さらに、社外取締役を増やすという利点については「当社は既に、取締役、監査役が過半数を占めているのでその範疇にない」と話し、「あくまでもガバナンスの見地から、取締役会全体として執行の管理監督を日本と欧米の良いところを取り入れる形でトライしていきたい」と語った。

もっともっとヘルスケアに関わる人材が増える社会に

 最後に、「安全保障の面からも、医薬品を研究開発し生産する国内企業の存在は不可欠である。そのためには、日本発の新薬を創出して日本の製薬企業の存在感を強化する必要がある」と断言する。その上で、「塩野義製薬として成長していくのは勿論重要であるが、我々は若い世代が誇りを持って製薬企業の仕事に従事できる環境作りを推進しなければならない。もっともっとヘルスケアに関わる人材が増えてくれる社会にしたい」と抱負を述べた。

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