傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜開発 早稲田大学理工学術院

 早稲田大学理工学術院の下嶋敦教授らによる研究グループは、傷を自力で治す微細なひび割れの修復能力を有するシリコーン系薄膜を開発した。
 今回開発された自己修復性シリコーン系薄膜は、従来の課題であった低分子量の環状シロキサンの揮発を抑制するとともに、比較的高い硬度を示す。同材料は作製が簡便で、透明な薄膜として得られるため、保護コーティングなど様々な応用が期待できる。
 シロキサン(Si–O–Si)結合からなるシリコーン材料は、高い耐熱性、耐候性、透明性、絶縁性などの優れた特性から、幅広い分野で利用されている。ブロックコポリマーの自己組織化を利用してナノレベルの多層構造を構築することにより、従来のシリコーン系自己修復性材料の課題であった低分子量成分の生成・揮発による分解が抑制されると同時に、膜の硬度が大幅に向上した。
 主骨格がシロキサン (Si–O–Si) 結合から成るシリコーン系材料は、透明性、絶縁性、高い化学的・熱的安定性を有し、幅広い分野で利用されている。損傷や機能劣化を温和な条件下で修復する能力を付与することは、材料の長寿命化、耐久性、安全性の向上の面で重要だ。
 高分子材料においては、結合の組み換え反応の利用により、外力により生じた傷の分子レベルでの修復が可能になる。シリコーン系材料の中でも最も一般的なポリジメチルシロキサン ((Si(CH3)2O)n, PDMS) 系材料では、シラノレート (Si–O−)基の導入によって、Si–O–Si結合の組み換えが促進され、切断しても再接合が可能となることが知られている。
 だが、この修復機構では自己修復性と材料の硬さがトレードオフの関係にあり、従来の自己修復性PDMS系材料は、柔らかいゴム状のものに限定されていた。また、結合の組み換えに伴って低分子量環状シロキサンの生成と揮発が徐々に進行するため、材料の長期安定性を損なうだけでなく、揮発成分が周囲の電子部品に付着し、接触不良などの深刻な問題を引き起こす懸念もある。
 そこで同研究グループは、3次元網目構造の有機シロキサン層と直鎖構造のPDMS層からなる多層構造体の新たな構築プロセスを提案した。
 まず初めに、ポリエチレンオキシド((C2H4O)n, PEO)とポリジメチルシロキサン(PDMS)からなるブロックコポリマーを用い、自己組織化プロセスによって有機シロキサン層とブロックコポリマー層からなる多層ナノコンポジット薄膜を作製した。
 さらに、PEOブロックを空気中での加熱により除去し、ブロックコポリマー層をPDMS層に転換した(図1)。その後、得られた多層シリコーン薄膜中にシラノレート基を導入することで、薄膜上に生じた亀裂が80 °C、相対湿度40%の条件で修復することが確認された(図2)。

図1. ブロックコポリマーナノコンポジットから多層ブロックコポリマーへの転換
図2. 亀裂の修復挙動の観察


 従来の自己修復性PDMSエラストマーでは、60~200 °Cで低分子量の環状シロキサンが揮発することが確認された。一方で、今回作製した材料ではこれらの揮発が全く確認されなかった。
 これらの結果から有機シロキサン層によって環状シロキサンの拡散が制限されたことが示唆される。加えて、今回作製した材料は従来のPDMSエラストマーと比較して、約30倍の硬度を示すことが確認された。
 今回開発した材料は、高い硬度、亀裂の修復能力、透明性などの特徴から、保護コーティングとして有望である。環状シロキサンの揮発性が低いため、長期的安定性が高く、汚染リスクに敏感な電子部品へも適応可能と考えられる。
 現状の修復プロセスは加熱や水蒸気を必要とするため、用途が制限される可能性がある。より穏やかな条件下で亀裂の修復を達成するために、さらなる材料設計が必要と考えられる。

◆研究者のコメント
 自己修復材料は市場規模の拡大が目覚ましい分野である。今回開発した自己修復性シリコーン系薄膜は従来の課題であった低分子量の環状シロキサンの揮発を抑制するとともに、比較的高い硬度を示す。
 無機のシロキサン骨格に由来する優れた耐熱性や耐候性と相まって、本材料は様々な分野における利用が期待できる。

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