川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター (iCONM)の片岡一則センター長が、8年連続9度目の「クラリベイト高被引用論文著者」に選出された。世界的な情報サービスプロバイダーである英国・クラリベイト社が、高被引用論文著者(HCR: Highly Cited Researchers) の2024年度版リストを公開したもの。クラリベイト社は、過去10年間に発表された学術論文のうち、被引用数で上位1%にランクされる論文著者について、同社独自のデータ解析に基づいた高被引用論文著者を毎年公開している。
今年度は、世界59ヶ国から 6636名がリストアップされ、 11月19日付で公開された。日本人選出者は78名(世界15位)で、片岡一則センター長は、2017 年から8年連続、通算9度目の「高被引用論文著者」選出となった。 片岡氏は、昨年11月21日時点でのデータを集計した Research.com 科学者ランキング(第3版)において、化学領域で世界45位、国内1位にランクされており、昨年 9月19 には「クラリベイト引用栄誉賞」も受賞している。
片岡センター長のライフワークでもある「高分子ナノミセル」を用いた薬剤送達に関する研究のきっかけは、東京教育大学附属高校(現・筑波大学附属高校)在籍中に観た1966年公開の映画「ミクロの決死圏」に遡る。医師が小さくなって患者の体内に入り、外科手術が不可能な病巣部を治療するというストーリーのSF映画であるが、途中でクルーのひとりが免疫細胞の攻撃を受けて命を落としてしまう。
片岡氏は、そのインパクトの強い映像の記憶から、「薬剤を運ぶ担体(ナノマシン)を創るには体内で安定なことが不可欠」との考えを持ち、どのような材質が最適かを後の研究に活かした。
様々な検討の末、水溶性のポリエチレングリコール(PEG)と疎水性のポリアミノ酸(PAA)を併せ持つ素材に辿り着き、それが水中で自己会合により形成される「表面がPEGで覆われたナノサイズのミセル(高分子ナノミセル)」は、生体内で異物として認識されず免疫の監視網から逃れることを発見した。
さらに、PAA鎖に抗がん剤を結合させたものを担がんマウスに投与し、制癌作用を実証したのが1980 年代後半である。丁度「EPR効果と呼ばれる高分子化合物が腫瘍組織に集積しやすい」という現象が報告され、またウイルスの殻を担体とする方法と比べて伸縮性が高い性質を持つ(内包物の大きさや形に影響されにくい)性質から、「高分子ナノミセル」を用いたナノ医療は急速に発展していった。
1990年代初めからは、今のワクチン技術にも繋がるDNA/RNAといった核酸分子の送達にも取り組んだ。核酸分子がマイナスの電荷を持つ性質に着目し、PAA部にプラスの電荷を持つ塩基性アミノ酸を用い、静電気の力を使った独自の送達法を発表すると世界的に注目され、論文の引用数が増えた。
このGene Delivery(核酸送達)の領域で確固たる地位を築いたことが、クラリベイト引用栄誉賞受賞の大きな決め手となった。科学者のための著名な学術プラットフォームであるResearch.com が2023 年11月21日時点でのデータをまとめた科学者ランキングによれば、片岡センター長は化学領域で世界45位、国内1位と評価されている。
片岡センター長の研究に端を発する「高分子ナノミセル」を用いた DDS(薬剤送達)研究は、現在、世界各国の研究グループへと拡がりを見せており、診断薬を含む様々な薬剤、タンパク質、核酸医薬、mRNA、遺伝子を体内の狙った組織に運び、適切に機能させるシステムへと展開されている。