パーキンソン病のより詳細な病態解明、治療法・予防法開発への応用に期待
新潟大学脳研究所脳病態解析分野の松井秀彰教授らの研究プロジェクトは、パーキンソン病におけるαシヌクレインの神経毒性に関係すると考えられるT64リン酸化の存在を明らかにした。
これまでパーキンソン病において、αシヌクレインが重要な分子の1つであることは想定されていたが、αシヌクレインがどのようにしてパーキンソン病の病態に関わるかは不明な点が多くあった。同研究では、加齢とともにパーキンソン病に類似した病理を呈するアフリカメダカの脳およびヒト剖検脳におけるαシヌクレインの翻訳後修飾を解析することで、αシヌクレインT64リン酸化がパーキンソン病において増加することを見出した。
さらに、「αシヌクレインT64リン酸化が異常な形態の複合体を形成する」、「ミトコンドリア機能障害や細胞毒性を発揮する」などの実態を明らかにした。
これらの発見はパーキンソン病の病態解明とその治療開発に役立つことが期待される。
研究グループには、京都大学医学研究科医学研究支援センターの伊藤慎二講師、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの岩崎憲治教授、関西医科大学の廣瀬未果研究員(研究当時:大阪大学蛋白質研究所特任研究員)、永生病院脳神経内科パーキンソン病センターの久保紳一郎博士らが参画している。なお、同研究成果は、5月30日、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載された。
パーキンソン病は手足のふるえ、動きの鈍さ、転倒しやすさなどを主症状とする神経疾患である。αシヌクレインはレビー小体と言われる細胞内の凝集物の主な構成物質であり、αシヌクレインおよびレビー小体の蓄積はパーキンソン病の主な病理的特徴だ。
これまでの研究で、パーキンソン病の病態におけるαシヌクレインの重要性が指摘されている。だが、αシヌクレインがパーキンソン病において毒性を発揮する分子的なメカニズムは、未だ十分には解明されていなかった。
同研究では、まずは松井秀彰教授らが2019年に報告した、加齢とともにパーキンソン病の病態を呈するアフリカメダカ(図1)のαシヌクレインに対する修飾に注目した。その結果、アフリカメダカのαシヌクレインがいくつかの新規部位において、加齢あるいはパーキンソン病に伴いリン酸化されることが判明した。
次に、ヒトパーキンソン病脳を解析した結果、特にT64という部位におけるαシヌクレインのリン酸化が、パーキンソン病の脳において増加していることが明らかになった。
T64におけるリン酸化をさらに研究するために、T64D変異というT64リン酸化の状態を模すような変異αシヌクレインを解析したところ、T64D変異ではαシヌクレインの複合体構造に異常をきたすことがわかった。
さらに、T64D変異αシヌクレイン複合体の構造異常は、家族性パーキンソン病で見られるA53T変異を持つαシヌクレイン複合体の構造異常と類似していた。このようなT64DあるいはT64Eといった変異は、培養細胞ではミトコンドリア機能障害・リソソーム障害・細胞死を起こし、脊椎動物のモデル生物としてよく使われているゼブラフィッシュでは神経変性の原因となった。これらの実験結果はパーキンソン病の病態におけるαシヌクレインのT64部位でのリン酸化の重要性と病原性を示すものであった(図2)。
同研究プロジェクトは、パーキンソン病モデル動物およびヒトパーキンソン病の脳において、αシヌクレインのT64部位のリン酸化が増加することを報告した。このT64リン酸化は、αシヌクレインの特性を変化させ、異常な複合体形成や毒性の獲得につながった。
今回の発見は、αシヌクレインがパーキンソン病において毒性機能を獲得するための新しい重要なステップを明らかにするものである。
同研究成果は、神経難病の1つであるパーキンソン病の病態解明に貢献するものだ。今後も引き続き解析を推進し、パーキンソン病のより詳細な病態解明および治療開発、さらに発症機序の解明と超早期の予測・予防法開発に結び付けていく。