ドクタートラストのストレスチェック研究所は4日、2021年度にストレスチェックの実施を受託した940の企業・団体における集団分析データをもとに、[健康リスク]業種別ランキングを算出した結果を発表した。
同研究所では、ストレスチェックサービスを利用した累計受検者122万人超のデータを活用し、さまざまな分析を行っているが、今回の分析結果では、総合的に最も健康リスクが高い業種は「医療、福祉」と「運輸業、郵便業」、「仕事の負担」で最も健康リスクが高い業種は「教育、学習支援業」、以下「宿泊業、飲食サービス業」、「卸売業、小売業」となった。
ストレスチェック制度は、従業員のメンタル不調の予防やその気付きの促し、また、ストレスが高い人の状況把握やケアを通して職場環境改善への取り組みを目的として制定され、2015年12月以降、従業員数50名以上の事業場で年1回の実施が義務づけられている。
今回の調査では、2021年度にドクタートラストでストレスチェックを受検した人のうち、32万4642人の最新結果を分析した。
健康リスク総合ランキングは次の通り。
1. 最も総合健康リスクが高い業種は「医療、福祉」、「運輸業、郵便業」
ストレスチェックの結果を部署や、事業場ごとに分析した集団分析では、集団の「健康リスク」が示される。健康リスクとは、仕事のストレス要因から起こり得る疾病休業などの健康問題のリスクを、標準集団の平均を「100」として示すもの。たとえば、健康リスクが「120」の集団は、その集団で健康問題が起きる可能性が、平均より「20%多い」ことを示している。
健康リスクを業種別に算出、リスクの大きいものから順に並べたものが「表1 業種別・健康リスク総合ランキング」である。「健康リスク」は、「仕事の負担・コントロール」リスク、および「上司・同僚とのコミュニケーション」リスクという 2つの指標をかけ合わせた数値である。2つの指標への意味の理解と「現状の数値から何を読み取ることができるのか」が健康リスクを扱ううえでは、非常に重要なポイントである。
表1のとおり、健康リスクが最も不良となった業種は「医療、福祉」と「運輸業、郵便業」で、以下「製造業」、「卸売業、小売業」が続く。「医療、福祉」と「運輸業、郵便業」に大きなポイント差はみられなかったものの、「医療、福祉」は仕事の負担・コントロール面で、「運輸業、郵便業」はコミュニケーション面で高いストレス負荷がかかっていた。
また、3位の「製造業」は、仕事の負担・コントロール面、コミュニケーション面の双方で高いストレス負荷がかかっていると判明した。
2. 「仕事の負担」で最も健康リスクが高い業種は「教育、学習支援業」、以下「宿泊業、飲食サービス業」、「卸売業、小売業」
総合健康リスクを算出する1つ目の指標「仕事の負担・コントロール」リスクとは、個人ごとの仕事量の負担と、仕事量をいかにコントロールできているか、そのバランスがストレスに及ぼす影響を示している。
たとえば、仕事の量が多かったり困難な業務内容であったりしても、自分なりのやり方やペース配分で行うことができればストレスは高くならず、リスク値は低く算出される。
ところが、仕事の負担はそれほどではなくても、順番ややり方が固定され、自らの裁量が生かせない状況では、ストレスは高まり、リスク値は高く算出される。「仕事の負担・コントロール」のうち、「仕事の負担」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表2 業種別・仕事の負担ランキング」だ。
表2は、数値が大きいほど「仕事の負担が多い」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 非常にたくさんの仕事をしなければならない
- 時間内に仕事が処理しきれない
- 一生懸命働かなければならない このように仕事の量・処理速度・熱量などを問う設問から構成されており、数値が高いほど仕事の負担が大きい、すなわち不良であることを示している。「教育、学習支援業」は、さまざまな形態の業務を一人でこなさなければならない場合も多い可能性が考えられ、そういった面から仕事の負担が個人に与える影響も大きく、長時間労働につながりやすいのではないかと推察される。
3. 「仕事のコントロール」で最も健康リスクが高い業種は「医療、福祉」、次いで「運輸業、郵便業」
次に「仕事の負担・コントロール」のうち、「仕事のコントロール」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表3 業種別・仕事のコントロールランキング」である。
表3は、数値が小さいほど「仕事のコントロールがしづらい」を意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 自分のペースで仕事ができる
- 自分で仕事の順番・やり方を決めることができる
- 職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる 仕事をする際に個人がどれくらい仕事をコントロールできるか、または、自分で決めた順序や方法でしてよいか、その自由度が問われており、コントロールが困難な業種ほど上位にランキングされている。1位は「医療、福祉」であった。前述のとおり、総合健康リスクでは最も不良傾向にあり、これは「仕事の負担・コントロール」に起因していると考えられる。人の命を扱う仕事では一刻を争う事態や緊急性の高い事態が最優先事項になるため、自分のペースで仕事のやり方を決めることはできない。
こういった点から、「仕事のコントロールがもっともしづらい」結果となった。
4. 「上司とのコミュニケーション」で最も健康リスクが高い業種は「運輸業、郵便業」、以下「製造業」、「医療、福祉」
総合健康リスクを算出する2つ目の指標「上司・同僚とのコミュニケーション」リスクとは、職場の上司や同僚とのコミュニケーションがストレスに及ぼす影響を示している。一般に仕事量が多く、裁量権が少ない職場でも上司や同僚への報連相がしっかり行え、コミュニケーションが活発な職場はリスク数値が良好傾向にあり、逆に仕事量が少なく、自分のやり方で仕事を進められても、孤立しがちでコミュニケーションが乏しい職場はリスク数値が不良傾向になる。
「上司・同僚とのコミュニケーション」のうち、「上司とのコミュニケーション」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表4 業種別・上司とのコミュニケーションランキング」である。
表4は、数値が小さくなるほど「上司とのコミュニケーションが少ない」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?/上司
- あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?/上司
- あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?/上司 1位は2020年度に続き「運輸業、郵便業」、次いで「製造業」であった。「運輸業、郵便業」や「製造業」はドライバーや製造作業員などが割合の多くを占め、一人で黙々と作業を行うためコミュニケーションをとる機会が少なくなる傾向にある。
上司とのコミュニケーションが少ないと小さなミスの報告をしなくなり、しまいには大きなミスへとつながりかねない。また、上司は部下の業務内容・業務量を把握できず、人事評価といった部分で上司と部下間での考えや認識のすれ違いが起こり、不信感が増していく可能性が考えられる。
5. 「同僚とのコミュニケーション」で最も健康リスクが高い業種は「運輸業、郵便業」、以下「製造業」、「学術研究、専門・技術サービス業」
次に「上司・同僚とのコミュニケーション」のうち、「同僚とのコミュニケーション」リスクを業種ごとにランキング化したものが、「表5 業種別・同僚とのコミュニケーションランキング」である。
表5は、数値が小さいほど「同僚とのコミュニケーションが少ない」ことを意味し、ストレスチェック設問のうち、次の3問への回答から導出する。
- 次の人たちはどのくらい気軽に話ができますか?/同僚
- あなたが困った時、次の人たちはどのくらい頼りになりますか?/同僚
- あなたの個人的な問題を相談したら、次の人たちはどのくらいきいてくれますか?/同僚
「上司とのコミュニケーション」と同様、「運輸業、郵便業」のリスクが2020年度に続きワースト1であった。上司・部下間の縦のコミュニケーションだけではなく、同僚同士での横のコミュニケーションも不良傾向にある。社内でのコミュニケーション(雑談を含む)を活性化することで下記のようなメリットがあると考えられる。
■仕事を依頼される、もしくは依頼しやすくなり仕事の作業効率が上がり、生産性が向上する
■新しい発想が生まれ、どの立場の人でも自由に意見交換ができるような組織風土が醸成される
■ポジティブ思考に変わり、ワークライフ・バランスが充実する
■社員の仕事へのやる気、エンゲージメントが向上する
■離職率が下がる
コミュニケーションが活発でない職場で、意見交換の場や業務中の会話を増やすようにと言われても自然に改善していくことは難しいだろう。まずは、社内での簡単なイベントや気軽に発信できる情報共有ツール(グループチャットなど)を活用し、ちょっとした雑談を増やしていくことが職場の雰囲気作りを行う上で最も効果的なのではないかと考えられる。
2020年度と比較して最も差が大きい業種
総合健康リスクを算出するうえで必要な要素「仕事の負担」、「仕事のコントロール」、「上司とのコミュニケーション」「同僚とのコミュニケーション」について、2021年度と2020年度と比較したところ、もっとも差が大きく表れたのは、「仕事の負担」リスクであった。
表6は、2021年度、2020年度の「仕事の負担」リスクを業種ごとに表したものだ。仕事の負担率の悪化率が最も大きかったのは「金融業、保険業」でした。2021年度は2020年度よりも0.51ポイント悪化している。
政府は、新型コロナウイルス感染症の影響を受け業績が一定水準より悪化した事業者向け融資「コロナ融資」を2020年から開始した。「金融業、保険業」では、取引先企業への資金繰りの業務が増加したことや業績が悪化した事業者・企業に対する相談(事業戦略・経営企画・販路開拓など)を行う機会も増えているため、2020年度よりも仕事量に対するストレス負荷がかかっているのではないかと考えられる。
まとめ
以上の考察をもとにして、「健康リスク総合ランキング」、「2020年度と比較して最も差が大きい業種」を改めて解説する。健康リスク総合ランキング1位の「医療、福祉」は、他業種よりも「仕事のコントロール」リスク数値が悪く、昨年度の数値よりもさらに悪化傾向が見られた。
ほかの指標でもワースト上位にランクインしていることから総合健康リスクを高める要因になっているようだ。2位の「運輸業、郵便業」は、「仕事の負担」リスクにおいては良好傾向である一方、「上司・同僚とのコミュニケーション」のリスク数値が不良だったことで順位を押し上げた。
3位の「製造業」は、「仕事の負担・コントロール」リスクは平均レベルですが、「上司・同僚とのコミュニケーション」リスクが高く、特に「上司とのコミュニケーション」に問題を抱えている企業が多く、順位にも影響したようだ。
また、「金融業、保険業」は、総合健康リスク、「仕事の負担」リスクともに単年で見たときは、ほか業種と比較してもさしたる不良傾向は見られなかった。だが、2020年度から2021年度にかけての「仕事の負担」リスク悪化率が大きく、対策の検討が必要といえよう。