スマートコンタクトレンズで眼圧を高感度無線計測する技術開発 早稲田大学

緑内障を検出に期待

図1:“眼圧を無線で測る”スマートコンタクトレンズ

 早稲田大学大学院情報生産システム研究科の三宅 丈雄教授らの研究グループは、ソフトなコンタクトレンズに歪センサアンテナを搭載して眼圧を高感度に無線計測する技術開発に成功した。
 同技術は、導電性高分子(PEDOT:PSS)と接着性高分子(PVA)からなる多層構造抵抗センサと、PT対称性の原理を利用した無線検出器を組み合わせることで、眼圧変化に応じた抵抗変化を高いQ値で読み取るもの。
 国内失明原因の第1位である緑内障の早期診断・治療効果モニタリング・在宅管理に貢献する、新しいスマートコンタクトレンズ技術として期待される。
 具体的な成果として、6~36 mmHgの眼圧範囲において36.333 Ω/mmHgの感度(従来方式0.198 Ω/mmHgの約183倍)を達成した。
 さらに、豚眼を用いたin vitro実験およびウサギを用いたin vivo実験により、商用眼圧計との間でR²=0.93~0.97の高い線形相関が得られ、同センサレンズが長期かつ非侵襲で眼圧をモニタリングできるプラットフォームとして有望であることを示した。
 また、透明性(可視光透過80%以上)および安全性(家兎試験およびヒト角膜上皮細胞の生存率90%以上)を確認した。これらの研究は、本年1月13日に国際学術誌「NPJ Flexible Electronics」に公開された。
 コンタクトレンズは、屈折異常を矯正して視力を補強するウェアラブルな高度医療機器としての利用が一般的である。だが、近年、これらのレンズと電子デバイスを組み合わせることで「視る」から「診る」を実現可能なスマートコンタクトレンズの開発が盛んに進められている。
 とりわけ、国内失明原因の第1位である緑内障を検出する医療機器の開発は、疾患予防や遠隔在宅診療を実現する点で「健康寿命の延伸」や「医療費削減」への期待が高まっている。
 さらに、緑内障の患者数*1は、400万人以上(40歳以上の5%、70歳以上の10%)に達しており、その開発は急務と言える。

図2:コンタクトレンズの機能拡張とその市場規模

 眼球内圧力が上昇することで視神経を傷害し、失明を引き起こす緑内障は、日中よりも夜間に進行することが知られており、疾患の進行具合を把握する上で24時間に渡るの眼圧計測が求められている。
 病院では、ゴールドマン眼圧計などの大型装置を利用して測定できるが、夜間の測定には不向きだ。そこで、コンタクトレンズに電子素子を搭載することで24時間計測を実現させるスマートコンタクトレンズの開発が進んでいる。
 開発が進む眼圧計測レンズは、レンズ素材が硬くドライなハードコンタクトレンズを使用しているため、装用感が悪く、また、高価であるという欠点があった。一方、ウェットなソフトコンタクトレンズ上に従来型アンテナ素子を搭載すると、レンズの乾燥により電子部品が基板から剥がれてしまうなどの課題があった。
 そこで、同研究グループは、電気メッキを利用したアンテナの微細加工技術によって、無線アンテナの伸縮性を実現し、さらに、アンテナ自身が歪を感知できる最適な構造(形状や厚みなど)を明らかにした。
 伸縮性を有する歪センサアンテナは、市販のソフトコンタクトレンズ上に搭載することができる。レンズが乾燥してもセンサ素子が基板から剥がれることはない。
 また、アンテナとセンサの一体化により、センサの価格抑制が可能になった。自宅で計測できるセルフケア商品としての普及が期待される。

図3:ソフトなコンタクトレンズを用いた眼圧計測を実現

 研究グループでは、これまでレンズとメガネ間における無線通信技術(PT対称性共振結合回路)の開発に取り組み、涙中糖度を計測する超高感度なバイオセンシングレンズの開発に成功してきた。
 この実現のためアンテナの形状や材料選定(Mg, Zn, Au, Cu, 合金, カーボンナノチューブ, MXene※7など)に加え、レンズに搭載可能な共振器および検出器などの回路設計、データ解析のためのソフトウェア開発に取り組んできた。
 同研究では、コンタクトレンズ側の受動共振回路に対し、読み出し側(受信機)の回路にPT対称性の概念を導入した新しい原理の共振結合回路を用いた。まず従来型の検出器では、70 MHz付近でモードスプリットに起因する2つのピークが観測され、帯域幅は約3.5MHzと広いことに加え、6~36 mmHgの眼圧変化に対して70MHzにおける抵抗変化はわずか5.94Ωにとどまっていた。
 これに対して、負性抵抗素子を組み込んだPT共振結合回路では、損失を能動的に補償することにより、共振ピークの帯域幅は約0.206 MHz、Q値は339.15へと大きく向上し、従来アンテナのQ=15.71と比べて格段に高い共振特性が得られた。
 豚眼に同スマートコンタクトレンズを装着し、PT検出器で読み出した場合、6~36 mmHgの眼圧変化に伴い検出される実数インピーダンスZ′は−4.5 kΩから−5.59 kΩへと大きく変化し、その絶対値の変化量は従来アンテナの数百倍に達した。感度で比較すると、従来検出器での0.198 Ω/mmHgに対してPT検出器では36.333 Ω/mmHgを達成しており、約183倍の高感度化に成功している。
 さらに、このシステムでは共振周波数がほぼ一定に保たれるため、単一周波数でZ値(リアルタイム成分にインピーダンス)のみを監視すればよく、周波数スキャンが不要である特徴を有している。
 ここでは、商用眼圧計(トノメータ)で測定した眼圧値と本研究で開発したセンサレンズから得られた抵抗値の相関を調査したところ、決定係数R²=0.93という高い線形相関が得られ、同システムが豚眼において眼圧を定量的に再現できることが示された。

 さらに、生体眼における連続測定の実現可能性を検証するため、ウサギを用いたin vivo実験を行った。麻酔下のウサギの眼圧をトノメータで測定したのち、人工涙液を滴下してスマートコンタクトレンズを装用し、PT検出器を搭載させたゴーグルを装着して無線測定を開始した。
 その後、前房内にヒアルロン酸ナトリウムを注入することで眼圧を意図的に上昇させ、注入前、注入直後、さらに2日後に再度測定を行い、各時点でトノメータ値とコンタクトレンズ由来の抵抗値の両方を取得した。
 各測定は1回あたり10分間実施し、その間の抵抗値変化をベクトルネットワークアナライザで5秒ごとに記録した。得られたデータをMATLABで解析した結果、ウサギにおけるトノメータ眼圧値とコンタクトレンズ抵抗値の間には決定係数R²=0.97という非常に高い線形相関が認められ、生体眼においても本システムが眼圧変動を精度良くトレースできることが明らかになった。
 安全性評価としては、レンズ装着後の流血評価に加え、サーモグラフィを用いた温度分布を測定したところ、いずれの実験における有意な差は見られなかった。また、ヒト角膜上皮細胞を用いた生体適合性試験においては、24時間および48時間後においても、90%以上の細胞生存率を示すことを確認した。

 同研究で開発した高感度スマートコンタクトレンズは、眼圧を連続的かつ非侵襲でモニタリングできる世界でも数少ない技術であり、緑内障の早期発見と進行管理に大きな社会的重要性を有する。 従来の眼圧計測では困難であった夜間や在宅での連続計測が可能となることで、病気の進行を左右する眼圧変動を正確に把握でき、患者のQOL向上および失明リスクの低減が期待される。
 また、同技術はソフトコンタクトレンズを基盤とするため装用性が高く、セルフケア型医療デバイスとして幅広い年齢層に普及する可能性がある。
 さらに、PT対称性を用いた無線高感度計測という本研究の新しい原理は、眼科領域に留まらず、心血管・皮膚・呼吸といった他の生体計測デバイスにも応用でき、次世代ウェアラブル医療機器開発の基盤技術となることが見込まれる。高齢化が進む社会において、医療費削減や遠隔医療の推進にも寄与し、医療DXの実現に向けた重要な一歩となる。

 また、柔らかい電子デバイス、スマートレンズ産業、バイオセンシング用半導体など周辺産業への展開が期待され、医療・工学・材料分野に跨る新しい市場創出と技術革新の加速につながると考えられる。同研究グループでは、今後、事業化に向けて同計測レンズを用いて医学部眼科と共同で臨床試験に取り組む。そのため、レンズデバイスの試作、レンズ製造、無線検出器を開発して貰える企業との連携を進めていく予定である。

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