川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)と東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻/バイオエンジニアリング専攻の宮田完二郎教授の研究グループは、核酸医薬を効率良くセンチネルリンパ節に送達できる「ダイナミックナノマシン」を開発した。
同ナノマシンを用いてがん転移の関所となるセンチネルリンパ節に核酸医薬を送達させることで、その免疫系が活性化され、マウスモデルでのがんの転移・再発を抑止した。
これらの研究成果は、 6月20日付の米国化学会誌 J. Am. Chem. Socに掲載された。
センチネルリンパ節(SLN)は、乳がんが転移する際の最初の関所であり、がんの進行をくいと める重要な役割を果たしている。だが、転移能力を持った進行がんでは、SLN 内でがん細胞などにより分泌されるタンパク質「TGF-β1」を介して、がん細胞を攻撃するはずの細胞傷害性 CD8 陽性 T 細胞(注5)が不活性化されている。 同研究は、この細胞傷害性 CD8陽性T細胞を再活性化によって乳がんの再発・転移を抑制を目指したもの。実際には、TGF-β1 の発現レベルを下げる「アンチセンス核酸(ASO)」を設計し、それを SLN に送達するナノマシンを開発した。
一般的に、リンパ節などを含む生体組織は微細な網目構造を持つため、そこを通り抜けられるサイズの薬剤あるいはドラッグデリバリーシステムを調製する必要があり、血管系と比較してリンパ系の薬剤送達はハードルが高くなる。例えば、新型コロナウイルスワクチンで用いられる脂質ナノ粒子のサイズ~100 nm では、リンパ節への薬剤送達にはサイズが大きすぎる可能性が懸念される。
これに対して今回研究チームは、10nmかつASO が緩く内包された「ダイナミックナノマシン」を作ることで、効率よく ASO を SLN に送り届け、標的となる免疫細胞内でASOを機能させることに成功した。同ナノマシンは、ブロックポリマーの「正に帯電したアミノ酸の配列」および「生体適合性ポリマーであるポリエチレングリコール(PEG)の長さ(あるいは分子量)」を上手く調節することで実現された。
具体的には、正に帯電したリジンが10個連なったアミノ酸と比べ、非荷電性であるグリシンが間に入ったグリシン-リジン10個の繰り返し構造を持つアミノ酸は負に帯電した ASO を緩く内包し、標的細胞内でASO を適切に放出できることが判明した。
さらに、PEG の分子量を1万前後に調整することで、SLN内のASO分布量および分布範囲を増加させることができ、それ以外の正常組織への ASO 分布を減らすことができた。
実験の結果、最適化されたナノマシンは、SLN 内の TGF-β1量を減少させ、SLN内で枯渇した CD8陽性T細胞を再活性化し、乳がん切除手術後のがん再発と肺転移を劇的に抑制することがマウスモデルで明らかになった。
これらの発見は、進行乳がんに対するシンプルで安全な核酸医薬治療を可能にする分子設計指針を提供するものである。現在、適切な治療法がないトリプルネガティブ乳がん(TNBC)など難治性乳がんの転移・再発を抑制し、根本治療を実現する方法論の近い将来の構築が期待される。