テラヘルツ波で耳の疾患の見える化に成功 早稲田大学・神戸大学

耳の診断やテラへルツ波を利用した新しい内視鏡等の開発に期待

図 内耳蝸牛内部の3次元非破壊テラへルツイメージング

 早稲田大学大学院情報生産システム研究科の芹田和則准教授、神戸大学大学院医学研究科の藤田岳准教授らの研究グループは、マウスを用いた実験により、テラヘルツ波を利用して、音をつかさどる耳の器官である「内耳蝸牛」のマイクロメートルスケールの小さな内部構造を3次元で非破壊観察することに世界で初めて成功した。
 テラへルツ波は、周波数が1テラヘルツ前後にある電磁波の総称で、1テラは1兆を表す。1テラヘルツは波長にして約0.3ミリメートルである。光と電波の中間に位置する電磁波であり、光の直進性と電波の透過性の両性質を併せ持つ。また、水に対しては可視光の約6桁倍以上の強い吸収特性を示す。
 蝸牛は骨に囲まれているため、光では骨を透過できず、X線では照射臓器に被ばくのリスクがあり、従来の手法では安全に内部の観察が困難であった。また、テラへルツ波は非破壊での計測ができますが、波長が長く、いわゆる回折限界の影響で、小さなものの観察が困難を要した。
 同研究では、光からテラヘルツ波を発生する独自の計測法と画像解析技術によってこの問題を解決し、高解像度な3Dイメージングを実現した。これにより、蝸牛内部を輪切りしたような断面図として可視化することが可能になった。この技術は、感音難聴をはじめとする耳疾患の診断や、生体内でのオンサイト診断に貢献できる。さらに、テラヘルツ波を活用した新しい内視鏡や耳鏡などの医用デバイス開発も期待できる。
 同研究成果は米国の国際学術誌「Optica」に2025年3月27日(木)10時30分 (現地時間)に掲載された。論文名は、Three-dimensional terahertz near-field imaging evaluation of cochlea。
 感音難聴の多くは、耳の奥にある音をつかさどる器官である「内耳蝸牛」の障害が原因とされているが、頭蓋骨深部にあり、小さく、また骨に囲まれているため、内部の把握が難しいという問題があった。
 骨壁を破壊すると耳の機能が失われてしまうため、その点でも内部観察が難しいとされている。光計測では光が骨を透過できず内部観察が難しく、X線では観察可能であるが、内部被ばくの問題があった。そのため、蝸牛内部を生体内で高い解像度で安全に観察する方法は存在せず、感音難聴の病態把握は、死後に蝸牛を取り出し、破壊して内部を観察するしかなかった。
 一方で、テラへルツ波は周波数が0.1~10テラヘルツの電磁波で、ちょうど可視光と電波の中間帯に位置している。特にイメージングでは、X線と異なり様々な物質の内部を被ばくさせずに観察できることから、安心安全な評価技術として注目されている。
 また、物質の成分の評価や、癌(がん)組織と正常組織とを染色を行わずに識別できるとされており、将来の診断技術としても期待されている。だが、従来のテラへルツ波での観察では、テラへルツ波をレンズで絞って観察対象に照射させていたため、照射スポットサイズ(数ミリメートル~数センチメートル)より小さな対象物質は観測できなかった。
 これはテラヘルツ波の波長が可視光に比べて数百倍長いため(回折限界)で、マイクロメートルスケールで物質を観察することが困難であった。そのため、蝸牛の小さな内部構造を観察することはできず、また、高い解像度でCTのように3次元でイメージングすることも不可能であった。
 そこで芹田氏らは、テラへルツ波を利用して、内耳蝸牛内部の小さな構造を3次元的に観察し、それを耳の診断へ応用する可能性を見いだす手法の開発を目指した。
 加えて、蝸牛内部をその形や機能を壊さずに観察する研究を進めた。物質透過性と安全性の点からテラへルツ波が有効であるが、マイクロメートルスケールでの物質観察は難しく、それを3次元で行うための有効な手法を開発する必要があった。
 芦田氏らは、これらの課題を解決するための研究を推進し、光-テラへルツ波変換で生成する微小なテラへルツ波の光源を利用して、高い解像度での蝸牛内部観察を実現した。
 具体的には、非線形光学結晶と呼ばれる特殊な半導体結晶に、フェムト秒(1フェムト秒は10-15秒、1000兆分の1秒)パルスレーザー光を照射する時、テラヘルツ波が局所的に発生することに着目した。ここで発生するテラヘルツ波は、マイクロメートルスケールのスポットサイズであり、その波長(1テラヘルツは約0.3ミリメートル)より数十〜数百分の1ほど小さい点光源として扱うことができる。図1に示す実験システムのように、この小さなテラへルツ波の点光源を、サンプルと直接相互作用させてイメージングを行うことで、これまで難しかった内耳蝸牛の非破壊での内部構造観察に初めて成功した。
 3次元観察を実現するために、この手法と、蝸牛内部から反射してくるテラへルツ波を使ってイメージングするTime of flight(ToF)という技術を組み合わせた計測法を提案しました。さらに機械学習を活用した画像解析法を導入することで、蝸牛内部構造の3次元観察と断面観察をマイクロメートルスケールで実現した。

図1. 内耳蝸牛測定の模式図。非線形光学結晶上にセットした内耳蝸牛の下からレーザーを照射し、結晶表面でテラへルツ波を発生させる。テラへルツ波は内耳蝸牛と相互作用し透過する。一方で内耳蝸牛の内部で反射したテラへルツ波を検出することで3次元でのイメージングを行う。

  テラへルツ波を利用して、内耳蝸牛内部の小さな構造を非破壊観察することに成功した。図2(上)に示すように、内耳蝸牛の形を壊わさずに、内部構造を観察できることが分かった。この手法を使うと、図2(左下)のように、3D画像をスキャンしながら、内部を輪切りしたような断面図として観察することができる。図2(右下)は、その断面の画像の一部であり、蝸牛内部の渦巻き構造(蝸牛管)の一部をイメージングできることが分かった。
 また、内部構造や内部に含まれる物質が変化したりすると反射してくるテラへルツ波の波形が変化することも分かった。これらは耳の診断や様々な耳の病気の早期発見につながる可能性がある。

図2. (上)内耳蝸牛内部の3次元テラへルツ像。内部構造を可視化できていることが分かる。断面の観察も可能である。(左下)赤い矢印の方向に連続して観察していき、平面の画像を再構築することで3D画像を得られる。(右下)実際に得られた平面の画像の一部。

 これらの研究成果は、これまで診断が難しかった耳の病気の新しい診断手法として期待できる。同手法により感音難聴を含む耳の病気のオンサイトな診断が実現でき、耳の障害を早期発見できる可能性がある。
 また、同成果は、耳以外の様々な病気のオンサイト診断にも貢献できる。例えば、テラへルツ波では、染色や前処理を行わずに癌部位の検出ができるといわれており、迅速な診断技術として注目されてきたが、低感度で、細胞スケール(マイクロメートルスケール)での観察が困難であった。同成果により、テラへルツ領域における細胞レベルでの生体情報を収集できるようになり、テラへルツ生体情報データベースが整備され、将来の医療に貢献できると期待される。
 さらに、同成果のシステムはコンパクト化が可能であり、テラへルツ医療デバイスとして、新しい内視鏡や耳鏡の開発、市場への参入も期待できる。
 これまでは、システムが大型で、内視鏡に導入しての生体内(in vivo)での計測は困難とされ、長年普及が進んでいなかった。これまでに国内で医用登録されたテラへルツ製品はない。既存の内視鏡技術と本テラへルツ技術を組み合わせることで、高精度な病理診断を提供できると考えられる。
 今回は、乾燥させた内耳蝸牛をマウスから取り出して内部をテラへルツ波で観察し、その有用性を調べたが、今後は実際の蝸牛を使ってこの手法の有用性を調べる必要がある。蝸牛は耳の深部にあり、また内部はリンパ液(水)で満たされているため、システムをコンパクト化させ耳の穴から蝸牛へアプローチし、より強いテラへルツ波を利用する必要がある。
 これにより、蝸牛内部の分光情報と3次元イメージング情報が取得され、医学的な解釈をもとに、従来不可能であった生体内測定とオンサイト診断につながることが期待できる。

◆研究者のコメント
 長年未開拓の電磁波とされてきたテラへルツ波の応用を目指す研究と、これまで困難とされてきた内耳蝸牛内部の非破壊観察を目指す研究が融合し、大きな成果を挙げることができた。本研究は、耳の医療に革新をもたらす可能性を秘めている。テラへルツ波の潜在能力には未知の部分が多く、さらなる応用事例抽出に取り組むことで、この電磁波の魅力を広めていきたい。

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