長寿と短命 その差は食生活で真打は「魚のタウリン」と「大豆のイソフラボン」 家森幸男京都大学名誉教授に聞く

 厚生労働省から2023年分の平均寿命と平均余命が記載された「令和5年簡易生命表」が7月26日に発表されました。これによると、日本人の平均寿命は男性では 81.09 年で令和4年の81.05 年を 0.04 年上回り、女性では 87.14 年で、令和4年の 87.09 年を 0.05 年上回っており、前年を上回ったのは男女ともに3年ぶりということだ。
 世界の寿命の上位ランキングでは、日本男性はスイス、スウェーデン、ノルウェー、オーストラリアに次いで第5位、女性は1位で、2位以下はスイス、フランス、スペイン、韓国と続く。
 寿命は、様々な要因によってその人ごとに異なるが、健康維持のために日頃の食生活が重要であることは既知の事実だ。長寿と短命を分ける食生活の違いとは何なのか。日本のみならず世界各地の長寿地域に足を運び、現地の食事と健康の関係を調査した家森幸男京都大学名誉教授は、長寿の人に共通する傾向として「タウリン」と「イソフラボン」の2つの物質の摂取量が多いことを発見した。「タウリン」は主に魚介類から豊富に摂取できる栄養素で、「イソフラボン」は大豆から摂取できる栄養素である。
 そこで、日本最高峰の膨大な長寿食研究に裏付けられた知識の発信が生活習慣病予防の“知識のワクチン”とも称される家森氏に、長寿を目指すために推奨される食事習慣について効いた。(大正製薬企画)
 タウリンは、魚介類に多く含まれるアミノ酸の一種で、魚やイカ、タコ、牡蠣などに豊富である。タウリンは生物が海から陸に上がった時に必要とした成分で、細胞の浸透圧を調整する。
 干潮時に海水がなくなった場所でも生き延び、淡水と海水が混じる汽水域でも繁殖する貝類にはタウリンが多いことがわかっている。細胞の浸透圧を調整し、環境の変化に対応している。タウリンは、細胞から健康を維持する非常に重要な成分だ。体内で合成もされるが、微量であり、不足分は食事から摂る必要がある。
 コロンビア大学の調査では、60歳の人のタウリン濃度は5歳児の約3分の1まで低下していた。日本でも食事が西洋化し、肉を食べる機会が増えたが、長寿を目指すならば、できるだけ魚介類を積極的にとりたいものである。

 大正製薬が2024年7月、全国の20代以上の男女1000名を対象実施したインターネット調査によると、「魚やイカ・タコ・貝類などの魚介類を積極的に摂るようにしている」という人は全体の半数以下(46.5%)であった。
 「積極的に摂らない」という人の理由としては「値段が高い」(241名/1000名中・以下同)が最多で「調理が面倒・調理の仕方がわからない」(134名)、「嫌いだから・好きではない」(73名)と続く。

【調査概要】
◆期間:2024年7月8日~9日
◆対象:全国の20代以上の男女1000名 年代・性別均等割付 
◆手法:Freeasyインターネット調査

 昨年2023年6月にコロンビア大学の研究チームが発表した研究結果によると、タウリンにアンチエイジング効果があることが判った。タウリンを与えたマウスの寿命が最大12%も伸び、更年期の雌マウスの骨粗しょう症を大幅に改善し、免疫の低下を防いだ。中年のアカゲザルにタウリンを与えたところ、体重増加を防ぎ、血糖値を下げて肝臓の状態を改善し、骨密度を上げた。(”Taurine deficiency as a driver of aging” Parminder Singh/9 Jun,2023)

 タウリンの24時間尿中排泄量を世界60数地域の健診で分析したところ、50代前半の男女でタウリンの少ない第1分位の人々は、最も多い第5分位の人に比べ、肥満・高脂血症・高血圧は2.9、1.9、1.3倍多く、タウリン摂取の低下が生活習慣病のリスクであることが示された。(Sagara et al. Adv Exp Med Biol. 2015; 803:623-636.)

 一方、イソフラボンは、豆腐など大豆類に含まれる成分で、体内で血管を拡張させるNOを作ることから長寿をサポートする栄養素のひとつといえる。ただし活性酸素があるとNOを破壊してしまうため、活性酸素を防ぐ抗酸化物質と一緒に摂るのがより効果的である。
 沖縄の人は長寿といわれるが、その理由のひとつにゴーヤチャンプルがある。ゴーヤチャンプルは、ゴーヤと豆腐の炒め物だ。ゴーヤのビタミンCが活性酸素を抑えるのもあいまって、豆腐に含まれるイソフラボンが十分に働く。

検証されてきたタウリンとイソフラボンの効果

◆高血圧予防
 チベットやネパールなど、ヒマラヤの山岳民族の人々は血圧が非常に高い傾向があり、多くの人が脳卒中や心筋梗塞で亡くなる。原因のひとつが、タウリンをほとんど摂取しないことにある。川があり、川魚は採れるが、宗教上の理由から魚を食べないのである。
 一方で彼らは日常的にバター茶を飲む。バター茶には塩が入れられており、1日の塩分摂取量が18グラムにも及ぶ。それもあり、高血圧に陥りやすい。彼らにタウリンの粉末3グラムを2カ月間飲んでもらったところ、最高/最低血圧153/93が同138/84まで下がるという結果が出た。このように、タウリンには血圧を下げる効果がある。(家森幸男, 大豆は世界を救う, 法研, 東京, 2005, 186)

◆心筋梗塞
 世界各国の心筋梗塞による死亡率と魚食の相関を調べたところ、魚を食べる国や地域ほど心筋梗塞の発症率が低いことがわかった。比較的魚を食べる日本人の心筋梗塞の発生率は非常に低く、先進国中ではもっとも低い国であった。
 次いでヨーロッパで魚をよく食べる、スペインやポルトガルが低く、魚をあまり食べないイギリスやフィンランドでは心筋梗塞の発生率は高くなっていた。
 イソフラボンも心筋梗塞のリスクを下げる。大豆を多く食べる日本人、中国人、スペイン人、ポルトガル人は心筋梗塞での死亡率が低いことがわかっている。魚も大豆も善玉コレステロール=HDLを増やす。その結果、血管の劣化が抑制され、動脈硬化が原因の病気が発生し難くなる。

◆脳卒中
 脳卒中は人間に特有の病気で、実験に使うラットでは起きない病疾患である。そこで、岡本・青木(1963)によって血圧が高めのラットを交配し、高血圧を確実に発症するようになった高血圧自然発症ラット(SHR)を自然死するまで観察し、剖検で少しでも脳血管障害のあった親の子孫を交配し続けて、ついに遺伝的に確実に脳卒中を起こすラットが開発された(1974)。
 この脳卒中ラットに1%(味噌汁程度の辛さ)の食塩水を与えると、生後3か月ほどで全例脳卒中を発症した。塩分の摂取量が多い東北地方でも脳卒中は多く、塩分が脳卒中の引き金を引くのは間違いない。
 だが、同じ量の塩分を与えても、脳卒中ラットに魚粉を餌に混ぜて食べさせると脳卒中にならない。魚に含まれるタウリンが血圧を下げ、脳卒中を予防するのではと考えられる。(Yamori, Y., et al, Jpn. Circ. J. 38, 1095-1100, 1974./Okamoto, K., et al, Circ. Res. 34/35, 143-153, 1974./Yamori, Y., et al, In: Lovenberg, W., Yamori, Y., eds., Nut. Prev. Cardiovasc. Dis. Academic Press, Orland, 37-51, 1984./Yamori, Y., In: de Yong, W., Ed., Handbook of Hypertension Vol. 4: Experimental and Genetic Models of Hypertension, Elsevier, Amsterdam, 240-255, 1984.)

◆肥満と高脂血症
 タウリンは、肥満・高脂血症・高血圧を抑制する効果があることがわかったが、同様に、大豆を食べる人と食べない人でも、24時間尿を集めて比較分析した。大豆にはマグネシウムが含まれているので、血中のマグネシウム濃度が高いと大豆やマグネシウムの多いナッツ類などをたくさん食べていることになる。
 この結果でも、大豆をあまり食べていない人はよく食べる人に比べて肥満や高脂血症の割合が2.7倍、高血圧の割合が1.5倍と、大きな差が付いた。(“An inverse association between magnesium in 24-h urine and cardiovascular risk factors in middle-aged subjects in 50 CARDIAC Study populations” 30 October,2014)

◆筋肉機能の維持
 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(愛知県・大府市)・老化疫学研究部の大塚礼部長を代表とする研究グループが、2023年7月、大正製薬および北翔大学との共同研究で、食事からのタウリン摂取量が多いと脚の筋力(膝伸展筋力)が維持される傾向にあることを発見した。
 愛知県大府市・東浦町の地域住民から性・年代別に層化無作為に選出された40歳以上の男女1254名を対象に、2002年から約8年の間、タウリン摂取量と体力指標=膝伸展筋力(足を動かした際に筋肉を伸ばす力)、長座位前屈(両膝を曲げずに座り、上半身を倒す)、閉眼片足立ち、最大歩行速度の変化量を観察した。
 その結果、食事からのタウリン摂取量が多いほど膝伸展筋力が増加していることがわかった。65歳以上では、タウリン摂取量の多少に関わらず膝伸展筋力は低下するが、タウリンをたくさん摂取していた人の方が、膝伸展筋力の減少幅が小さい、すなわち、タウリンの摂取量が多いと筋力が維持されるということが示された。(”Association of taurine intake with changes in physical fitness among community-dwelling middle-aged and older Japanese adults: an 8-year longitudinal study”Frontiers in Nutrition/20 March, 2024)

◆脳への影響
 魚と大豆をよく食べる人は、血中に葉酸が増える。葉酸は認知症と関係があると考えられている。アメリカやカナダでは、1998年から葉酸を法律でパン類に添加している。(JAMA Intern Med. 2017;177(1):51-58. doi:10.1001/jamainternmed.2016.6807) 
 その結果、高齢者が増えているにもかかわらず、高齢者が認知症にかかる割合が減っている。オックスフォード大学の研究で、葉酸を与えられた高齢者は、脳の萎縮、特に記憶に関係する海馬の萎縮が抑制されることが判った。(Douaud G, Refsum H, de Jager CA, et al. PNAS 110 (23) 9523-9528, 2013.)
 魚と大豆を食べると葉酸が増え、葉酸が脳を守る。魚は、海藻を食べることから、もしかしたら魚のタウリンは海藻由来かもしれないという推測のもと調べたところ、タウリンの含有率が高い海藻もあることが判った。菜食の戒律で魚が食べられない人も、紅藻類の海藻からでもタウリンを摂ることができる。
 最近はミドリムシなどの微細藻類という小さな藻類にも注目が集まっている。こういった微生物にもタウリンが含まれている種類があり、栄養補助食品として摂ることができる。

同じ沖縄の人でも移住したら寿命が縮んだ!その原因は・・・塩分量

 同じ沖縄の人でも、ブラジルに移民した沖縄の人たちとの平均寿命が、沖縄県に住みつづけた沖縄県民よりも17年も短くなるという研究結果もある。この原因は食事の違いであった。
 各国の10万人あたりの脳卒中による死亡率を調べた調査では、塩分をとる国や地域ほど死亡率が高いことが判った。1日の塩分摂取量が7グラムを超えると、脳卒中で死亡する人は増える。
 塩分摂取量が東洋でもっとも少なかったのは、中国の広東地方の人たちであった。1日たった4.5グラムしか摂取していない。広東や香港の人たちは海に面しているため、魚を食べる。気候が温暖なので魚を塩漬けなどの保存食にせず、すぐに食べる。
 食べ方も寄生虫の害を防ぐため全体を加熱する蒸し料理が多く、焼き魚に比べて塩分をあまり摂らない。それが塩摂取量の少ない理由である。
 ブラジルと違い、ハワイに移住した日本人は1980年代に世界一の長寿となった。ハワイの日本人は魚と大豆をよく食べ、ポリネシアの人がタロイモの葉で食材を包み、たき火の下に入れて蒸し料理をしていたのに学び、日本から持ってきた蒸し器を家庭で活用した蒸し料理が多いという特徴がある。彼らの1日の塩分摂取量はわずか6グラムで、タンパク質量もしっかり摂っていた。
 また、果物をたくさん食べるため、ビタミンEの血中濃度は日本人の2倍であった。認知症も寝たきりも少ないことも判った。日本人の健康は和食が守っていると言っても良いだろう。1日に魚を80~100グラムか、大豆60グラムどちらかを摂ることで、心疾患のリスクを下げることができる。
 ただ、和食にも欠点がある。塩分の多さとタンパク質の少なさだ。現在でも7~8割の日本人が1日10グラム以上の塩分を摂っている。塩ではなく、だしのうま味や、お酢、香辛料などを上手に使って、塩分を減らす努力が必要だ。
 タンパク質を摂るには乳製品が優れている。欧米の人はチーズを食べるのでタンパク質はたくさん摂っているが、チーズでは塩分も同時に摂ってしまう。塩分を減らすことを考えれば、牛乳やヨーグルトといった形で食べるのがお薦めである。和食+乳製品で認知症が少なくなるという九州大学の久山研究もある。

地中海食と和食は、血圧も、食欲も調節する

 欧米で健康的な食事として注目されているのが地中海食である。そこで、和食と地中海食、一般的な西洋食を比較してみたい。和食も地中海食も伝統食のため、塩分が多いのが特徴である。その点では現代の西洋食の方が塩分は少ないが、なぜか和食と地中海食の方が心筋梗塞や脳卒中が少ないす。
 それは、塩分を排出する果物や野菜をたくさん摂っているからで、野菜や果物によってカリウムを大量に摂取でき、体内からナトリウムを排出しやすくなり、結果血圧が下がる。
 和食は、地中海食ほど野菜や果物を摂らないが、代わりに大豆食品を食べるため、大豆に多いカリウム・マグネシウムが塩分(ナトリウム)の害を抑えてくれる。加えて、イソフラボンが女性ホルモン様作用で食欲を抑制してくれる。また魚に含まれるヒスチジンも脳に入るとヒスタミンとなり、食欲を抑える。
 魚と大豆を食べるおかげで日本人は食べ過ぎを抑えられ、肥満にならずに済んでいる。和食のお陰げで、脂肪の摂取量が少ない日本人は肥満度が低く、国別に並べると182番目になる。魚を食べ、大豆やナッツ類を食べる食事は、縄文時代から続く日本人の食の骨格であり、現代でも縄文時代の食事を日常的に食べられる国は日本以外にあまりない。
 伝統的に健康的な食文化に恵まれた日本。この恩恵や祖先たちの学びを活かして、日本人の健康寿命をこれからも延ばしていきたい。

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