早稲田大学スポーツ科学学術院の渡邉大輝助教らの研究グループは、がん患者の悪液質の診断基準の違いが有病率や全生存期間に影響することを世界で初めて報告した。
同研究成果は、がん患者における悪液質の診断基準の違いとその有病率および全生存期間(生きている期間)との関連をシテマティックレビューとメタ解析の手法で包括的に検討することで導き出したもの。
がん患者の悪液質の有病率は33.0%であった。だが、悪液質の診断基準により有病率は異なる(13.9~56.5%)ことが示された。悪液質の有病率と全生存期間の量反応関係は、有病率が40~50%付近で頭打ちになるL字型の曲線を描くことが判明。診断基準の違いによる影響を整理することで、悪液質の可能性がある者の選別や治療介入に繋げるための基準の設定、治療法の開発・結果の統合などに役立てられることが期待される。
これらの研究結果は、8月30日、「Advances in Nutrition」にVersion of Recordがオンラインで掲載された。その後、9月に雑誌に掲載される予定である。
がん患者は世界中で増えており、今後ますます悪液質と診断されるがん患者も増える可能性が高く、その治療戦略が重要になると考えられる。渡邊氏らの調査結果により、がん患者において悪液質の有無だけでなく、悪液質の診断基準の違いも全生存期間に影響することがわかった。
このことはがん患者の悪液質の治療法の開発や結果の統合(治療ガイドラインの作成など)をする上で大きな障壁になると思われる。診断基準の違いによる影響を整理することで、大規模な集団から悪液質の可能性がある人を選別するための基準や死亡リスクが高い悪液質の人を特定して治療介入に繋げるための基準など、使い分けができるようになる。
同研究ではこれまでに報告されている世界中の研究成果を包括的にまとめ、悪液質の診断基準を考慮することが重要であることを示した。だが、同一集団で診断基準の違いによる有病率や全生存期間の影響を検討した研究は少ないため、同一集団を対象にした診断基準の違いの影響をさらに検討する必要がある。
さらに、診断基準の違いが悪液質の治療効果に影響するかも不明であるため、悪液質の診断基準と治療介入への影響を評価する必要がある。
近年、アジア人を対象にした悪液質の診断基準が発表された。今後は日本人の集団を含め、これまで使われてきた診断基準と、新たに開発されたアジア人向けの診断基準における有病率や全生存期間などへの影響を検討する必要がある。
【研究者のコメント】
◆渡邉大輝氏
個々人の健康管理から医療政策までヘルスケアに関する重要な決断において、文献から示される科学的根拠の果たす役割は大きい。過去の科学論文は新たな研究を行うための背景を知るための情報としてだけではなく、これらの文献から得られた結果を統合・活用したことで、これまでにない新たな知見を得ることができた。
もし、本研究と同様の結果を得るために大規模な観察研究を実施した場合、多額の費用と時間が必要となる。本研究はアカデミアの研究者と臨床の実務者が協力し、日常の臨床業務から生まれた疑問や課題を解明するために行った。
今後も臨床の実務者と協力して、実臨床やガイドライン作成時に活用可能な科学的根拠を示していきたい。
◆髙岡友哉氏(信州大学大学院総合医理工学研究科医学系専攻医学分野 博士課程3年、信州大学医学部附属病院)
基準は研究や臨床現場で得られた知見を統合し、役立てるために重要なものである。本研究はこれまでの研究を系統的にまとめることで、悪液質の診断基準が多数存在し、その診断基準により有病率や全生存期間との関連が異なる可能性を示した。
臨床現場での運用上、診断基準の使いやすさは基準を選択する上で重要な要因である。だが、使いやすさだけでなく、重要度も大切にすべきであり、使いにくいが疾病管理において重要な診断基準をどのように運用するか?を検討することが臨床現場に必要である。
◆八重樫昭徳氏(管理栄養士、北海道文教大学講師)
本研究は、栄養疫学の勉強会で知り合った1名の管理栄養士である実務者と2名のアカデミアの研究者が協力して実施した。
3名は、北海道、埼玉県、長野県と離れた場所を拠点として活動しているので、Web会議を中心にして打ち合わせを行って研究を進めた。この研究のように、離れた場所で活動している同じ志を持つ者により、現場の疑問を解決するための研究を論文としてまとめたことは、大変意義があると考えている。
今後も同様の研究を継続しつつ、今回の経験を管理栄養士養成課程の学生に伝え、研究者と協力して現場の疑問を解決できる管理栄養士を育成していきたい。