メラトニンの脳内代謝産物AMKが記憶力低下改善薬として期待
服部淳彦立教大学スポーツウエルネス学部特任教授、岩下洸関西医科大学助教らの研究グループは19日、老齢になると記憶力が低下する原因の一つがメラトニンの脳内代謝産物であり、短期記憶から長期記憶への記憶の固定に関与するAMKという物質の海馬における激減にあることを初めて発見したと発表した。
同研究はJSPS科研費 JP22K11823の助成を受けたもので、同研究成果は12日に、生理学分野で世界最高峰の国際科学誌の一つである Journal of Pineal Research オンライン版で発表された。
発表のポイントは、①老齢になると記憶力が低下するのは、海馬(記憶に重要な脳の部位)におけるN1-acetyl-5-methoxykynuramine(AMK)の低下が原因の一つであることを初めて解明、②AMKを1回投与すると長期記憶(記憶の固定)が誘導され、その時海馬において記憶形成に重要なタンパク質のリン酸化が誘導される、③老齢マウスと若齢マウスの海馬において発現している遺伝子を網羅的に解析した結果、長期記憶に関連する遺伝子群が老齢で有意に低下する、④この成果は、AMKが人においても加齢に伴う記憶力低下の原因の一つであり、AMKを基盤とした新薬の開発が、低下する記憶力の改善や認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の改善薬につながる可能性を示すーの4点。
加齢に伴う記憶力の低下や認知症の問題は、超高齢社会において解決すべき喫緊の課題である。松果体から夜間に分泌され人では睡眠との関連が深いメラトニンは、脳内において N1-acetyl-5-methoxykynuramine(AMK)という物質に代謝(変換)されるが、服部氏らのグループは2021年にこのAMKには、メラトニンよりもはるかに強い長期記憶の誘導効果がある(すなわち短期記憶から長期記憶への固定作用がある)ことを初めて突きとめている。
そこで今回研究グループは、老齢になると記憶力が低下するのは海馬(記憶に重要な脳の部位)におけるAMKの低下が原因ではないかと考え、海馬におけるAMK量を測定し、その合成経路の解明と老齢になると長期記憶形成に関与するどの遺伝子群が低下するのかを網羅的に解析した。
海馬においてどのようにAMKが合成されるのかを解明するために、松果体、血漿、海馬のメラトニン、AFMK(N1-acetyl-N2-formyl-5-methoxykynuramine:メラトニンから作られる第一段階の代謝産物)とAMK(AFMKから作られる代謝産物)の量を比較して、松果体から分泌されたメラトニンが血液を介して海馬に到達して、その後海馬においてAMKに変換されることを突きとめた(図1)。この時AMKの合成に関与する酵素の遺伝子の検討も行い、新しい候補遺伝子も見つけた。
合わせて、AMKを投与すると海馬において記憶形成に重要であると報告されているタンパク質のリン酸化が誘導されることも見出している。さらに、老齢マウスと若齢マウスの海馬で発現している遺伝子を網羅的に解析した結果、老齢になると長期記憶形成に関与する多数の遺伝子の低下を認めた(図3)。
同研究成果から、人においても老齢になると海馬におけるAMK量が低下し、そのことにより記憶力の低下が引き起こされている可能性が考えられる。メラトニンは海外では睡眠を促すサプリメントとして広く利用されており、人において副作用がほとんどないことがわかっている。
高齢者のQOLを向上させるためには、記憶力低下の改善は重要な課題である。AMKあるいはAMKを基盤とした新薬の開発は、加齢性の記憶障害や認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)における記憶力改善薬として期待される。さらに、ヒト以外でも、ペットの高齢化への対処や警察犬や盲導犬の学習時の利用が考えられ、今後の展開が楽しみな物質である。