単一高分子の「自己折りたたみ」に基づく新規 MRI 造影剤を開発 東京工業大学などの研究チーム

がんの高精度MRI診断と中性子捕捉がん治療同時実施基盤技術として期待

 東京工業大学科学技術創成研究院化学生命科学研究所の三浦裕准教授らの研究チームは、がんの高精度 MRI 診断と中性子捕捉がん治療を同時に実施できる新規高分子MRI造影剤を開発した。
 乳がんや脳腫瘍などの検査に必須な MRI 用造影剤は、従来品では環境毒性のあるガドリニウムという重金属を500〜1000mMもの高濃度で投与する必要があり、副作用や体内残留のリスクに加えて、自然環境への負荷の可能性があるため、減量化や代替物質の必要性が指摘されている。
 同研究では、親水性部位と疎水性部位からなる新規高分子の精密合成によって、一本の高分子が水中で自発的に折りたたまれる現象「自己折りたたみ」を誘起させることで、ナノ粒子化に成功した。
 この粒子は高分子の10 nm以下で、既存の多くのナノ粒子よりも極めて小さく、膵臓がんなど難治性が高いがんへの集積が期待できる。また、折りたたまれた高分子鎖中にMRIの造影分子を封じ込めることで緩和能が向上し、少ない投与量でもがんを検出できる優れた造影効果を維持することも実証した。これにより下水に廃棄される重金属が削減され、自然環境への負荷軽減につながる。
 さらに、マウスを用いた実験により、本研究で開発された薬剤はがん選択的に高濃度に送達ができ、MRI による高解像度な分布の可視化も可能であることを確認した。
 この実験成果は、近年注目されている中性子捕捉がん治療の課題となっていた、中性子と反応するホウ素が腫瘍全域に確実に集まっているかの判定に貢献するものである。
 同研究成果は、新しい原理に基づく高精度のがん診断薬の創出基盤となるだけでなく、MRイメージングによるガイドを介した中性子捕捉療法の実施、すなわち一つの薬剤で診断と治療を同時に達成できるセラノスティクス薬剤への展開も期待される。
 同研究成果は、東京工業大学に加えて、量子科学技術研究開発機構(QST)量子医科学研究所の青木伊知男上席研究員、長田健介グループリーダーらの研究グループならびに川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)との共同研究によるもの。
材料科学、物理学、化学、医学、生命科学、工学の基礎および応用研究において高水準の研究成果が掲載される学術誌「Advanced Science」に11月29日付で掲載された。
 MRI 造影剤は、環境毒性のあるガドリニウム金属錯体を500〜1000mMもの高濃度での静脈投与が必須であり、常に副作用や体内残留のリスクが懸念され(2017 年:[薬生安発 1128 第2号])、加えて環境負荷の懸念も示されている(Environ. Sci. Technol. 2016,
50, 8, 4159–4168)。
 また、精度の高い診断を行うために造影剤の投与が望まれる場面でも、安全性の面からその実施に慎重になるケースも増えており、診断能の低下も懸念される状況である。
 そのため、より安全、かつ、より精密な診断を実現可能とする「患者にも、医療従事者にも、そして環境にもフレンドリーな MRI 造影剤」の開発が社会的に求められている。
 同研究チームは今回、高分子精密合成に基づき、高分子1分子内での自発的な折りたたみ(self-folding)を駆動力として形成する新規高分子造影剤(SMDC-Gd、特願 2023-124868)を開発した(図 1)。

 SMDC-Gd は現行の MRI 造影剤よりも7倍の性能(緩和能)を達成し、投与量の大幅な削減、あるいは腫瘍などの検出感度を高めることが確認できた。(図 2a)。

 これは「自己折りたたみ」に伴うナノ環境下での金属分子回転速度の制御(図 2b)に起因するもので、我々はこれを「フォールディング効果」と命名した。
 また、造影剤の性能を向上させる新原理の発見だけでなく、SMDC-Gd は、疾患部位への選択的な集積と速やかな腎排泄、脳に集積しないなど、従来品を上回る性能と安全性を兼ね備えていることも確認できた(図 3)。

 さらに、このSMDC-Gd を用いて腫瘍の中性子捕捉療法を試みた結果、従来の中性子照射のみの治療を行った群やMRI造影剤を投与した群と比較して、SMDC-Gd投与群に統計的に優位な治療効果の上昇も確認できた(図 4)

 医療現場で使用されている既存MRI造影剤としては、これまでに環状Gd錯体や直鎖Gd 錯体が開発されている。国内では環状 Gd 錯体が主要製剤となっている。
 だが、これら多くの既存造影剤には、高濃度に起因する免疫反応や、腎障害の患者に対する腎性全身性線維症、手術後の脳や骨への Gd 蓄積などのリスクが指摘されている。現状、現在までにその代替となる造影剤は存在せず、医療現場への提供も予定されていない。
 加えて、既存MRI造影剤は自然環境に対して負荷をかけている可能性もある。成人男性一人あたり 3,870 mg、2018年の調査で国内では年間127万回の造影検査が行われているため、全国で年間 4.5 トンもの強い毒性を持つ重金属が、下水を通じて自然界に排出されている。
 造影剤に使用されている重金属ガドリニウムは、生体内では錯体構造に包まれることで多くの場合で安全だが、下水への排出後にガドリニウム・イオンが遊離すると強い生物毒性を生じる。
 2016年のサンフランシスコ湾の土壌調査でガドリニウム濃度は、1993年の23.2pmol/kgから2013年には171.4pmol/kgと7倍以上の増加が報告され(Environ. Sci. Technol. 2016, 50, 8, 4159–4168)、東京周辺の河川でも同様の報告があるなど、環境負荷が懸念されているが、適切な代替手法がなく、医療上の必要性から使用せざるをえない状況となっている。
 従って、人体にも環境にも、より低用量での使用が望まれ、また安全で有用な代替元素での造影剤が開発された場合は、既存の造影剤が全て置き換わるほどのインパクトが存在する。
 さらに同MRI造影剤のように投与後の疾患選択性と対外排出の同時制御が可能な場合は、患者に対するQOLや安全性の点からも極めて大きな貢献が可能である。
 MRI 造影剤の開発は低分子錯体が中心となっており、現在も各国で臨床試験が進められているが、MRI の造影に重要な緩和能は未だに十分に高くない状況である。
 一方、同開発は一本鎖高分子から構成される10nm 以下の新規ナノMRI造影剤であり、低用量化による環境負荷の軽減、将来的にはガドリニウムをより安全な代替元素に置き換え、かつ性能を維持するという現行MRI造影剤の課題を解決できる要素技術になると考えられる。
 また、MRI による高解像イメージングと中性子捕捉がん治療を組み合わせた高精度医療の実現も期待できることからも社会的なインパクトは非常に大きい。
 なお、MRI 造影剤の世界市場規模は、途上国での高精度診断装置の導入に伴い2022 年の29億8000万米ドル(4496億円)から2030 年には55億8000万米ドル(8415億円)に拡大が予想されている(Value Market Research 社)。

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