肝硬変患者の不慮の事故予防と健康寿命伸長に寄与
岐阜大学大学院医学系研究科消化器内科学分野の三輪貴生医師らのグループは21日、肝硬変患者では外的刺激に対して瞬時に正確に動作する神経機能が低下していることを明らかにしたと発表した。
肝硬変患者は交通事故や転倒あるいはそれに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られている。同研究では、肝硬変患者160名と肝硬変のないコントロール群160名を対象に、米国で開発された「落ちてくる棒を掴むあるいはそのまま落とす」という単純な動作を用いたデバイス(ReacStick)を用いて、外的刺激から0.4秒以内の反応速度と正確性を調査した(図1)。
その結果、肝硬変患者では肝硬変のないコントロール群と比較して有意に反応速度および反応の正確性が低下していることが示された。外的刺激に対する反応速度や正確性は、従来測定方法がないため十分に調査されていなかった。
ReacStickを用いた同研究の結果により、肝硬変患者においては外的刺激に対する反応速度と反応の正確性の低下が明らかとなり、同研究結果は世界に類を見ない貴重な研究成果となった。
また、肝硬変患者の神経機能検査法であるReacStickとナンバーコネクションテストB(number connection test-B:NCT-B)を比較してどちらが肝硬変患者を特徴づけるのに有用かを検討した。
その結果、ReacStickで測定した反応速度はNCT-Bよりも肝硬変患者の神経機能を捉えていることが明らかとなり、ReacStickはNCT-Bよりも肝硬変患者の神経機能を捉えるのに優れたデバイスである可能性が示唆された。
三輪氏らの研究により肝硬変患者は外的刺激に対する反応速度や反応の正確性が低下していることが明らかになった。同研究成果は、肝硬変患者における不慮の事故のリスク評価と健康寿命の延長に寄与することが期待される。
これらの研究成果は、17日にGeriatrics & Gerontology International誌で発表された。
肝硬変患者は交通事故や転倒あるいはそれに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られている。外的刺激に対して状況に応じて素早く反応する能力、つまり短潜時の神経機能はこれらの不慮の事故を防ぐために重要だ。
だが、肝硬変患者において短潜時の神経機能に関しては十分に調査されていなかった。同研究では、日本、米国、英国を含む多機関共同研究で肝硬変患者と肝硬変のないコントロール群を対象として若年成人男性を対象として短潜時の神経機能に関して検討した。
日本、米国、英国を含む多機関において、ReacStickを用いて短潜時神経機能を検査した160名の肝硬変患者と160名の肝硬変のない方を対象とし、短潜時神経機能を比較した。
またプロペンシティスコアマッチングを用いて肝硬変群とコントロール群の背景因子を調整し、再度比較を行った。
ReacStickは、米国で開発された短潜時神経機能の測定装置であり、軽量の棒、加速度計、タイマー、および2つの発光ダイオードから構成されている(図1)。
検査者は、ReacStickを約75cmの高さで保持して2〜5秒経過した後に落下させる。被験者は、ReacStickが落下し始めたらできるだけ早くReacStickを掴み、ReacStickの加速度計とタイマーで反応速度(simple reaction time: SRT)を測定する(図1a)。
また、正確性(reaction accuracy:RA)を測定する際には、ReacStickが落下し始めると棒の先端に着いた発光ダイオードが50%の確率で点灯する。被検者はReacStickの発光ダイオードが「点灯した場合には棒を掴み(On test)(図1b)」、「点灯しない場合には棒をそのまま落とす(Off test)(図1c)」ように指示される。
棒を掴む際の反応速度は記録されず、正しく棒を掴むあるいは落とすことができたかを記録する。On testの成功率を「On accuracy」、Off testの成功率を「Off accuracy」、全体の成功率を「Total accuracy」として記録した。検査者が棒を放してから棒が落下するまでに約0.4秒の時間であるため、ReacStickは約0.4秒以内の短潜時神経機能を測定することになる。
また、比較対象とする検査法として肝硬変患者の一般的な神経機能評価法であるNCT-Bと比較検討した。
対象とした160名の肝硬変患者と160名の肝硬変のない人を比較すると肝硬変患者は肝硬変のない人と比較して有意SRTが長く(204 vs 176 ms;P < 0.001)、Total accuracy(65 vs 71%;P < 0.001)、On accuracy(78 vs 86%;P = 0.004)、Off accuracy(54 vs 60%;P = 0.001)が低い結果であった。
プロペンシティスコアマッチングにより背景因子を調整した112名の肝硬変患者と112名の肝硬変のない人の比較においても、肝硬変患者は肝硬変のない人と比較して有意SRTが長く(200 vs 174 ms;P < 0.001)、Total accuracy(63 vs 73%;P < 0.001)、On accuracy(77 vs 86%;P = 0.007)、Off accuracy(50 vs 60%;P = 0.001)が低い結果であった。
同研究結果により、肝硬変患者は、肝硬変のない方と比較して外的刺激を認識してから約0.4秒以内の反応速度と正確性が低下していることが明らかになった。
外的刺激を認識し、状況に応じて素早く正しい行動をとることは転倒や交通事故を含む不慮の事故を防ぐのに重要であり、実生活の状況を反映した神経機能検査と検査結果に応じたリスクマネジメントが必要である可能性が示唆された。
次に、肝硬変患者の神経機能の特徴を明らかにするため、またReacStickと肝硬変患者の神経機能検査法として一般的なNCT-Bを比較してどちらがより肝硬変患者の神経機能を特徴づけるのに優れているかを調査するために、Receiver operating characteristic (ROC) 解析4)を行った(図2)。
ROC解析によるarea under the curve(AUC)ではReacStickで測定したSRTがNCT-Bと比較してより大きなAUCを有し、肝硬変患者を抽出するのにより優れた検査であることが明らかとなった(AUC, 0.87 vs 0.60;P < 0.001)(図2a)。
一方でNCT-BとRAの比較ではAUCの大きさに有意差を認めなかった(図2b-2d)。
これらの結果から、肝硬変患者の神経学的特徴は刺激に対する反応速度の低下が最も顕著な特徴として抽出され、従来の神経機能検査法であるNCT-Bよりもより優れた制度で肝硬変患者を特徴づけることが可能であることが明らかになった。
同研究結果により、肝硬変患者は肝硬変のない人と比較して外的刺激が発生してから0.4秒以内の短潜時神経機能が低下しており、特に反応速度の低下が顕著であることが明らかとなった。
不慮の事故(交通事故や転倒など)を防ぐためには、「事故の可能性を認識してから、現在行っている動作を止める」、「事故を回避するための回避行動をとる」という多段階の動作を瞬時に行う必要があり、同研究成果は肝硬変患者の短潜時の神経機能を明らかにすることで不慮の事故を起こす可能性の早期リスク評価や対策による将来の不慮の事故予防に寄与することが期待される。
同研究により、肝硬変患者は外的刺激が加わった際の短潜時の反応速度と正確性が低下していることが明らかになった。また、特に反応速度の低下は顕著であり、ReacStickはこの反応速度低下を捉えるデバイスとして従来の神経機能検査法よりも優れた検出機能を有する可能性が示唆された。
この知見により肝硬変患者における不慮の事故のリスクを評価し、事故の予防による健康寿命の延長とより良い社会実現への寄与が期待される。