金沢工業大学の辰巳仁史教授の研究室チームは5日、神経毒性作用を持ちアルツハイマー病を引き起こす要因の一つのアミロイドβが、睡眠中の脳髄液を送る繊毛の動きを鈍らせ、同時にアミロイドβ自身の神経毒性を増悪させることをラットを用いた動物実験によって解明したと発表した。
同研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー社の科学雑誌 「Scientific reports」(Published: 21 August 2023)に掲載された。
アルツハイマー病は、脳の神経細胞の広範かつ選択的な死滅とシナプスおよび神経回路の劣化を特徴としている。アルツハイマー病の脳では、神経毒性を示すアミロイドβの濃度が認知機能の正常な高齢者よりも高く、アミロイドβによる神経毒性作用がアルツハイマー病を引き起こすと原因の一つと考えられている。
「脈絡叢」は、脳室に脳脊髄液を分泌している。脳室は、上衣細胞で覆われており、その表面は運動性の繊毛で覆われている。脳脊髄液の流れは、繊毛の振動と脳室への脳脊髄液分泌によって部分的に駆動される。
脳由来のアミロイドβは脳脊髄液中に輸送されるが、脈絡叢の上皮細胞をアルツハイマー病マウスの脳に移植したところ、脳内のアミロイドβ沈着が有意に減少したため、脈絡叢がアミロイドβ浄化システムに関与していることが最近の研究で示唆されていた。
こうした中、辰巳教授の研究チームは、ラットから上衣繊毛と神経細胞を含む脳壁を摘出し培養し、脳室上衣にある繊毛の運動を測定する実験系を構築。アミロイドβの繊毛の振動への作用と、繊毛運動による流れがアミロイドβのニューロンへの毒性作用に与える影響という2つの視点から研究を行った。
繊毛の振動周波数を測定する高速イメージングシステムを構築し、新生ラットの脳室壁における上衣繊毛の振動周波数の概日リズムを連続9日間にわたって観察したところ、上衣繊毛の振動周波数は毎日、ラットの睡眠中である正午にピークに達し(48±1.9Hz、n=16摘出培養物)、活動中の深夜に減少するという周期的なパタ―ンがあることがわかった。
これに対して、アミロイドβにより、繊毛振動のピーク周波数は睡眠中の正午に減少することが判明した。繊毛振動は脳の老廃物の廃棄に関わることが推測されるので、アミロイドβは繊毛の振動を遅くして、その結果、アミロイドβ自身の浄化システムの機能を抑制しているいることが示唆された。
アミロイドβは、摘出培養の繊毛のない側の神経細胞に神経毒性を示したが、繊毛のある側の神経細胞では神経毒性はあまり認められなかった。
繊毛による流れを人工的に模倣した実験装置(フローチャンバーシステム)を用いて定量的にアミロイドβの神経毒性を評価したところ、人工的に発生させた培地の流れにより0.03mPaのずり応力の条件下でアミロイドβの神経毒性作用は減少した。この流れによるずり応力の大きさは、脳内部で神経細胞が受けるずり応力に近い値であると考えられる。
これらの実験により、経細胞を繊毛の振動によって誘導される流体の流れ、あるいは人工的に生成された流れに曝すと、アミロイドβの神経毒性作用が減弱し、その一方でアミロイドβが繊毛振動の概日リズムに影響を与え、アミロイドβ自身の神経毒性作用が増強することがわかった。
なお、髄液流の概日リズムが覚醒・睡眠パターンに影響を及ぼす可能性はある。この可能性を認めた場合、アルツハイマーモデル動物やアルツハイマー患者の睡眠パターン障害の原因の一つとしてアミロイドβの繊毛振動への抑制作用が考えられる。今のところ、脳脊髄液排出量の概日リズムについて、概日リズムの細胞的/分子的メカニズムは解明されていない。