酵母で可能にする‟食べるワクチン” 芝崎誠司東洋大学経済学部経済学科教授

 パンやアルコールを作る際に欠かせない「酵母」。2018年ノーベル化学賞の受賞研究「ファージディスプレイ法」を機にタンパク質の進化分子工学に注目が集まっている。こうした中、同技術を応用し、創薬や経口ワクチンの開発、バイオ燃料生成の省力化も可能な「酵母分子ディスプレイ」について、経済学部経済学科の芝崎誠司教授が解説した。

酵母を応用した経口ワクチン

 -酵母分子ディスプレイとは、どのような技術か。

 柴崎 酵母分子ディスプレイとは、出芽酵母(サッカロマイセス・セレビシエ)の表層に存在するアグルチニンという土台となるタンパク質に、性質の異なる別のタンパク質を結合させることで、酵母に新しい機能を持たせることのできる技術である。結合させるタンパク質は遺伝子があるものであれば、基本的に何でも応用が利く。
 私が酵母に注目してから初めに応用したのが、酵母の発光である。発光するクラゲが持つ、GFPというタンパク質を酵母に組み込むところから始めた。これにより酵母の外部に変化が起こった時に発光して知らせる、バイオセンサーの働きが可能となり、例えば有害な化学物質に反応して発光する、発酵タンク内の原料が少なくなったら知らせるといった用途に役立てられる。
 酵母は、培養が容易で、シャーレ1枚分の酵母からトン単位に培養できる。この特徴は、創薬においても大きな利点となる。例えば、関節リウマチに使われている生物学的製剤は、主に動物細胞で作成した抗体である。
 また、病気の診断や研究で用いる抗体の製造には、動物個体を使うこともあり、酵母を培養する方法なら、倫理面に加えて手間やコストを軽減し、安価に安定供給することができる。酵母は、必要に応じて培養することが容易で、必要のないときは長期保存も可能である。
 この技術を使って、各種の研究開発に取り組んでいる。一つは経口ワクチンで、私が開発しているのがカンジダ症の経口ワクチンである。パンやお酒作りでもおなじみの酵母は、口にしても安全な点が特徴である。

 その性質を活かして、酵母を土台とした食べられるワクチンを開発している。経口投与は痛みを伴わないので、あらゆる年齢層、健康状態の方への適応が可能だ。
 加えて、酵母自身の細胞壁がβグルカンでできており、βグルカンには免疫賦活化機能が期待されている。現在は、動物実験を進めている段階であるが、抗原(病原体の一部)を結合した酵母の、経口ワクチンとしての有効性は証明されている。
 ワクチンというと注射をイメージするかもしれないが、注射ワクチンは生産も取り扱いも難しい。コロナ禍でもワクチン保管のために冷凍設備を新たに設ける必要が生じたり、廃棄処分が出てしまったりと、取扱いの難しさがたびたび報道された。
 これに比べて酵母経口ワクチンは、超低温設備などの備蓄施設が十分でない地域にも供給が可能である。実際、カンジダ症のワクチンは神戸で酵母を作成し、沖縄でそれを培養した上でワクチンとして投与した。
 従来法のワクチン製造よりも輸送・製造のコストやエネルギーを抑え、供給可能な地域が広がるので、実用されれば、広く平等にワクチンを行き渡らせ、より多くの人の健康に寄与できると考える。

環境にやさしい応用法と今後の展望

 -この技術は、薬や経口ワクチン以外にも活用の場はあるのか。

 柴崎 酵母の強みは、遺伝子を持つ物質であれば何でも結合させることができる、その応用性の高さにある。カーボンニュートラルが叫ばれて久しいが、酵母はバイオ燃料の一種であるバイオエタノールの生成や環境修復にも応用可能である。
 通常のバイオエタノールの製造では、サツマイモや木質系バイオマス(セルロース)などから直接発酵させることができず、一度小さな糖に分解する必要があるため、コストと手間がかかる。だが、酵母分子ディスプレイの技術を用い、本来酵母が持っていないデンプンやセルロースの分解機能を付与することで、この工程を短縮し、より効率よくエタノールを生成できる。バイオ燃料にとって、生成時の工程を少なくすることは、投入するエネルギーの節減につながるので非常に重要な観点である。
 また、環境修復は開発などによって破壊・汚染された自然環境を健全な状態に戻すことを指す。例えば、水銀やカドミウムなどの重金属を吸着する機能を持たせた酵母を汚染箇所に散布すると、酵母が勝手に回収してくれるという仕組みである。
 分離も簡単で、pHの調整によって吸着物を取り出すこともできる。この性質を用いれば、レアメタルなど非常に経済的価値の高い金属の回収などにも応用できるだろう。
 このように、酵母分子ディスプレイの技術により、自然の豊かさを守りながら、経済活動の発展にも生かすことが可能である。

 -この技術についての今後の展望は

 柴崎 紹介した酵母の応用研究は、現在実用化に向けて取り組んでいるところである。酵母分子ディスプレイはとにかく応用性が高く、培養も容易で大量生産も可能なため、あらゆる分野でSDGsへの貢献が期待でる。
 だが、酵母の発酵は化学合成に比べると時間がかかる点が課題である。発酵条件のコントロールについては今後研究を進めていきたい部分である。
 歴史上、酵母自体がサステナブルな役割を果たしてきており、遺伝子工学的な方法で新しい機能を付与しているのはほんの一部分にすぎない。伝統的な酵母の機能が、新しく付与した機能により活躍の場が広がることを願っている。
 そのためには、新しい技術が社会に受け入れられるよう、安全性や健康面に加え、社会科学的な検証や考察が必要になってきている。東洋大学では、こういった両方にまたがる文理融合的な分野での研究も進めたいと考えている。

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