エーザイは7日、同社とバイオジェンが共同開発したアルツハイマー治療薬「レカネマブ」の米国での価格設定として、患者1人あたりの年間卸業社購入価格(WAC:Wholesale Acquisition Cost)を2万6500ドルに設定した。患者、家族、介護者、医療提供者、支払者、社員、株主の全てのステークホルダーの価値の最大化や、医療システムの持続可能性への貢献も含めて包括的なアプローチによって算出したもの。
このアプローチには、「臨床的価値」としての薬剤の効果、「社会的価値」として患者や家族、介護者にもたらすベネフィットや、患者と介護者のQOLや生産性の向上に関する評価も含まれる。さらに、「経済的価値」として医療サービスの需要や包括的な疾病負担の軽減に対する影響についても評価するとともに、AD領域におけるイノベーション推進も追求している。
アルツハイマー病協会によれば、2022年には、65歳以上の米国人のうち650万人がADによる認知症(軽度、中等度、高度のAD)であると推定されている。ADは、2019年に米国における死因の第6位、2020年、2021年には死因の第7位となっており、慢性かつ進行性で心身に障害を引き起こす致死性疾患である。
アルツハイマー病協会の別の報告書によると、ADの進行を遅延する治療法が存在しない場合、米国における全支払者(メディケア、メディケイド、自己負担、その他の支払者)による医療費総額は、2020年の2670億ドルから2030年には4510億ドルに増加するとされている。
2022年の研究では、米国人の1000万人から1400万人がMCI(Mild Cognitive Impairment;軽度認知障害)とされ、そのうち55%の人はADの病理を有するMCIと推定されている。同研究では、MCIから軽度認知症、軽度認知症から中等度認知症への進行を30%遅らせる治療薬が開発されれば、米国において1人当たり13万4418ドルの生涯価値をもたらすと推定している。
レカネマブは、ADの治療薬であり、臨床試験と同様、Aβ病理が確認されたADによる軽度認知障害または軽度ADの当事者様(早期ADと総称)において治療を開始する必要がある。米国におけるAD疾患修飾薬(AD-DMT:AD Disease Modifying Therapy)の投与対象として診断される早期AD患者は、3年後には約10万人と想定され、血液バイオマーカーなどの侵襲性の低い新しいスクリーニングや診断技術の今後の進歩を考慮すると、中長期的に徐々に増加していくと予測している。
早期ADを対象としたP3試験(Clarity AD検証試験)の結果、LEQEMBI投与は、投与18カ月時点における認知機能・全般症状の評価項目について、プラセボに対して悪化抑制を示す(18カ月の治療でCDR-SBにおいて27%の進行抑制など)一方で、有害事象は想定の範囲内であった。
同試験結果は、FDAによる迅速承認の根拠となった後期臨床P2試験(201試験5)結果と一貫しており、フル承認に向けた申請をFDAに提出している。
これらの臨床データより、レカネマブは患者の認知機能、日常生活動作、全般機能をより長く維持することが示され、患者とその家族にインパクトのある結果をもたらす可能性がある。
エーザイでは、臨床試験の患者背景と結果をもとに、ADにおける個人レベルの認知機能低下の経過を予測し、早期介入の効果をシミュレーションする疾患モデル(AD Archimedes Condition Event simulation:AD ACEモデル)を用いた研究により、レカネマブがもたらす可能性のある早期AD患者の生涯価値と潜在的経済効果を評価した。LEQEMBIの201試験に基づく同シミュレーション研究結果は、査読学術誌に掲載され、Clarity AD試験のデータを用いた評価でも一貫した結果が示された。
Clarity AD試験のデータを用いた最新のAD ACEシミュレーション研究では、LEQEMBIによる治療は、疾患の進行を遅らせ、その結果、早期ADに留まる期間を延長し、より進行した状態の期間を短くすることが予測さた。
レカネマブの投与は、標準治療(SOC:Standard of Care)と比較して臨床症状の悪化を抑制し、疾患の進行を平均約3年遅らせると推定されている(主にMCIから軽度AD、軽度ADから中等度ADへの進行遅延)。レカネマブが疾病の経過に与える影響を、米国社会における1人当たりの年間価値(現在価値)として、a)質調整生存年(QALY:Quality-Adjusted Life Year)の増加分(SOCとの比較)、b)支払意思額(WTP:Willingness to Pay)の閾値、c)総費用の差額(SOCとの比較)、d)投与期間の4要素の現在価値から、レカネマブの米国における患者一人当たりの社会的価値を算出した。なお、医療経済評価で検討される費用やベネフィット、期間は、将来の価値を割引して現在価値として調整する必要がある。
4つの要素を現在価値に換算すると、a)0.64 QALYsの増加、b)1QALY獲得当たり WTP閾値20万ドル、c)総費用の差額7415ドル、d)治療期間3.6年となり、社会的観点からのLEQEMBIの患者1人あたりの年間価値は3万7600ドルと推定される。
エーザイは、この3万7600ドルの推定について、より幅広い患者アクセスの促進、経済的負担の軽減、医療システムの持続可能性への貢献をめざし、同剤の年間卸業社購入価格(WAC:Wholesale Acquisition Cost)を年間社会的価値を下回る2万6500ドルに設定することを決定した(201試験およびClarity AD試験に基づき、米国の平均体重75kgの当事者様に10mg/kgを隔週点滴投与)。
200mgバイアルのWACは254.81ドル、500mgバイアルのWACは637.02ドルとなる。なお、実際の年間価格は、患者によって変動する。また、レカネマブによりAβが除去された時点で、その臨床効果を維持しながら脳内Aβの再蓄積を防ぐために、レカネマブの維持投与レジメンとして現行の隔週投与から月1回投与にするなど、より少ない投与頻度の開発を引き続き行っている。
これが実現すれば、維持投与期間中は投与量の減少によりレカネマブの年間コストは2万6500ドルから約半額に低減するなど、年間価格を大幅に減ずる可能性がある。