薬物放出システムなど医療分野への応用展開が期待
関西大学化学生命工学部の宮田隆志教授の研究グループは、ナノサイズの液晶粒子(液晶高分子ミセル)の設計と、それを用いたモデル薬物の放出制御に成功した。
この液晶高分子ミセルは内部に疎水性分子を内包でき、体温以下ではそれを保持するが、体温以上になると急激に放出するようになる。液晶の新しい応用として、薬物放出システムなどの医療分野や物質分離などの環境分野への応用展開が期待できる。
ドラッグデリバリーシステム(DDS)は、必要な場所に必要な時間だけ必要な量の薬物を送達するシステムであり、薬効の増大や副作用の軽減、利便性の向上などが可能となる。
DDSを実現するために薬物を運ぶ薬物キャリアが必要であり、疎水部と親水部からなる両親媒性高分子が形成するナノ粒子(高分子ミセル)が優れた薬物キャリアとして期待されている。
特に、pHや温度などの刺激に応答して性質が変化する両親媒性高分子からなる高分子ミセルは、刺激応答性薬物キャリアとして精力的に研究されている。だが、一般的な高分子ミセルは外部刺激によって自己集合構造が解離するため、可逆的な応答を付与するためには架橋構造などの導入が必要になる。
一方、液晶は、固体のような規則的な構造と液体のような流動性を併せ持っており、外部電場や温度などによりその動的な規則構造が変化する。このような液晶のユニーク構造を利用した製品が液晶ディスプレイである。
また、生体膜は、疎水部と親水部を有するリン脂質からなる脂質二重層で、高い規則性と流動性をもった液晶状態である。この脂質二重層が、分子やイオンの選択透過性に重要な役割を果たして生命活動を維持している。
これらのように液晶はユニークな構造を有しているにもかかわらず、これまでに医療分野への応用を試みた研究はほとんど報告されていなかった。
そこで、同研究グループでは、両親媒性高分子が水中で自己集合して高分子ミセルを形成する性質と、液晶高分子が生体膜のような動的な規則構造を有しており、外部刺激に応答してその構造を変化することに着目し、新たな両親媒性液晶高分子を合成した。
この両親媒性液晶高分子は、水中で自己集合することによりナノ粒子(液晶高分子ミセル)を形成し、体温付近の温度変化によって液晶相から等方相へと相転移することを明らかにした(図1)。
さらに、液晶高分子ミセルの内部にモデル薬物を内包させることができ、体温付近の温度変化により可逆的な薬物放出のON-OFF制御に成功しました。このような新しい液晶高分子ミセルは、刺激応答性DDSを実現するための薬物キャリアとして期待できると共に、疎水性分子の吸着制御など環境分野への応用も可能である。
従来のマクロサイズの液晶とは異なり、ナノサイズの液晶ということで従来とは全く異なる液晶高分子の応用にも繋がると期待でる。
まず、薬物キャリアとしての応用を目的としているため、体温付近で液晶-等方相転移を示し、疎水部と親水部を有する新規な両親媒性液晶高分子を合成した。このような両親媒性液晶高分子は、柔軟なポリシロキサン主鎖に疎水部として液晶構造を形成するためのメソゲンと、親水部として生体適合性に優れたオリゴエチレングリコール鎖を導入することにより合成できる。
この両親媒性液晶高分子は、体温付近に液晶-等方相転移温度(TNI)を有しており、37℃未満では規則性と流動性を併せ持つ液晶相を形成し、37℃以上になるとランダムな構造を持つ等方相へと変化した。
この両親媒性液晶高分子は水中で自己集合し、比較的単分散な粒径130 nmの液晶高分子ミセルを形成した(図2)。この液晶高分子ミセルは広い温度範囲において水中で安定に分散し、TNI以上の温度でも粒子形態を保持していた。
次に、液晶高分子ミセルの内部にモデル薬物を保持させ、その放出挙動を調べた。その結果、TNI以下の温度ではモデル薬物の放出は抑制されたが、TNI以上の温度になると急激に放出速度が増加した(図3(a), (b))。
さらに、温度を可逆的に変化させたところ、液晶高分子ミセルからのモデル薬物の放出は可逆的にON-OFF制御できることがわかった(図3(c))。
これらの結果は、TNI以下では規則構造を有する液晶相内でモデル薬物の拡散が抑制されるが、TNI以上になると規則構造が崩れて等方相へと変化してその拡散性が著しく増加するためと考えられた。
さらに、液晶高分子ミセルの細胞毒性も調べたが、比較的高い濃度まで細胞毒性を示さないこともわかった。また、様々な細胞への液晶高分子ミセルの取り込み挙動を検討した結果、細胞種によって細胞への取り込み挙動が異なり、がん細胞への取り込みが顕著であることがわかった。
この液晶高分子ミセルを細胞に取り込ませた後、TNI以上に昇温すると、モデル薬物が放出されている様子も観察された。従って、液晶高分子ミセルを細胞に取り込ませて、温度変化により薬物放出を可逆的にON-OFF制御できることが明らかになった。
このような液晶高分子ミセルは、従来にはない刺激応答性薬物キャリアとして期待できる。