がん幹細胞標的とした次世代がん予防・治療法の研究 矢野友啓東洋大学食環境科学部食環境科学科教授

「HIF抑制」、「抗がん成分の感受性増大」、「NK細胞活性化」を3本の矢に

矢野氏

 世界中でがんの治療法や予防法が研究され、さまざまな方法論があるなかで、矢野教授は食品由来の機能性成分に注目する。がん発生要因の3分の1、は食品とされている。
 栄養疫学調査でも、高脂肪食や高たんぱく食は、大腸がん、すい臓がん、乳がんなどの発生を促進することが示されており、日本人の食の欧米化との間にも相関関係が認められている。これらのことから、矢野教授は、食は、がんの発生だけでなく、抑制にも関与するだろうと考える。
 すでに実験室レベルでは食品由来成分の有効性が確認されているため、詳しい機序も含めて明らかにすべく取り組んでいる。もちろん、特定の食品でがんが治るわけではない。
 がん発生要因の3分の1を占める喫煙については、米国国立衛生研究所(NIH)の調査で、喫煙者に顕著に不足するビタミンEなどの栄養素をサプリメントで補うことで発がんリスクを低減できることが明らかにされている。同様に、食生活の不均衡による発がんリスクは食品由来成分の活用で低減できると考えている。
 また、食品由来成分であれば安全性が高く、抗がん剤の副作用を軽減させ、がん治療患者のQOLを向上できる可能性もある。
 では、食品由来成分はどのように、がんに作用するのか。最新のがん研究では、がん細胞にも多様な細胞に分化する「がん幹細胞」があることが分かっている。
 正常な幹細胞は、外部刺激を受けて骨になったり臓器になったりするが、がん幹細胞は不均一ながん組織を形成する。また、がん幹細胞はがん細胞の深い部分に分化しない状態で存在し、手術や抗がん剤治療などでがん細胞を除去しても取り切れない場合があり、それが後に分化・増殖することで再発すると考えられている。
 そこで、矢野氏らは、前立腺がんのがん幹細胞を標的に予防・治療法の‟3本の矢”として、「HIF抑制」、「抗がん成分の感受性増大」、「NK細胞活性化」 を研究している。
 第1の矢は、がん幹細胞の低酸素適応に関与する転写因子HIFの抑制だ。がん幹細胞は細胞の深い部分ならではの低酸素状態に強いが、HIFを抑制すると低酸素下で生き延びることが難しくなる。
 矢野教授の研究室では、世界に先駆けて、ビタミンEの一種であるデルタトコトリエノールにHIF抑制作用があることを見い出した。
 第2の矢は、がん細胞の分化を促進して抗がん剤への耐性を下げる方法だ。矢野氏らは、大豆由来成分を使って前立腺がん幹細胞を分化誘導し、抗がん成分に対する感受性を上げることに成功した。
 第3の矢は、人体に備わっている自然免疫の主役であるNK細胞の攻撃力の増強である。

コロナ禍で注目の自然免疫を高めるために

 免疫やNK細胞はコロナ禍で注目され、よく耳にするが、がんとどういった関係があるのか。NK細胞は、がん細胞やコロナウイルスに感染した細胞を異物として認識し、速やかに殺すことが分かっている。
 数年前まで、NK細胞はがん細胞全般を攻撃すると思われていたが、乳がんを対象にしたとある研究報告では、通常のがん細胞よりも未分化の幹細胞を選択的に攻撃排除しているという。その文献を目にした矢野教授らは、前立腺がんでも同様の効果があるのではないかと考え、検証に取り組んだ。
 その結果、前立腺がんにおいてもNK細胞が選択的にがん幹細胞を攻撃することを見い出し、この自然免疫の力をがん治療や予防に生かしたいと考えている。
 カギになるのはNK細胞の活性化で、世界中の研究者が睡眠やストレスなど、さまざまな観点からNK細胞活性化の研究を進めている。
 矢野教授らは、食品由来成分に注目し、ビタミンCやビタミンD、ビタミンAには何らかの関わりがあると見ている。ただ、治療や予防の観点で言えば、何か特定の栄養素だけで解決できるわけではなく、バランスの良い食生活はもとより、睡眠やストレスなども考慮しながら考えていくことが重要であろう。

NK細胞によるがん予防・治療研究 身近な食品由来成分ならではの可能性

 科学の進展で、がんに対する認識や私たちの意識も大きく変わってきた。治らないがんが依然としてある。矢野教授の研究室では、低酸素適応に関与する転写因子HIFの抑制、がん幹細胞の分化誘導による抗がん成分への感受性増大、そして、NK細胞活性化によるがん幹細胞への攻撃力増大という三つのアプローチを通して、がんを100%コントロールできる時代の実現に貢献したいと考えている。
 どの予防・治療法が適しているかは、がん種や症状などによって異なると思うが、一番可能性を感じているのがNK細胞である。特定の食品にしか含まれない成分となると、国や地域によっては確保が難しい。だが、自然免疫は誰にでも備わっているので、その力を引き出すことができれば、世界中の人々が恩恵に預かれる。

NK細胞研究
コロナ禍で注目の自然免疫向上にも応用

 コロナ禍では国によるワクチン調達力の差が問題になった。NK細胞の研究によって自然免疫を生かすことができれば、途上国の感染拡大リスクを低減し、健康増進に貢献できる可能性がある。NK細胞はそれだけすそ野が広い研究テーマだと思っている。

写真右:矢野教授とともに研究を行う関大河氏
(食環境科学研究科 食環境科学専攻 博士前期課程2年)
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