ALSに対する乳歯幹細胞由来培養上清治療の有用性を報告
 再生医学研究所

 再生医学研究所(代表:上田実名古屋大学名誉教授)は12日、乳歯幹細胞由来培養上清(SHED-CM)を用いてALSの治療を行い、急速に悪化しつつあった呼吸機能を安定化させ、四肢および頸部の痙縮の解除および運動可動域の改善を確認したと発表した。同研究結果は、上田代表と同社研究グループによるもの。
 上田氏らは、SHED-CMの投与により、脳や脊髄の炎症を強力に抑制して神経細胞の喪失と運動能力の低下を改善すれば、アルツハイマー病、慢性期脳梗塞などに著明な効果があることを明らかにしてきた。 これらの結果から、SHED-CMは筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis、ALS)の神経細胞を活性化し運動能力を回復させる新たな治療法になる可能性が高いと考え、ALSを対象に乳歯幹細胞を用いた培養上清治療の有効性を確認した。
 なお、同症例の詳細は、米国科学誌、Neurology and Neuro Rehabilitation(筆頭著者;上田実氏)に投稿中である。


 培養上清治療は幹細胞治療にかわる新しい再生医療として注目を集めている(図1)。なかでも乳歯歯髄由来の幹細胞を原材料とするSHED-CMには神経保護、軸索伸長、神経伝達を促進する作用や免疫抑制効果を持つ多彩な神経栄養因子が含まれている(図2)。
 

 ALSは、原因不明の神経の難病で主として中年以降の男性に発病し、運動神経(上位運動ニューロン、下位運動ニューロン)の変性によって嚥下、発声、呼吸などの機能が失われ、発症後は進行が止まることはなく、3〜5年で死に至る深刻な疾患である(図3)。


 日本には約9000人、世界では約40万人の患者がいると推定されているが、ALSに対する有効な治療法はなく、国の指定する最も重要な「アン・メット・メディカル・ニーズ」の代表例といわれている。
 進行性の症状のなかで患者と看護者を最も苦しめる症状として痙縮(Spasticity Contracture:全身の関節が固まり動かなくなること)がある。痙縮はALSに特徴的な症状のひとつで、患者のQOLおよび日常生活動作(ADL)を著しく障害する。痙縮を、薬剤や細胞移植で改善したという報告は過去になく、同症例は世界初の成功例と考えられる。

【症例報告】

 患者(68歳、男性)は、2019年2月ころに手足の筋肉の萎縮と運動障害を自覚して、近くの病院を受診しました。担当医は精密検査の必要性を感じ、地域の基幹病院である横浜市立大学病院脳神経内科に紹介をした。
 同病院で、筋電図検査、MRI、呼吸機能検査など多方面からの検査を実施した結果、2020年6月にALSと診断された。その後、患者はALSの拠点病院である北里大学病院神経内科に転院し、慎重に経過が観察されていたが症状の進行は止まらず、家族が新しい治療法としてSHED-CMによる治療を希望したため、2021年1月、上田名誉教授および連携病院であるスマート・クリニック・東京(東京都千代田区)を紹介された。


 患者には、呼吸機能の急速な低下(%肺活量[基準値80%以上]は66・5%[2020年6月]から46.1%[同8月]に低下)と痙縮による全身硬直がみられ、病状の急速な進行を確認した。そのため患者および家族のインフォームド・コンセントのもとSHED-CMによる治療を開始した。
 2021年1月よりSHED-CMの点鼻投与および同年9月より点滴治療が実施された結果、呼吸機能の低下などの病状の進行が停止し、点滴治療開始後1週で、四肢と頸部に痙縮の緩和と関節可動域の拡大がみられ、その後も改善が続いている(図4)。
 2022年1月現在、呼吸機能の安定 (室内気、SpO2, 95%以上)と痙縮の改善・可動域の拡大が維持されている(表1)。今後は、針筋電図、EMGなどで神経再生の経過をフォローする予定である。

 進行性の痙縮は運動神経の炎症と変性によって生じるALSに特徴的な症状である。発症後は、進行を遅らせることはできても進行を停止・改善に成功した例は過去にみられない。特に同例のようなALS重症度が4〜5の高齢者の予後は悲観的と考えられてきた。
 だが、今回の治療結果のように、急速に悪化しつつある呼吸機能を安定化させ、自動的・他動的な運動可動域の向上がみられたことは、SHED-CMの抗炎症および神経再生効果の高さを意味している。
 同例治療結果は、ALSのような治療法のない難治性の運動障害をともなう神経変性疾患に対して、SHED-CMの投与は有望な治療法になり得ることを明確に示しており、今後は発症後早期の例や壮年者に対象を拡大し、完治を目指していく。

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