「医薬品のその先に。枠を超え“シンカ”する企業へ。」本年2月、三菱ケミカルホールディングスの完全子会社として再出発した田辺三菱製薬の上野裕明新社長が掲げるキャッチフレーズだ。このキャッチフレーズには、田辺三菱製薬が同ホールディングスのヘルスケアビジネス中核を担うための巧みな戦略が埋め込まれている。医薬通信社の取材に応じた上野社長は、その背景となる具体策や抱負を熱く語った。
本年4月1日、田辺三菱製薬社長就任した上野氏が座右の銘とする「モノをモノとするは、モノならず」には、「原料を製品にするのに重要となるのは、設備やインフラではなく、人の知恵や情熱である」という意味が込められており、成長戦略のバックグラウンドになっている。
こうした背景の下、将来のさらなる成長に向けて掲げているのが、「イノベーションの機会を拡大」、「ビジネス分野の裾野を拡大」、「ビジネスの地域を拡大」の3つの“機会”の拡大だ。
「イノベーションの機会を拡大」では、モダリティの拡がりに加え、医薬品とデジタル技術や新規テクノロジーとの融合を目指す。
「医薬品となる物質のモダリティは、低分子、バイオが大きな柱となる」と指摘する上野氏。「三菱ケミカルホールディングスの低分子、抗体で培った“創薬力”を様々なモダリティに展開してイノベーションの機会を拡大する」と意気込む。
「ビジネス分野の裾野を拡大」では、従来の治療中心のビジネスを見直し、薬剤治療から予防、予後までを視野に入れたトータルヘルスケアにフォーカスして、それぞれに特化する協業先とともに拡大していく。
「ビジネスの地域を拡大」については、「当社は、5年先、10年先も日本をベースとした製薬企業であることに変わりはない」と断言。その上で、「国内だけだと限りがある。如何に海外に展開していくか。最も優先順位が高いのが北米で、そこを中心とした研究開発を進めている」と話す。
欧州とアジア、特に中国を中心とするアジア地域も非常に魅力を感じている市場で、「この4月から日本、米欧、アジア地域にビジネスを分けて、それぞれ適切な戦略を設けて対応している」と明かす。
天津田辺製薬が長期収載品を販売している中国市場は、「国内の薬価の影響を受けない」ことが特徴だ。中国は二極化しており、人口も多く米国とよく似た経済構造になりつつあるため、「生活習慣病の新薬を自社開発するのは困難を要する」
従って、「稀少疾患でかつアンメットメディカルニーズの高い神経領域の新薬」に狙いを付け、2019年に承認を取得したラジカヴァ(ALS)を皮切りに「米国同様のパイプラインを中国に投入してビジネスを展開する」
現在、売上高が米国の1/10の欧州は、「成長地域の一つにしたかった。だが、ラジカヴァは、EMAから日本のデータに大きな追加試験が求められたため、一旦申請を取り下げた。今後、再チャレンジを考えている」とこれまでの経緯を説明。その一方で、「欧州は多様で、薬価に対する圧力は日米以上にあるので、慎重に戦略を考えていく」方針を示す。
ビジネスの拡大を目指す各地域の2018年度の売上高は、国内3108億円、北米270億円、アジア218億円、欧州26億円である。
上野氏は、前述の「3つの機会拡大」を3次元で展開する「キューブモデル」にも言及し、「ある疾患領域で発症予防から治療、重症化予防、予後のケアまでの一つのプラットフォームを構築する。それを近い疾患に拡げていく」。さらに、「そのプラットフォームを別の地域で展開し、三次元的にビジネスを拡大し、ヘルスケアソリューションカンパニーを実現する」と力説する。
こうした取り組みにより“シンカする企業”を目指す。“シンカ”には、「培ってきた創薬力を“深化”させる」、「医薬品のその先へ向かう“進化”を遂げる」、「患者さん、その家族に“真価”を届ける」の3つの意味がある。“シンカ”の根底には、「すべては人々の健康のために」の願いが込められており、これらをしたためた社長メッセージを本年4月から全社員に送ってきた。
気になる三菱ケミカルホールディングス完全子会社化による影響については、始めに「独立性は変わらず、マネジメントスタイル、研究や将来の戦略投資は、我々の裁量でできる。基本的に経営方針もこれまで同様に変わらない」と断言する。ただし、「非上場のため、株主総会のあり方や取締役会のメンバーは、ホールディングス全体の規定の中で考えていく」
また、「今回の完全子会社により、ヘルスケアがホールディングスの中で重要なビジネスに位置付けられたことを改めて痛感している」と言明する。ヘルスケアビジネスは、グループ会社の生命科学インスティテュートや三菱ケミカルでも展開しており、「TOBの最たる目的は、シナジーをどのように生み出すかにあるため、これらをトータルで考えていく必要がある」と訴えかける。
田辺三菱製薬の重点領域である「中枢神経」、「免疫・炎症」、「糖尿病・腎」、「ワクチン」の研究開発の展望では、「中枢神経、免疫・炎症はグローバル展開をし、糖尿病・腎は国内を中心にアジアでも開発を進める」
米国進出への橋頭保となったラジカヴァに続く製品としては、2022年度上市予定の「ラジカヴァの経口剤(MT-1186、P3)」を挙げる。
その先には、2022年度上市予定の持続皮下注投与ポンプ薬剤(ND0612、ニューロダームより導入、パーキンソン病)、MT-7117(赤芽球性プロトポルフィリン症)があり、現在P1段階の抗体医薬MT-3921(脊髄損傷)も含めて「米国を中心としたグローバル開発品は徐々に増加している」
MT-1186やMT-7117は稀少疾患治療薬であるが、「従来のようなブロックバスターを狙う創薬は難しい。今後は、両剤のように患者をセグメンテーションして、治療効果を期待できる新薬開発を推進していく」考えだ。
一方、国内の中枢神経領域のパイプラインでは、MT-0551(申請中、神経性脊髄炎関連疾患)MT-5199(P3、遅発性ジスキネジア)に期待を寄せ、「ここ2~3年の間に、これらを如何に収益に繋げていくかが大きな課題である」と強調する。
糖尿病・腎領域は、カナグル(SGLT2阻害剤)、テネリア(DPP-4阻害剤)、カナリア(SGLT2阻害剤とDPP-4阻害剤の合剤)の販売により、国内で一定のフランチャイズを築いている。注目されるカナグルの「糖尿病性腎症」の効能追加は、国内P3段階にある。糖尿病性腎症は、アンメットメディカルニーズのある疾患のため、「本年6月に承認取得したバフセオ(腎性貧血治療剤)の上市を次のパイプラインに繋げていく」構想を明かす。
ワクチンは、「インフルエンザワクチンやテトラビック(百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオワクチン)など、国内で大きなビジネスになっている。」
連結子会社メディカゴが開発中の季節性インフルエンザ予防を目的とした植物由来VLPワクチン(MT-2271)にも言及し、「カナダでは申請中である。米国は、MT-2271単独での開発は中止したが、アジュバントを加えて再チャレンジする」考えを表明する。現在、開発中の新型コロナウイルスVLPワクチンは、「カナダで開発に成功すれば、国内に導入する計画を持っている」と話す。
アンジェスが開発し田辺三菱製薬が販売する世界初の遺伝子治療薬のコラテジェン(重症虚血肢)は、「条件付き承認なので、まずは、2024年までに全例調査を終え、しっかりと安全性・有効性を評価したい」と断言。さらに、「自社でも遺伝子治療薬の開発を行っており、営業部門は良い経験をしている。MRのモチベーションも高い」と明かす。
コロナ禍への対応では、「デジタル技術を如何に実践していくかを自らも体験した。当社の従業員のデジタル技術に対する意識も向上している。テレワーク促進や捺印を無くすなどの“働き方カエル宣言”で新生活様式対応の職場作りを目指している」と報告。「社会の危機ではあるが、会社変革の中では良い機会として捉えている」と前向きな姿勢を示す。
最後に、「従来型の医薬品から様々な方向でのビジネス拡大のチャンスが広がっていく中で、何を選択してどのようにビジネスに繋げていくかが問われる時代である」と指摘し、「これまで私が経験してきたキャリアを存分に発揮したいという思いを改めて強くしている」と抱負を述べた。
(談話室より抜粋)