【治療薬とワクチン開発の現状篇・ 日本抗加齢医学会WEBメディアセミナー より】
新型コロナウイルス感染症に対する治療薬では、レムデシビル(エボラ治療薬、RNA合成阻害剤)が、国内で特例承認されている。同剤は、人工心肺装置(エクモ)が必要になる前に有効で、入院期間を短くする特徴もある。ただし、エクモを使用している患者には効果がないため、人工呼吸器につなぐ前の治療薬である。
アビガン(抗インフルエンザ薬)は、「軽症者に効果がある」と言われているが、現時点では明確なエビデンスが無く、「観察研究」の形で使用できる。カレトラ(抗HIV薬)は、効果がない。メディアやネットを通じて、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬の不確かな情報が流れて世間をややこしくしているのは、査読を受ける前の論文がたくさん紹介されていることが原因である。従って、報道されている情報が全て真実かどうかは疑問の余地がある。
ランセットに出た大型論文も3つほど撤回されている。「クロロキンが無効で、返って死亡率を上げる」と報告した論文も撤回された。治療薬やワクチンも開発競争が激しく、誤った論文、捏造に近い論文も非常に多く報告されているので、メディアは報道する前に、ある程度前後の論文を見たり、複数の人の意見を聞いてその真偽を確かめる必要がある。
現在、新型コロナウイルス感染症の治療薬開発は、全く新しい薬剤を創製するのではなく、既に承認されている薬剤を適応拡大する形式が中心になっている。
国内初の新型コロナワクチンP1/2臨床試験がスタート
その一方で、ワクチンの開発も注目されている。ワクチンは、感染しても重症化を予防するため、治療薬とワクチンを混在しているレポートがたくさん見受けられる。ワクチンは、あくまでも健常人に投与するものであり、獲得免疫に相当する。新型コロナウイルスの特徴を体に覚えさせて抗体を作って感染を防ぐ、あるいは感染しても重症化を予防するのが目的である。治療薬は、罹患した患者を治癒させるものだ。
他方、免疫に関する健康食品がたくさん出ている。こちらは自然免疫で、感染が起こった場合、自然で防御するタイプだ。新型コロナウイルスに対する免疫獲得をアピールして多くの事業者が摘発を受けているが、エビデンスが無い限り訴求してはならない。特に新型コロナウイルスに対する効果を実証する実験は難しく、現時点ではエビデンスのある機能性食品はない。今後、自然免疫に関しては、日本抗加齢医学会WEBメディアセミナーでも取り上げていきたい。
免疫力は、20代がピークでその後下降する。特に、70代、80代は、もともと感染し易い上に致死率が高いので、これから第2波、第3波が来る中で、十分な注意を要する。とはいえ、第2波、第3波が何時来るかは定かではない。現在、予測される第2波、第3波の影響は、あくまでも日本が鎖国状態のもので、このままであればそんなに大きなものは来ないと思う。
むしろ海外との交流を本格的に戻した時に入って来る新型コロナウイルスが脅威で、これに対してどのように対処するかが大きな課題である。特に、冬場になってインフルエンザの流行と重なれば、「発熱」、「発咳」などの症状が類似しているため、新型コロナウイルス罹患を前提に対処せざるを得なくなる。そうなれば、医療資源への負荷が非常に大きくなり、医療崩壊が起こり易くなる。
如何に第2波、第3波をインフルエンザの流行とずらすか、あるいは手洗い等の励行や密を避けてインフルエンザの流行を防止するかなど、今後冬場に向けての対策が重要になってくる。
新型コロナウイルスワクチンについては、現在、WHOのリストに世界で130を超えるワクチン開発計画が記載されている。そのうち、17種類が治験に入っており、森下教授らのDNAワクチンの治験も6月30日に大阪市立大学医学部附属病院でスタートした。
これまでのワクチンは、「ウイルスワクチン」と言われる、ウイルス自体を不活化して作られたものだ。現在、ウイルスワクチンの手法で新型コロナワクチンを開発しているのは、中国のみである。同手法は、ウイルスの不活化、弱毒化を行った後に鶏の有精卵に注射してその中でウイルスを増やし、それを抗原としてヒトの体内に投与して抗体を作るというものだ。
この方法の弱点は、不活化あるいは弱毒化にあり、新しいウイルスならそのやり方が課題になるため時間を要する。また、しっかりと不活化・弱毒化されていないと返ってワクチンが感染を拡大してしまうため、安全性に関する試験が多数必要になる。加えて、鶏の有精卵を使うので、大量生産できないのもデメリットである。一方、この方法のメリットは、インフルエンザンなど既に多くの疾患のワクチンで実績があるため、有効性に関してはある程度以上判っている。
次世代型ワクチンの一つに、タンパク質をベースとしたワクチンがある。同ワクチンは、ウイルスの再現、あるいはウイルスの一部だけを組み換えてタンパク質を作って投与する方法であるが、まだ実使用には至っていない。
現在、最も加速度が上がっているのが「ウイルスベクターワクチン」と「核酸ワクチン」だ。6月30日に国内初の臨床試験をスタートした森下氏らのDNAプラスミドワクチンや、臨床試験の初期成果を5月に発表し7月に米国で3万人規模の臨床試験を開始するモデルナ(米バイオテクノロジー企業)のRNAワクチンも「核酸ワクチン」である。
一方、英オックスフォード大学とアストラゼネカが共同開発している「ウイルスベクターワクチン」は、大規模臨床治験に入っている。9月にも供給を始める方針を示しており、今年から来年にかけて20億回分を生産できる見通しにある。日本への供給に向け、日本政府と協議を進めることも合意している。同ワクチンは、アデノウイルスに遺伝情報を組み込んで、体内でウイルスのスパイクタンパクを作る手法を取っている。
これらの「核酸ワクチン」、「ウイルスベクターワクチン」は、遺伝子情報を利用するため実際のウイルスは使用しない点でいずれも安全性が高い。また、ウイルスそのものを弱毒化せずに、ウイルスの遺伝情報さえ判れば製造できるため、早期の開発が可能である。従って、現在世界で臨床試験に入っているワクチンの多くは、「核酸ワクチン」、「ウイルスベクターワクチン」が中心を占めている。
ウイルスのRNA、DNAを用いる「核酸ワクチン」は、体内でスパイクを作る量が「ウイルスベクターワクチン」に比べて比較的少ない。そのため「核酸ワクチン」を投与して抗体ができる人の割合は、「ウイルスベクターワクチン」よりも少ないのではないかと言われているが、ウイルスを使用しないため安全性は非常に高い。
一方、「ウイルスベクターワクチン」は、アデノウイルスを使うので非常にたくさんの抗原ができるため、抗体もできやすい。ただし、アデノウイルスそのものに毒性があって、既にイギリスのオックスフォード大学のデータ等で、発熱・風邪の症状がほぼ全員に出現している。加えて、肝毒性の問題もある。過去の遺伝子治療では、残念ながら肝機能障害で死亡した報告もあり、慎重に投与する必要がある。
また、アデノウイルスそのものの抗体が体内にできるため、2回目・3回目のワクチン投与は不可能である。ウイルスベクターワクチンを投与して抗体価が長持ちしない場合は、次回は他のタイプのワクチンに移行する必要がある。
森下氏らが開発しているプラスミドDNAワクチンは、病原体を使わないので非常に製造期間が6~8週間と短く、抗原タンパク質の遺伝子配列が判れば製造可能である。対象となる病原体と同じ配列のタンパク質を付けた無害な環状DNA(プラスミド)を接種し、体内でそのタンパク質に対する抗体を作るというものだ。もし、ウイルスに変異が起こったとしても、それに応じた遺伝子情報を入れてやれば対応可能である。
安全性についても、既に血管再生遺伝子治療薬として承認されている「コラテジェン」がベースになっているため、もともとのプラスミドDNAの安全性は非常に高い。
コラテジェンは、HDF遺伝子を発現する血管再生治療薬のため、車に例えればレクサスのようなものだ。一方、今回のプラスミドDNAワクチンでは、何も機能を持たない新型コロナウイルス表面に発現するスパイクタンパク質を作成するのでカローラくらいのイメージになる。従って、より高いところで安全性・品質が確認されたデータがあるため、実用化に向けての大きなメリットになっている。
また、アンジェスのパートナーであったバイカル社が、米国でエボラ出血熱あるいは炭疽菌に対して1120人に対する投与データがあり、こちらも良好な安全性が確認されている。こうした理由で、プラスミドDNAワクチンは、ワクチンの中でも比較的安全性の高いグループに属するものと考えられる。
製造に関しては、プラスミドは大腸菌の中で増やすため、ビール工場のような大きなタンクがあれば簡単に大量生産可能だ。RNAワクチンの大量生産は難しく、大量生産の容易さはDNAワクチンの大きなメリットになっている。
新型コロナウイルスは、スパイクタンパク質をヒトの細胞表面受容体のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合して感染を惹起する。従って、感染のカギに当たるのがウイルスのスパイク部分である。スパイクタンパク質遺伝子情報をプラスミドDNAの中に入れた新型コロナウイルスDNAワクチンは、ヒトに接種すると体内でスパイクを発現させて抗体を作り、体内に入ってきた新型コロナウイルスのスパイクが細胞の受容体に結合できないようにして感染を防止する仕組みになっている。なお、同ワクチンは、マウスおよびサルに投与し、抗体価上昇が確認されている。
スパイクタンパク質をターゲトにしているのは他のワクチンも同じで、モデルナのRNAワクチンや、イノビオのDNAワクチンでは、「抗体の産生ができた」、あるいは「中和抗体ができた」との報告がある。
森下氏らの新型コロナウイルスプラスミドDNAワクチンは、6月30日より臨床試験入りしたが、安全・安心で、できるだけ効果のあるワクチンを作る方針だ。だが、開発まであまり時間の余裕がないため、すぐにベストなものはできないが、少しでも改良を加えて行って良いものを作成する考えだ。
新型コロナワクチンの製造期間の比較では、従来のキメラ法は、ウイルスの弱毒化と鶏卵で増やす工程で時間がかかるので供給まで5~8カ月を要し、すぐには対応できない。これに対して、プラスミドDNAワクチンは早期対応(6~8週)できるのが大きな特徴の一つである。
プラスミドDNAワクチンは、製造タンクの中で作っていくため、500ℓのタンクでは2週間で約1万人分の製造が可能だが、製造タンクが大きくなればもっとたくさんのワクチンが製造できる。5000ℓの製造タンクがあれば、2週間ごとに10万人分製造できる。
今のところ、年内に20万人分を製造できる施設を確保しており、さらに増やそうということで、タンクを持っている会社を製造パートナーとして探している。製造はタカラバイオが行う予定で、そこにAGC(旧称 旭硝子)やシオノギファーマも加わって、さらに製造能力を増大しているところだ。
ワクチン全体の課題にADE現象がある。ADEは、「抗体依存性感染増強」と言われる現象で、不十分な抗体ができたことで返って感染を悪化させてしまう症状を指す。有効性に関しては、プラスミドDNAワクチンは、全データがないので判らないものの、かつて実施されたバイカル社の新型鳥インフルエンザウイルスプラスミドDNAワクチンのデータでは、60%のヒトで抗体値が上がったという報告がある。既存の承認されたインフルエンザの不活化ワクチンの抗体価上昇は40%強なので、新型鳥インフルエンザウイルスプラスミドDNAワクチンではだいたい同じかそれ以上の結果が出ている。
そこで、森下氏らは、新型コロナウイルスプラスミドDNAワクチンも、まずはインフルエンザウイルス並みの40~50%程度の抗体価上昇を目標値にしている。勿論、もっと良いデータが望ましいので、さらに改良していく必要があると考えており、現在、第二世代の新型コロナウイルスプラスミドDNAワクチンの研究にも着手している。
6月30日に大阪市立大学医学部附属病院でスタートしたP1/2臨床試験は、健康成人を対象とした小規模(30人)なもので、低用量、高用量の2郡に分けて安全性や有効性が確認される。予定実施期間は来年7月まで。国内での新型コロナウイルスワクチンの臨床試験は今回が初めての試みで、今後、秋に大阪大学附属病院でも医療従事者を対象とした400人規模の臨床試験を実施する予定。年内に20万人分の製造を行い、来年春の実用化(100万人程度)を目指している。 その後の大規模な臨床試験は、感染が収束してきた日本だけで行うのは難しく、海外で実施できる資金力や組織体制もない。WHOが定めた現在の臨床試験の実施基準は途上国で行うことを前提としているが、新型コロナウイルスワクチンについては、従来のワクチンと同じ考え方は適用し難く、先進国型の基準が必要であると思われる。
また、新型コロナウイルスは既に数百個の変異型が存在し、ワクチンが効かなくなる可能性も指摘されている。だが、Sタンパク質の変異はまだ1カ所しか確認されておらず、今のところワクチン開発には支障はないだろう。
今回、森下氏らの新型コロナウイルスプラスミドDNAワクチンの開発は、オールジャパン体制で多くの団体や企業が加わっている。ワクチンは、大阪大学の技術が基になっているが、開発自体は大阪大学発ベンチャーのアンジェス、製造はタカラバイオ、AGC(旧称 旭硝子)やシオノギファーマが担い、さらなる製造委託も行っていく。
また、前臨床試験は新日本科学、臨床試験はEPS、投与方法はダイセルと協定し、さらなるスピードアップと改良を目指している。また、大阪府と大阪市は治験協定を結んでおり、今回も同協定で早期の臨床試験入りができた。AMED(日本医療研究開発機構)からも補正予算等で支援して貰っている。
臨床試験では、プラスミドDNAワクチンを投与する前にPCR検査と抗体検査を行って、過去に感染が無いかきちんと調べるようにしている。その理由は、プラスミドDNAワクチンの効果を確実に見るためと、ADE現象を少しでも減らすためである。
唾液検体で今後増加するPCR検査
ここで、新型コロナウイルスの検査方法について言及したい。メディアで混乱しているPCR検査は、「今現在、ウイルスを保有しているかどうか」をウイルスの遺伝情報をコピーすることで調べていくものだ。
当初は、鼻に綿棒を突っ込んで検体を採っていたが、陽性者が検体採取で咳やくしゃみをすると感染が拡がるということで、現在は唾液を検体とする方法が保険適応されるようになってきた。唾液検体で検査を行えばかなり医療従事者への感染が減るため、今後PCR検査は相当増えるものと予測される。
一方、抗原検査も保険適応されるようになってきた。この検査も唾液検体での判定が可能で、所用時間が15分と短いのが特徴である。今現在、ウイルスに感染しているかどうかが15分程度で判るので、スクリーニングという点では有効な手段である。
今話題の抗体検査は、血液検体により15分程度で結果が判明する。同検査で測定する抗体はIgMとIgGの2種類で、両抗体が陰性の人はほぼ間違いなく新型コロナウイルスに罹患していない。
IgMが陽性であれば、まだ感染初期のために他の人に新型コロナウイルスをうつす可能性がある。その時はPCR検査を行い、場合によっては隔離になる。
IgGのみ陽性の人は、過去に新型コロナウイルスに感染したことを意味する。ただし、現時点ではIgGが新型コロナウイルスにのみに反映するかどうかは判っておらず、従来のコロナウイルス罹患者も陽性を示す可能性がある。
今回の大規模抗体検査の結果では、IgGを持っている人の割合が0.5~0.6%程度なので、おそらく交差反応もあまりないだろう。従って、IgGが陽性だからと言って、次に新型コロナウイルスの罹患を防げるかどうかは今の抗体検査キットでは判らない。
IgGとして引っかかってきた抗体は中和抗体なので、必ずしも再度罹患しないとは言い切れない。現在のところ、感染を防げるのはどういった人かはっきりと判っている状況ではないので、ここは抗体検査の限界と言うことを理解してほしい。
最後に「新型コロナの正体 日本はワクチン戦争に勝てるか!?」の書籍をジャーナリストの長谷川幸洋氏と出版した。判り易く興味深い内容になっているので、是非参考にして頂ければ幸いである。