成体神経新生減少メカニズムによりアルツハイマー病有病率の性差を解明 早稲田大学

 早稲田大学 理工学術院 大島登志男教授らの研究グループは、アルツハイマー病モデルマウスの実験において、雄マウスよりも雌マウスの方がBMPシグナル関連遺伝子の発現が上昇し、記憶形成に有用な成体神経新生が抑制されることを明らかにした。
 アルツハイマー病モデルマウスAPPNL-G-Fマウスにおける性差に着目した研究を行ない、女性ホルモンが関連してBMPシグナルの上昇が起こり、記憶に関係する成体神経新生が抑制されていることを改名したもの。
 女性ホルモンが関連してBMPシグナルが上昇し、記憶と関連の深い成体神経新生の低下がおきていることが示唆され、性差によりアルツハイマー病の有病率が高い背景の一端が判明した。これらの研究成果は本年12月12日に「Biology of Sex Differences」に公開された。
 認知機能が低下し、社会生活に支障をきたす認知症は、脳の加齢が大きな原因で、人口の高齢化とともに、その患者数の増加が大きな社会問題となっている。中でもアルツハイマー病が原因として一番多く、アルツハイマー病の病態については不明な点が多いものの、罹患率は女性で多いことが知られており、女性ホルモンとの関連が示唆されている。
  脳で新しく神経細胞が作られる成体神経新生において、海馬における成体神経新生は記憶と関連しており、その制御メカニズムの研究が行なわれてきた。加齢とともに、記憶が低下することや、制御の仕組みとしてBMPシグナルが関与していることが知られている。
 具体的には、加齢とともに海馬におけるBMPシグナルの上昇が起き、成体神経新生の低下との関連が示唆されている。さらに、アルツハイマー病患者脳ではBMPシグナルの上昇と成体神経新生の低下が関連することは分っていた。
 だが、BMPシグナルと成体神経新生の関係について、性差に着目した研究はこれまで行われていない。疫学的にアルツハイマー病は女性で罹患率が高いことは分っているが、その原因として女性ホルモンの関与が示唆されているものの、明らかになっていない。性差に着目することで、アルツハイマー病の病態解明につながる可能性がある。
 同研究では、共著者の一人である西道元理研チームリ―ダーらが開発したアルツハイマー病モデルマウスのAPPNL-G-Fマウスを用いて研究を行った。APPNL-G-Fマウスは、ヒト化したAPP(アミロイド前駆体タンパク質)遺伝子にSwedish変異,Iberian変異,Arctic変異(遺伝性アルツハイマー病の遺伝子変異)をノックイン法により導入した遺伝子組換えマウスで、2~3カ月でアルツハイマー病に特徴的なアミロイド病理が出現する。
 同研究で解析を行なった6カ月齢では顕著なアミロイド病理が見られた。実験により次の結果が得られた。

1、海馬において、BMP4,5,6遺伝子の発現が野生型に比べ♀優位にAPPNL-G-Fマウスで上昇していた。

2、海馬歯状回における神経幹細胞増殖を細胞増殖のマーカーのPCNAを用いて調べた。その結果、野生型に比べ♀優位にAPPNL-G-Fマウスで低下していた。

3、Aペプチドを野生型マウスの脳室内へ注入すると、BMP遺伝子発現の上昇と海馬歯状回の神経新生の低下が認められた。

4、BMP阻害剤により♀APPNL-G-Fマウスで低下していた神経新生が回復した。

5、 培養細胞Neuro2aの培養液にエストロジェンを添加することで、Neuro2a細胞のBMP遺伝子発現が上昇した。

 これらの結果から、♀優位なBMP遺伝子発現の上昇がAPPNL-G-Fマウスの海馬で認められ、♀で優位な成体神経新生の海馬歯状回での低下があり、BMP阻害剤で回復したことから、BMPシグナルの上昇が成体神経新生を抑制している可能性が示唆され、女性ホルモンのエストロジェンがBMP遺伝子の発現上昇に関連することが、培養細胞の実験から示唆された。

図1 主なBMP遺伝子発現のTg-female(APPNL-G-F♀)での上昇 6月齢の海馬におけるBMP4-6の遺伝子発現を定量PCR法で調べたところ、WT(野生型)に比べ、Tg(APPNL-G-F)で遺伝子発現が上昇しており、その傾向は♀で顕著だった。

図2 BMP阻害剤(LDN)を用いてBNPシグナル阻害を行なった結果

3週間BMP阻害剤を与えた1週間後に(A)、成体神経新生を調べた(B)。増殖細胞のマーカーのPCNA陽性細胞数がBMP阻害剤投与によりTg(APPNL-G-F)でWT(野生型)に比べ、同程度に回復することが分かった(C)。

 同研究でBMP阻害剤が成体神経新生を改善することを示したが、マウスの学習・記憶などに対しての具体的効果を検討することが必要となる。また、アルツハイマー病はアミロイドベータに対する抗体医薬が臨床で使用され始めているが、疾患の進行を緩めるところで止めるところには至っておらず、更なる病態解明が必要である。
 今回、研究に用いたAPPNL-G-Fマウスは、早期にアミロイド病理が再現出来るモデルマウスであり、APPNL-G-Fマウスで得られた知見はアルツハイマー病患者脳でも起きている可能性が高いことから、同マウスを活用した今後の更なる研究が期待される。

◆研究者のコメント
 本研究チームでは、ヒト疾患の病態解明や治療法の開発を目指している。今回、人口の高齢化に伴い、大きな社会問題になっている認知症の病態解明に関する研究で新たな知見を得ることが出来ましたが、これは今後の研究に向けた一歩目であり、今後さらに研究を発展させていきたいと考えている。
 

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