2023年ライフサイエンス企業は大型M&A実行の見込み 2023年度版EY M&A Firepowerレポート

 EYは、「2023年度版 EY M&A Firepowerレポート(第11号)」を発表した。同レポートのハイライトは、ライフサイエンス企業の2022年1月から11月までのM&A取引総額が前年比53%減の1050億米ドルまで降下し、「2022年はディール締結には苦難の年となった」 2022年12月前半に新たに締結されたM&Aの合計は300億米ドル以上で、戦略的に必要なM&Aは現在も実行されており、「活発なディール締結のためのライフサイエンス業界のファンダメンタルズは盤石である」 同業界は記録的な水準のディール締結を実行するファイヤーパワーを有し、「2022年12月初頭の時点でバイオ医薬品業界だけでも1兆4000億米ドル以上の規模に上る」
 2022年1月から11月までの世界のライフサイエンス企業の合併・買収(M&A)取引額は総額1050億米ドルであり、前年2021年の取引総額から大幅に減少した。
 だが、年末にかけてジョンソン・エンド・ジョンソンおよびアムジェンの両社が共に数十億ドル規模の買収を実施したことで、取引総額は急激な上昇に転じた。業界は記録的な水準のファイヤーパワー(企業のM&A実行能力を貸借対照表の健全性に基づいて測定したEY独自の指標)を有するものの、2022年には多くの企業がM&Aを見合わせる選択を取った。
 ライフサイエンス業界のM&Aに対する全般的な警戒感は、より広範なグローバルのディール締結トレンドと一致している。M&Aに対する世界全体の投資額が2022年に全般的に落ち込んだことは、現在進行中の地政学的緊張によりさらに悪化したマクロ経済上のボラティリティによる不確定な状況を反映している。
 同調査によると、バイオ医薬品企業が2022年の1月から11月までに行ったM&Aの取引額は、2021年と比べて42%の減少となった。2022年(1~12月)の唯一最大のディールは、ファイザーが116億米ドルでバイオヘイブンを買収したものだ。
 バイオ医薬品企業とそのM&A戦略では、アライアンス提携に大きな焦点が置かれている。だが、アムジェンが2022年12月中旬に、希少疾患バイオ企業のホライゾンを280億米ドル以上で買収すると発表したことは、ライフサイエンス業界が2023年に大きなディール締結を再開する準備ができている兆候かもしれない。
 医療機器(メドテック)企業は、ヘルスケア業界全体でみられる人手不足など、業界独自の逆風に直面しており、これがコスト上昇と医療機器調達の落ち込みを招いているため、2022年のM&A取引額は前年比で62%の減少となった。医療機器企業のM&Aが非常に多く行われた2021年に続いて、メドテック業界のディールの総額を大きく引き上げるM&Aが、2022年第4四半期に行われた。
 それは、ジョンソン・エンド・ジョンソンによる、人工心臓メーカーのアビオメッドの買収で、医療機器企業の2022年のM&A総額の42%に相当するものとなった。
 世界規模のディスラプションが進行中であり、2022年のディール活動が限定的であったにもかかわらず、2022年の終盤で大きなディールが行われたことは、ライフサインエス業界が、M&Aの好条件となるような強い組織構造的要因を有していることを示している。
 規模のより小さな会社の企業価値は急落しており、IPOおよびSPAC(特別目的買収会社)の活動が著しく減速している中で、小規模なバイオテック企業や医療機器企業は、株式公開によって資金にアクセスするチャンスがほとんどないため、買収によるイグジットを求めるインセンティブがより大きくなっている。

ファイヤーパワーの蓄えは依然として豊富

 バイオ医薬品企業だけでも、ディール締結のファイヤーパワーは2022年12月初頭時点で1兆4000億米ドル以上に上っている。現在、買収プレミアムが低下しているため、こうしたファイヤーパワー資金を活用する好機となっている。
 また、ライフサイエンス業界には、企業買収を行う根本的な戦略的理由がある。なぜなら、市場のトップを走るバイオ医薬品の多くが、今後5年間に専用特許権の失効を迎え、より安価な後発医薬品(ジェネリック医薬品)やバイオシミラー医薬品との市場競争にさらされるため、業界の主要プレーヤーたちがグロースギャップ(各企業の売り上げ増加と業界全体の売り上げ拡大の格差)に直面するためである。
 また、現在「イノベーション・ルネサンス」がライフサイエンス・セクター全体を席捲しているため、潜在的な買収ターゲット企業が豊富に存在している。例えば、細胞治療や遺伝子治療、新型コロナウイルスワクチンで活用されているmRNA(メッセンジャーRNA)プラットフォームといった、重要な臨床パイプラインがこの「イノベーション・ルネサンス」に含まれている。
 さらに、ライフサイエンス業界が、よりコネクティドでデータドリブンな「インテリジェント・ヘルス・エコシステム」の実現に向けた進化を続けている中で、各企業は、デジタルテクノロジーおよび人工知能(AI)の飛躍的進歩のおかげで、バーチャルなチャネルやリモート環境を通して、より個別化された治療を提供する機会を得ている。
 ライフサイエンス企業が、すでにポートフォリオに存在する収益性の高い事業部門を守りながら、買収を通して新しい価値を追加しようと模索している中で、企業がディール締結のメリットを最大限にするために取りうる3つの主要ポイントを本調査が特定している。その3つのポイントとして、①M&Aのリスクをできる限り取り除く。②過去にどのようなM&Aがうまくいったのか、その種類と成功の理由を理解する。③新しく買収した企業とのインテグレーションを行うのに相応しいプロセスを確実に導入するーが挙げられる。

◆Subin Baral EYグローバルの Life Sciences Dealsリーダーのコメント
 バイオ医薬品企業とメドテック企業は、2022年の大半を通してM&Aに対して慎重な姿勢をとってきたが、必要なディールの締結は依然として行っている。M&Aを行うための資金調達は、金利やインフレ率の上昇のため、より厳しい状況になっている。
 また、米国では、「インフレ削減法(IRA)」が成立し、米連邦取引委員会(FTC)が不公正な競争に対する法執行を強化させるなど、法規制の影響もまた障壁となっている。
 だが、ライフサイエンス企業は大いに活用できるファイヤーパワーを有しているため、自社の戦略に見合ったディールがあれば、M&Aをためらうことはないだろう。より長期的な視点に立つと、我々は2022年を嵐の前の静けさだったと振り返ることになるかもしれない。ライフサイエンス企業は、自社のポートフォリオに新しいイノベーションを追加するためだけでなく、オペレーションモデル全体をより良いものへとトランスフォームできるテクノロジーツールやデータツールにアクセスするために、今後1年の間にファイヤーパワーを解き放つ可能性がある。
 このイノベーション潮流の高まりの下、ライフサイエンス企業は、成長を確実にすること、将来の発展につながるビジネスモデルを確立することを目指している。
 そんな中で、M&Aが戦略的役割の中心的な位置を占める必要があることは、言うまでもないだろう。

◆矢崎 弘直EY Japan ヘルスサイエンス・アンド・ウェルネスリーダー、EY新日本有限責任監査法人パートナーののコメント:
 本レポートでも指摘の通り、2022年はライフサイエンス企業にとってM&Aは前年比大幅減少になったものの、12月にいくつかの大型買収案件で復調の兆しがある。
 日本のライフサイエンス企業にとっても、新型コロナウイルス感染症、地政学的リスク、円安などの影響からM&Aは下火の傾向が続いているものの、年度末に大手医薬品企業の大型買収もあり、上り調子になることが期待されている。
 今後も大手、中堅を中心に“選択と集中”の戦略が進められることが予想され、M&Aやライセンス取引がその手段として積極的に活用されることになるだろう。新たなパイプラインの取得に加え、グローバル展開、開発コストのセーブ、サプライチェーンの構築等が今後のキーワードになりそうだ。

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