脳の糖鎖が伸びる仕組み解明 神経系疾患の病態解明への応用に期待 岐阜大学

同研究の概要図

 岐阜大学糖鎖生命コア研究所の木塚康彦教授らの研究グループは9日、ミシシッピ大学、大阪大学、東京都健康長寿医療センター研究所との共同研究で、脳においてO-マンノース(Man)型糖鎖と呼ばれる糖鎖が伸びる仕組みを解明したと発表した。
 タンパク質に付く糖鎖には膨大な種類が存在しており、その形はタンパク質によって異なる。これら糖鎖は、細胞の中で多くの糖鎖合成酵素の働きによって作られ、様々な疾患との関わりが報告されている。一方、糖鎖合成酵素の働きや糖鎖の作られ方を制御する仕組みについては不明な点が多く残されている。
 木塚氏らの研究では、脳において脱髄疾患などに関わるO-Man型糖鎖に着目した。O-Man型糖鎖は、脳に特異的に存在するGnT-IX(別名MGAT5B)と呼ばれる糖鎖合成酵素によって枝分かれ構造が作られる。
 GnT-IXは脱髄疾患や脳腫瘍との関わりが報告されているが、その分子メカニズムはよくわかっていない。同研究では、GnT-IXを欠損するマウスの脳ではO-Man型糖鎖が伸びにくくなり、加えてO-Man型糖鎖を伸ばしてケラタン硫酸と呼ばれる糖鎖を作る酵素は、枝分かれしたO-Man型糖鎖に作用しやすいことが明らかになった。これらの研究成果は、脳における糖鎖合成の仕組みの解明や、脱髄疾患の病態解明へつながることが期待される。これらの研究成果は、1月7日にThe Journal of Biological Chemistry誌のオンライン版で発表された。
 糖鎖とは、グルコースなどの糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったもので、多くはタンパク質や脂質などに結合した状態で存在している。
 タンパク質に付いている糖鎖は、様々な形のものがあり、タンパク質ごとに糖鎖の形が異なり、また同じタンパク質でも、臓器ごとに糖鎖が異なることや、健康なときと病気のときとで糖鎖の形が変化するなどの特徴などが知られている。
 特に、疾患特異的な糖鎖の変化は、実際に医療の現場でがんの診断などに使われており、糖鎖の変化をもたらす仕組みの解明は、医療応用を考える上でも重要である。
 タンパク質に付く糖鎖は、細胞の中で糖転移酵素(糖鎖合成酵素)と呼ばれる酵素の働きによって作られる。ヒトの体内には、約180種類の糖転移酵素が存在し、それらの働きが厳密に制御されることで膨大な種類の糖鎖が作られる。
 また、糖鎖はしばしば枝分かれ構造を作ったり、様々な長さに伸長したりするが、その仕組みや意義については不明な点が多く残されている。
 GnT-IX(MGAT5Bとも呼ばれる)は、脳に特異的に存在する糖転移酵素で、タンパク質に付いたO-マンノース(Man)型糖鎖と呼ばれる糖鎖に作用して、枝分かれ構造を作る酵素である(図1A)。これまでの研究で、GnT-IXを欠損したマウスでは脱髄疾患からの回復が早いことや、GnT-IXを欠損させたがん細胞では、脳腫瘍の一種であるグリオーマの生育が抑えられることなどが報告されている。これらの報告により、GnT-IXが作る枝分かれしたO-Man型糖鎖と疾患との関わりが明らかになってきたる。
 このように、GnT-IXと疾患との関わりがわかってきた一方で、O-Man型糖鎖がタンパク質の働きをどのように制御するのかはよくわかっていない。糖鎖は一般に、色々な形に伸びることで多彩な機能を発揮する。これまでに、枝分かれのないO-Man型糖鎖が様々な形に伸びることは知られていたが、枝分かれしたO-Man型糖鎖がどのように伸びるのかは不明であった(図1B)。そこで同研究では、GnT-IX欠損(KO7))マウスを用い、枝分かれしたO-Man型糖鎖の伸長について調べた。

図1 GnT-IXが作る糖鎖構造
A: O-Man型糖鎖は、タンパク質のセリン(S)またはスレオニン (T)に付く糖鎖で、GnT-IXによって枝分かれ構造が作られる。

B: O-Man型糖鎖は、伸長されて様々な末端構造を持つ。一方、GnT-IXによって枝分かれ構造が作られたあとのO-Man型糖鎖がどのように伸長していくかはよくわかっていない。

 まず、GnT-IX KOマウスの脳を用い、O-Man型糖鎖の先に伸びる糖鎖構造について調べた。その結果、伸びた糖鎖の末端に存在する構造の一つで、ケラタン硫酸8)と呼ばれる構造が、GnT-IX KOマウスで大幅に減少していることがわかった(図2A, B)。
 ケラタン硫酸は、脳や角膜などに多く存在する、繰り返し構造を持つ長い糖鎖で(図2C)、Phosphacanなど特定のタンパク質の糖鎖にのみ存在している。
 また、機能的には脳において神経の再生を抑制する働きがあることなどがわかっている。同研究により、脳においてケラタン硫酸が正常に作られるためには、O-Man型糖鎖の枝分かれが必要であることが判明した。これらの結果から、GnT-IXが作る枝分かれ構造は、O-Man型糖鎖の伸長を促進する働きがあることが示唆された。

図2 GnT-IX欠損マウスにおけるケラタン硫酸の減少
A : GnT-IXを持つマウスと持たないマウスの脳のタンパク質を抽出し、phosphacanとケラタン硫酸を検出した。

B : Aの実験で、赤い矢印で示されるケラタン硫酸を持つタンパク質のシグナルの強さを定量した結果。

C : ケラタン硫酸の構造。Sは硫酸を表す。

 ケラタン硫酸は、B4GALT1、B4GALT4、B3GNT7、CHST1、CHST2、CHST6など複数の酵素によって作られる長い糖鎖である (図3) 。ケラタン硫酸を作るこれらの酵素の働きと、O-Man型糖鎖の根本の枝分かれの有無についてはこれまでわかっていなかったが、GnT-IXの欠損によりケラタン硫酸が大きく減少したため、これらの酵素は直鎖よりも枝分かれした O-Man型糖鎖に働きやすい可能性が考えられた。

図3 ケラタン硫酸の構造と生合成酵素

 そこで、これら6種類のケラタン硫酸合成酵素をそれぞれ精製し、直鎖と分岐鎖のO-Man型糖鎖を基質として用いた酵素反応を行い、酵素活性が枝分かれの有無で異なるかどうかを調べた(図4A)。
 その結果、特にB4GALT1、B4GALT4、CHST1については、直鎖よりも分岐鎖に対して著しく高い活性を示すことがわかった (図4B)。
 これらの結果を総合すると、O-Man型糖鎖がGnT-IXによって枝分かれすれば、ケラタン硫酸の合成酵素が働きやすくなり、多くのケラタン硫酸が作られる。従って、GnT-IX KOマウスの脳でケラタン硫酸が減少したのは、O-Man型糖鎖の枝分かれがなくなって、ケラタン硫酸合成酵素が働きにくくなったためと考えられる。

図4 O-Man型糖鎖の枝分かれがケラタン硫酸合成酵素に与える影響

A : 6種のケラタン硫酸合成酵素を精製し、それぞれ枝分かれのない直鎖のO-Man型糖鎖および枝分かれのあるO-Man型糖鎖を基質として、酵素活性を測定した。

B : 測定した酵素活性の結果をグラフで表す。比活性とは、酵素の重量と反応時間あたりに酵素が作った生成物の量を表す。

 同研究では、GnT-IXにより作られるO-Man型糖鎖の枝分かれ構造が糖鎖の伸長を促進し、末端のケラタン硫酸の合成に寄与していることが明らかにされた。そのメカニズムは、ケラタン硫酸以外の末端の糖鎖構造にも共通している可能性があり、O-Man型糖鎖の枝分かれの意義の解明につながるものと期待される。
 さらに、GnT-IXは脱髄疾患やグリオーマに関与し、ケラタン硫酸は神経の再生に関わることなどから、同研究の成果は今後、これら神経系疾患の病態解明における貢献が期待される。

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